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彼の前に座った時、不思議な違和感を感じました。彼はただ素直に座っていたのです。
画家としていろんな人物を描いてきた私は、描いてほしい対象がどういう姿勢で私と向き合うかで描き方を使い分けていました。
警戒したように自分を大きく見せようとする人にはとても知的で尊厳があるように。
ある特定の部位を強調するご婦人には、その部位を褒めながら描きました。
絵には描く対象の欲望が詰まっています。こうなりたい、という強い欲が。こう見られたい、といううねりのような意思が。
なので私はそれらのしたいようにさせていました。
そんな私ですから、彼がただ私の前に佇んでいるのが不思議でならなかったのです。
なんて素直な座り方。飾りも、こう見られたい、という欲もない。素直で率直で、一番私の心を射ぬいたのは、彼が私を人として認め誠実に向き合おうという意思を示していることでした。
真っ直ぐに座り、どこまでも包み込むような姿勢。描く対象にこんな真っ白な想いをぶつけられたのは初めてでした。
「何を?」
急に彼が口を開いたので、私は少し反応が遅れました。
「何を、描きたいの?」
どこまでも通りそうな伸びやかな声。驚いて見つめる私を彼はただ優しく笑ったような気がします。
「あなたを描きたいんです」
私はいつの間にか敬語になっていました。そして、自分のやった過ちに気づきました。きっと私には驕りがあったんです。評価されてちゃんとやっていける、という驕りが。
誠実に向き合った彼に私は謝りたい気持ちでいっぱいになりました。
「ふーん」
ふと、彼が視線を外し下を見ました。ざらざらとした灰色の床です。床でしたがとても汚れていて、小石や砂が混じっていました。
カラン、と音がして私も下を見るとキラキラ光るものがあります。私は護身用にも持っていなかったのでよく光るものもあったもんだ、と感心しました。
次の瞬間、次々と看守たちが入ってきて私の両腕を掴み後ろへと引っ張ります。ズルズルすれる自分の両足が妙に熱くて私はぼんやりと見ていました。
「またやったのか!!どれだけ人を殺せば気がすむんだ!!!」
看守たちが彼と隔ててある鉄格子の前に鉄の盾を敷き詰めて狂ったように叫んでいます。私はよくわからずただぼんやりとしていました。
何度も体をまさぐられ、恐らく、身体中に異常はないか確認されたようでした。よくわからないまま心配され、今まで依頼をして来た貴族が代わる代わる現れて。
「なぜ依頼をしたのだ!!何かあったらどうするんだ!!」
そんな風に怒っていました。私は首を傾げながらも、やってくる貴族が私のために怒ってくれていることを少しずつ理解していきました。
「もうやめなさい」「他に画家はいるじゃないか」
そう言われ、私は初めてやってきた依頼を断ったのです。