1章 第26話 『大切な人 ⑤』
「…………」
右手に糸が切れた釣竿を持つ男は、目を丸くして口をポカンと開け、誰が見ても危ない奴だと分かる顔を作っている。
反して源氏はピクリとも優しさ溢れる笑みの表情を変えず、しかし何処か冷酷に染まったオーラを身体中から放射しながら男を見つめていた。
俺がそんな二人から楓へと視線を移し替えた瞬間、
「……っ!!?」
源氏が俺の事を前線で護ってくれているというのにも関わらず、釣り糸先端の針金が俺の顔前まで勢い良く迫って来ていた。
「え……?! さっき糸が切れたはずじゃ…………」
窮地の中、そんなことを呟きながら男の姿を確認すると、糸は腕を闇に染めるローブ左袖の中から伸びて来ているのが分かった。
「次ぃこそぉ……捕獲ぅ……」
男が一言の台詞を口ずさんだと同時に……一筋の眩い雷が俺の視界に映る糸先を巻き込んで、天上から雲海へと勢い良く降り落ちた。
俺は反射的に瞳を閉じる。
「…………っ」
助かった俺は額から脂汗を流しながら、源氏の方へと顔を向ける。
と、
源氏は男から目を逸らさず……俺に後ろ姿を見せながら言った。
「…………どこか落ち着きの無い様子だけれど……なんか用事でもあるのかい?」
「えっ…………」
俺は、質問にどう答えれば良いのか分からなかった。
楓のばあちゃんの所へと行かなければ成らないのに……しかし、源氏一人を残してこの場を去る訳にも……。
そんな時、悲しみに染まる楓の表情が視界に入った。
「ぐ……っ」
俺が悩んでいると、源氏が煽るように唇を開く。
「ほらほら、用事が有るのなら、こんな所で止まってて良いのかい? 本来の目的は何だったんだ?」
「……でも」
「細かいことは気にしない方が良いよ……用事を優先しなきゃ後で後悔するかも……それと、私は大丈夫だから安心して行って来な!」
源氏はそんな事を言い切り、ちらりと俺の顔へ笑みを浮かべると、右手に持つ一本槍を天高く掲げた。
すると、
辺り一帯が幾つのも雷と轟音で覆われる。
そんな巨音が鼓膜に響く中、源氏の力強い一声が聴こえた。
「行けっ!!」
掛け声が耳へと伝わった瞬間、俺は楓と共に懸命に翼を動かして婆ちゃんの所へと急ぐ決意をする……青白い光で背後を照らされながら。




