8話 始まる狂乱
入学から一月が過ぎると、豪は自分に向けられる奇妙な視線を感じている。
過去の学び舎で晒されていた、偏愛的で変態的な視線とも違う。
ただし、それは自分だけが感じているのもでは無いようにも思う。
横を通り過ぎる生徒が突然後ろを振り返ったり、角を曲がってきた生徒が猛ダッシュしたりと、この学園では奇妙としか言いようがないことが多発している。
「なにこれ?」
そう、独り言を呟くと思わぬ返答が帰ってくる。
「それ、警戒されてるんだよ」
そう、小声で返答してきた男子生徒が、豪を追い抜いていくときに豪の肩をポンと叩いていく。
次いで、顎をしゃくる仕草。
どうやら、付いて来いということらしい。
男子生徒の後をついていくと、トイレに入っていく。
何気ない様子を装いながら、豪もそのあとに続いていく。
中に入ると、先行していた男子生徒の姿はなく、開いた窓だけが見える。
窓から外を確認すると、男子生徒は窓の下の地面に座っている。
豪は、自分も身を乗り出し外に出る。
「警戒って?」
豪は、隣に座る男子生徒の方を見ずに尋ねる。
「二月も遅い入学者で、ゴリ帝に完勝した奴を警戒するなってのが無理だろう?」
どうやら、登校初日の出来事が広く知られているようだ。
「ソフィってそんな有名人?」
「序列6位が有名人じゃ無かったら、それはそれで問題だろう」
「序列・・・・・・6位?」
「ああ、入学1か月で6位。しかも対戦相手のほとんどは戦線復帰していない、『破壊魔ゴリ帝』『陽炎のゴリ帝』って言えば、二課期待の星だ」
ソフィの素顔を隠す仮面は、どこをどう見てもゴリラでしかない。
それをネタにからかい、喧嘩を売ってきた挑戦者を時に決闘で、時に訓練名目で、ほぼ毎日薙ぎ払ってきた注目の女子生徒。
それが、ソフィ・セバスチアンヌ・アルレット・アルチュセールだ。
結果として、ソフィの連勝を面白く思わない上級生である前序列6位の生徒が決闘を仕掛けて、今はソフィが6位に収まっている。
そのため、ソフィが所有しているポイントは、他の序列と比べると驚くほど低い。
そんな注目の生徒に一切触れることなく完勝した生徒。
豪が注目されるのは、至極当然といっていいだろう。
「もうすぐ、これが始まるしな」
そう言って、端末を見せてくる男子生徒。
その端末には、『新規開催される学生限定トーナメントの日程通知と概要に関する通達』と書かれていた。
まったく見覚えのない内容に、豪は慌てて自分の端末を確認する。
通知は2日前の日付で届いていた。
「なにこれ? 新規って?」
「何でも、トーナメント開催事務局主催のポイント争奪戦らしい」
確かに、概要を読み進めるとそのようなことが書かれている。
各学校から選抜された生徒が、トーナメント形式で戦い優勝者には、トーナメントのワイルドカードとしての出場権が送られるようだ。
その会場は広く一般の観客、つまり衆目の中戦うらしい。
ファイターを目指す者にとって、この衆目というのは大変に重要な項目だ。
プロフェッショナル・スポーツの選手としてスポンサーの存在は、不可欠と言って良い。
学生を卒業してすぐでは、スポンサーへ売り込みに行くにも実績がなく門前払いになることも多い。
それを学生の時分から売り込める機会があるのは、学生からしたら願ってのない好機である。
「ま、俺はお前みたいな奴とは、本番で当たりたいから手は出さないけど、後二か月気を付けた方がいいかもな」
すると、豪の端末が鳴る。
決闘の申し込みを伝えるアラームだ。
「ほらな」
そう言い、男子生徒は手を挙げて去っていく。
「ちょっと、名前!」
「卯月、卯月愁人!」
ニカッと笑みを浮かべた表情で、卯月愁人は去っていく。
豪は、端末の了承ボタンを押して校内に戻っていく。
豪の表情からも笑みが漏れていた。
◇ ◇ ◇
指定された時間に、豪は人だかりをかき分けてリングに上がる。
今回の決闘は、問題解決のためのものではない。
適当な理由を付けて、自分を売る行為。
即ち、売名行為だ。
注目される生徒の中で、組みやすしと見られた生徒はくすぶっている生徒の標的になる。
こうして、勝手な因縁をつけて売名に成功する生徒は、毎年数人いる。
何故なら、こうした決闘もポイント奪取の手段として有効だからだ。
やりすぎると、罰則もあるが注目される生徒を倒すことで、次は挑戦を受ける立場に変る。
こうした一戦が自分の将来を変えることがあることを、皆知っている。
そうしたポイントが動きが本来は代表を決定する。
しかし、今年度は意味合いが多少異なる。
学生トーナメントの学内予選、その参加者を少しでも削る意味合いがある。
こうして豪が相手と向き合っている今も、違うところでは別の生徒同士による戦いが行われている。
「よく来たな! ちびっ子」
大柄な男子生徒が豪を嘲る。
体格に恵まれた生徒に豪は、軽い劣等感を覚える。
幸運をもってしても得られないもの、パワーに対する劣等感だ。
「この学園の厳しさを教えてやるぜ!」
言い返さない豪に対して、尚も挑発を続ける男。
ふと、豪の中の暗い部分に火が付く。
豪は自分の矮躯に対して根が深いコンプレックスを持っている。
誰のせいでもない、ただしそのことを揶揄されるのは我慢がならない。
その想いが、心を支配する。
(身体が大きければ偉いのか? 小さいのは罪か!?)
「違う!」
小さな、それでも意志を込めて口に出す。
ソフィと戦った時とは違う、世間一般のファイター観に対する戦い。
それが始まろうとしていた。
相手が巨大な剣のアームズ・デバイスを展開する。
豪も自分のアームズ・デバイスを展開する。
足元の二つの自身の矢である球を足でいじりながら、開始を待つ。
リングが展開し、開始を告げるブザーが鳴る。
ソフィの時とは違う憎しみに似た感情を宿した目で、豪は相手を見据える。
いや、豪の目には相手だけでないその後ろにある何かも捉えていた。
次回投稿は二日後を予定しています。
では、次回投稿で。