表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/50

9話 戦いの先に見えた者

「切り裂け! 風牙(ふうが)!!」

開始早々大柄な男子生、轟沢が攻撃を開始する。

豪と轟沢はリングの端と端に居るにもかかわらず、轟沢は上段からの大ぶりを繰り出す。

切っ先から起こされた対流が、鋭利な刃物の様に豪に襲い掛かる。

辛うじて豪はさせることができたが、ダブついた制服の裾が切り裂かれる。

裁断面は、刃物で切ったかのような綺麗に斬られている。


 轟沢のギフトは、鎌鼬(かまいたち)

自然現象を任意で再現できる一課(エリート)ギフトだ。

最大射程は10メートル、リング全体が彼の攻撃範囲。

「どうした? ズボンの裾があってないようだな! 俺が仕立て直してやるよ!!」

轟沢は、連続して鎌鼬を放つ。


 だが、豪の制服の裾や袖を切ることはあるが、豪の身体には一太刀も届いていない。

轟沢や周りのギャラリーも豪が捕まるのは、時間の問題だと考えている。

賭けの対象としても、豪の人気は高くはない。

皆が、一月前の豪の戦いをまぐれだと考えているようだ。


 そんな中、豪だけが全く違うことを考えていた。

切り刻まれた、制服の端切れ。

それは、豪にとっての微かな希望だ。

もしかすると、この学園にいるうちに身長が伸びるかもしれない。

それを見越して、大きめの制服を注文した。

それが、一撃一撃と自らの身長に合わせたように切り刻まれていく。


 自分の希望が叶わないかのような、そんな暗示を思わせる。

そして、それを行っている張本人の轟沢。

先ほどの挑発と合わせて、豪の中で怒りを通り越した何かが、目覚めようとしていた。

まぁ、豪の希望は170センチメートルで、現在140後半の豪にとっては過ぎた望みであるかもしれないが。

大きく仕立てた制服は卒業まで合わないという、フラグに見えなくもない。

どちらにしろ、この戦いは豪の身長の推移とは無関係であることは、今や豪の頭の中にはない。


 怒りに任せて蹴りだした豪の矢が、轟沢の目の前にまで到達する。

「当たる訳無いだろ!」

半歩横にずれて、豪の矢を悠々と回避する轟沢。

返す刀で、鎌鼬が豪に迫る。

豪もそれを回避するが、制服のズボンは今や豪の身長に合わせたように長さだけはあっている。

ここからは、マイナス値。

幾ら豪が小さくても、7分、5分と丈の長さは合わなくなっていくだろう。

(後がなくなったか)

豪は、そう考えるが無くなったのは丈だけだ。


 轟沢は、イラつきと焦りを感じていた。

圧倒的優位を感じて、決闘を申し込んだ。

それなのに、自分の予想していた展開とは違ってきていることが、原因だった。

自分と豪との射程距離の差、体格から予測されるパワーの差。そして、自分と豪のファイトスタイルの相性。

どれをとっても、ここまで苦戦するとは考えてはいなかった。

自分にとっては、都合のいい獲物。

誰かに先を越される前に、さっさと狩りとってしまうことが肝要だと思っていた。


 だが、実際にはどうだ?

避けるだけだった豪は、次第に攻撃する余裕が出てきた。

明らかに、自分の攻撃に慣れてきたように思える。

言葉を発する余裕も無くなり、必死に相手を捉える事だけに集中していく。

いつの間にか、獲物が自分と同等のファイターになっていく。

轟沢の印象に、豪が急成長しているかのような錯覚が生まれる。


 豪も実際焦りを感じていた。

攻撃時に感じる当たるという確信。

それが、未だに感じることができない。

幸運を飼いならして戦ってきた豪が感じてきた、当たるという確信。

それは、小さな体格で戦うことができるという、豪の尊厳。

入学試験の時も、ソフィとの戦いの時も自分を信じてきた、唯一の希望。


 いつの間にか、登っていた血が引いていく。

冷静になっても、打てる手立てのない事に気が付く。

誰にも師事を受けていない自分の限界。

超えられない壁が、目の前に立ちはだかっているかのようだ。


 ギャラリーには分からない、二人の焦り。

いつの間にか、分かれていた攻と防が均衡してきた時、豪は思い切った行動に出る。

矢を二つ蹴りだし、轟沢が剣で防御すると、豪は轟沢に向かって走りだす。

視界を剣と矢で遮られた轟沢が、遅れて豪に気が付くと咄嗟に連撃の鎌鼬を放つ。


 そして、咄嗟の連撃はバランスを崩す結果となる。

焦りが産んだ、一瞬の隙。

豪は、当たっても構わないという捨て身の覚悟で、轟沢に飛び込む。

豪が繰り出した明らかにそれとわかる、テレフォンパンチは豪の体勢を変え鎌鼬を避け、反応が遅れ構えなそうとした轟沢の顎を捉えた。


 響き渡る豪の拳から発せられる鈍い音。

振り切られた豪の拳に押され、轟沢の顔が後方に弾ける。

一瞬の出来事にギャラリーに、静寂が訪れる。

静寂の中、轟沢の身体は前のめりに倒れていく。


 静まり返ったリング周囲に、音が帰ってくる。

皆が立ち上がるのを待っているが、轟沢は一向に立ち上がる気配を見せない。

ざわめきが、次第に大きくなり勝負が決したことを告げるブザーが鳴ると、ざわめきは大きな歓声に代わり勝者である豪を称える。


 人々が豪の大物食い(ジャイアントキリング)に驚く中、豪だけは表情が優れない。

放った右の拳を痛めただけではない。

自分に明らかに足りていない何かに、気が付いてしまった。

そのことが、今後の自分に何をもたらすかということを、意識してしまったからだ。


 ズキズキと痛む右の拳に視線を落とし、豪は思った。

(僕には、格闘技を基礎から教えてくれる誰かが必要だ)

今回の勝利は、まさに自分のギフトのお陰であることを知ってしまった。

(警戒した実力者には、素人のラッキーパンチは届かない)

それを教えてくれた対戦者に一礼すると、豪はリングを降りどこかへと走り出していった。

次回投稿は二日後を予定しています。

では、次回投稿で。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ