1章 第27話 『大切な人 ⑥』
楓と共に、婆ちゃんが倒れているマンションへ向かう途中に俺は言った。
「なぁ、楓……少しお願いがあるんだけど、ダングロスの力で脚の傷を治してくれないか??」
そんな事を頼みながら、自身の脹脛を瞳に映す。
釣針の所為で傷付いた痛々しい部分から真っ赤な濃い色の血が、傷口より下位置の皮膚を伝い、雫形で一滴ずつ雲海へと垂れ落ちて行く。
と、
楓が一言呟いた。
「ごめん……ダングロスの魔力が足りなくて、今は実体化が出来ないの…………」
「…………え?」
俺は、『実体化』という初めて耳にする単語で頭がこんがらがる。
そこで、マンションへと向かう中……楓へと質問した。
「なぁ、実体化っていう言葉を初めて聞いたんだけど……良ければ教えてくれないか?」
すると楓は首を縦に振り、唇を開く。
「……わかった」
「あぁ……なんかごめんな」
「……大丈夫」
そんな短い会話の後に説明が開始する。
「実体化というのを簡単に説明すると、使い魔がこの世界で原型を保つ事を言うの……魔力を使用してね」
「すまん、俺の理解力が足りない所為か意味が少し分からなかった……」
「逆に、少し理解は出来たってことでしょ?」
楓はそう言い、実体化についての説明をあやふやのまま終わらせた。
というか、俺の使い魔であるパルも実体化ということを、しているのだろうか??
俺がそんなこんな考えていると、目の前を飛行する楓が唐突に裾を軽く引っ張ってきた。
「もうそろ到着する……窓の鍵が開いているから、そこから入りましょう……」
そうして俺たちは雲海の上から降下して、窓がみえるリビングへと降り立つ。
と、
早々……窓越しに婆ちゃんの倒れている姿が見えた。
…………この時ばかりは、不思議と脚傷の痛みを感じなかった。
目先の光景に気が動転しながらも……すぐさま俺はガラス窓を横に勢い良くスライドさせ、月明かりだけで照らされる部屋の中へ足を踏み入れる。
「なぁ、婆ちゃんっ! 大丈夫か!!?」
「…………か……え……で…………?」
横たわっている婆ちゃんは、俺の声に掠れた声で弱々しく返事を返す。
「……くそっ! このままじゃ死んじまうっ!! どうすれば……」
叫びながら辺りを見渡す……。
と、
ふと視界に家の固定電話が映った。
血が流れでる脹脛を庇いながら、固定電話へ急いで向かい救急車を要請する。
「あのっ! 救急車を……っ」
そんな時……
受話器と交信しない左耳に楓の声が聞こえた。
俺は、その声の方向へ首を向ける。
其処には、横たわる婆ちゃんの側で……眉を八の字にしながら正座をする楓の姿があった。
「ねぇ、お婆ちゃん……?? 助けに来たよ…………??」
「かえで……なのかい…………??」
婆ちゃんは閉じていた目を微かに開いて楓の言葉に反応すると、ユックリと喋り始める。
「仲間を大切にしなさい……かつて、両親がそうしたように……」
「え……急にどうしたのっ??」
楓は顔を真っ青にしながら目を見開き、小さく口を動かす。
そんな中でも、婆ちゃんは口の動きを止めない。
「あんしんして…………私はずっと貴方を見守っているわ……貴方のお母さんと約束したもの……約束は絶対よ……」
「だからなんなの…………その台詞……??」
「…………」
「…………」
反応が無くなった婆ちゃんの真横で、楓は顔を真っ赤にしながら目を見開き、頰に一筋の小川をつくる。
ーーーーその後、救急車が到着し婆ちゃんは搬送された。
同行者として俺達も車内に乗り合わせた。
病院へ到着し……医者に診てもらっている間、俺達は待った。
誰もいない暗闇の広がる待合室で待ったのだ。
この闇に灯りが灯る報告を、ひたすらに……。
数分後……
医師に呼び出され、治療室へと向かう。
案内された室内へ入ると……ベッドの上で、白い顔に微笑みを浮かべ横たわる婆ちゃんの姿。
「先生……婆ちゃんは……」
「残念ですが……」
その言葉を聞いた楓は、口元を押さえて泣き崩れた。
嗚呼……この時やっと気づいたんだ。
――婆ちゃんは死んだ、と。
「ゔぅ……お婆ちゃん…………」
俺の瞳に、大粒の涙を流しながら泣き噦る楓が映る。
「すまん……助けてやれなくて」
俺は俯きながら謝るが……楓は聞こえていないのか言葉に反応することなく泣き噦っている。
と、
泣いている楓の口から再び声が漏れた。
「ゔぅゔ……お婆ちゃん…………ひどりにしなぃでよぉ……」
『一人にしないでよ』……そんな言葉が俺の耳……いや、心奥深くに響く。
瞬間、
俺は言っていた。
「なぁ、楓…………俺の家に住まないか……?」




