1章 第2話 『兎のぬいぐるみ ①』
「はぁはぁ……なんとか間に合ったな、実」
「ハァァ……そうだね、幹雄君」
「「はぁぁぁ……」」
学校に間に合ったという安心感から思わず気が抜け、二人揃ってため息をついてしまった時。
靴箱へと向かっていると、背後から聞き慣れた声が聞こえた。
「くぅーっ、なんでお前ら遅刻ギリギリセーフなんだよ! 俺とお前らの登校時間、一分しか変わらないのに!!」
振り返ってみると、そこには思いっきり憎まれ口を叩く大明寺 定春が居た。
定春はこの学校で一番のチャラ男で俺と実の幼馴染でもある。
幼い頃は実がいつもおままごとをやりたいと言いだし、その度に餌食になっていたな……三人は同じクラスで勿論、現在も仲はとても良い。
「定春君、また遅刻?? あんまり遅刻しすぎると単位取れなくて、高校留年しちゃうかもよ」
実は子犬の様な上目遣いで心配してそう注意をするが、定春はその言葉に全く聞く耳を持たない。
その様子を見て、実は小さく溜息をついていた。
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ーーーーー 一時間目が始まり、二時間目、三時間目と時間は進み……昼休み、そして遂に学校終わりを告げるチャイムが鳴り響き同時に放課後となった。
帰り道の方角が三人とも同じこともあり一緒に帰宅する中、チャラ男の定春が急におかしな発言を始めた。
「なぁ、知ってるか……兎のぬいぐるみの話?」
俺はそんな質問を小馬鹿にして言う。
「なんだよ定春! この歳になってまだそういう都市伝説的なのを信じてるのか??」
「ばっ、んなわけねぇだろ! 只……」
語尾へ近付くに連れて、定春の顔の表情が途端に暗くなったので、不思議に思った実が聞く。
「只……どうしたの??」
「いや、なんでもねぇよ!」
定春は何かを誤魔化す様な笑顔を見せて話を無理矢理にでも終わらせようとしたが、実はそれをさせなかった。
「定春君……僕たちは何年一緒にいると思っているの?? きっと何かあるんだよね? どうしても話さなきゃいけないことが……」
「いや、どうしても話さなきゃいけないって程でも無いが、一応……でもコレを聞いたらきっと、幹雄は怖くなって夜に一人でトイレにも行けなくなると思うよ……」
え、俺が一人でトイレに行けなくなる程のオカルト的な話だって??
そんなものが本当に存在するのなら是非聞きたいな。
そう思い俺は、定春にこう頼んだ。
「その話、是非聞かせてくれよ! この怖いもの無しの俺にな!!」
「べ、別に良いけど、後から後悔してもしらねぇからな!!」
「あぁ、早くその怖い話とやらを聞かせてくれ!!」
自慢では無いが、俺はこの世に産まれて一度も怖いと思ったことが無い。
そんな俺が怖いと思える話があるんだなぁと思うとワクワクの気持ちで心臓が破裂しそうだ。
「じゃあ、話すぞ……」
「おう」
俺の一言の掛け声で、その話は開始する。
「毎晩バイト帰りにお前の家の前をよく通るんだ……するといつも同じ場所に兎のぬいぐるみの姿が見えるんだ……俺はそれが怖くて、怖くて……」
定春は何を思い出したのか、急に震え上がった。
そんな定春を見て実と俺は笑う。
「なんだよ、そんなことかよ」
「定春君、都市伝説の信じすぎは良くないよ」
不意に、定春はまた喋り始めた。
「まだこの話は終わっちゃいない、続きはこうだ……そのぬいぐるみがいつも居る場所が問題なんだ……その場所は……」
「その場所とは?」
思わず俺は合いの手を入れる様にそう呟いてしまった。
「幹雄、お前の部屋を窓から覗く様に空中に浮かんでいるんだ……」
俺はその言葉に呆れて、なんの言葉も出てこなかった。
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その日の夜ーー
自分の部屋のことだった。
寝巻きに着替えてベッドに入ったのは良かったんだが何故か身体が熱を持ったように興奮していた俺は、寝るのを諦めてフッと学校の帰り道に定春が話していた内容を思い返してみる。
(兎のぬいぐるみが窓からねぇ〜〜……)
目覚まし時計を見てみると、針は二時を示していた。
何を思ったのか、俺は立ち上がりぬいぐるみが部屋を覗いているという窓に向かって歩き始めた。
今思うと、この行動が全ての始まりだったのだろう……。
窓の前まで着くと、外の景色を遮るカーテンをなんのためらいもなく開く。
……
…………
………………
「やっぱり、何処にもぬいぐるみなんて浮いてないじゃん」
窓から見えるものは、夜空にほどよく散らばって輝く星と、街を照らす満月だけ。
「あ〜〜、つまんねぇ〜の!! 明日学校で定春に文句言ってやる!!!」
愚痴を吐きながらベッドへと向かう途中の
一瞬、窓の外に何かが見えた気がした。
「き、気のせいだよな……」