7話 そして夜は更けていく
豪は自身の思い出を、輝かしいのもとしてソフィに話していた。
ソフィには、剣王シノノメの胸中を察した気がした。
目の前の幼く見える同い年の少年。
その少年に自分の知る知識を教えていいものか?
豪の話すシノノメは、単なる有名人ではなくまるで自身が信仰する神の逸話を話しているかのような熱を感じる。
だけれども、それは豪の幻想、いや、現実逃避なんではないか? そう思えてしまったからだ。
幸運というギフトは、世間ではその名の通りではなく。
一種の侮蔑をはらんだ認識であることを、豪も承知しているだろう。
それでも、今自分の前にいる豪が、こうしてシノノメとの思い出を語ることができるのは、ひとえにシノノメの優しさが功を奏したからだ。
(無粋だな)
ソフィもまた、過去のシノノメと同様に優しい心根の少女であった。
◇ ◇ ◇
訓練場を後にする生徒たちを見下ろす目がある。
「ご褒美をやっと受け取ってくれたみたいだね」
「覗きが趣味だったんですね。通報してもいいですか?」
「覗きじゃないよぉ~、愛すべき生徒を見守ってると言ってほしいね」
「だったら、隠れていないで堂々と見守ったら宜しいのでは?」
「そんなことしたら、他校にばれちゃうでしょ?」
そう言うと暗がりの中、学園長は秘書に向かってある書類を放り投げる。
「読んでみるといい。あの老人どもの姑息さには飽き飽きする」
「これは? ・・・・・・!」
「そう、ルールの改定だって、ポイント制のワイルド・カードの争奪戦が見たいらしい」
「悪趣味・・・・・・いえ、阿漕とでもいうべきでしょうか?」
「そうだね、経営苦しいのかな?」
「調査しますか?」
「いいよ、探られたら困るのはこっちも一緒だしね。無駄に虎の尾を踏みに行くことはないさ」
訓練場を見下ろし、学園長の顔が歪む。
「それに、彼のお披露目は大々的な方が、あの方も喜ぶかもしれない」
「承知いたしました」
表情を整えて、学園長は部屋を後にする。
◇ ◇ ◇
「はぁ~、疲れた」
豪は部屋に戻るなり、ベッドに突っ伏した。
ファイターの学校と聞き、豪は一日訓練のみを行うことを想像していた。
しかし、この学園を含めて8校あるファイター育成校は、少年少女を適度に教育する機関でもある。
プロの育成という観点からは、一見無駄に思える教養の座学は、謂わば負の遺産だ。
過去にギフト所有者が引き起こした、秩序の崩壊未遂。
それを繰り返さないためにも、戦いに適したギフトを持っている者の場所を特定し、まとめて教育するのは都合が良いと判断されたからだ。
「豪! さっさとシャワーなり風呂なり入ってこい。流石に二日目はきついぞ」
ソフィの言葉に反応し、自身の臭いを確認する豪。
(まだ・・・・・・いや、流石に)
「タオルは備え付けを使っていいからな。私の石鹸は使うなよ!」
「はいはい」
豪は成れない異性との共同生活に早くも慣れてきたのだろうか?
否。
戸惑っているからこそ、逆らうことが出来ないでいる。
慣れる事に一杯一杯で、反論に対して容量を割くことが出来ないでいるのだ。
何より、昨日見た美少女の顔が頭から離れない。
離れないのは顔だけではないだろう。
その証拠に部屋に戻ってから、ソフィを視界に入れないように意識するのが精一杯だからだ。
見てしまったら、別の意味で精一杯になってしまうだろう。
豪はシャワーを浴びながら、必死に考える。
寝床を確保した時のもう一つの報酬、『絶対服従』について。
(どこまで服従してくれるんだろうか? あれもこれもOK? いやいやいや、それぐらいなら・・・・・・いかんいかん。そうじゃないだろう? そんなことで喪失したって嬉しいか? まぁ、嬉しくはあるだろうけど、でも駄目だろう・・・・・・ダメかな?)
そんなことを考えていると、懸念通り豪の豪は精一杯になっている、主張が。
思春期の男子にとって、異性が同室にいるということは喜ばしい出来事だけではない。
女子の放つ自分をゴミでも見るような目線。
思春期男子の行動の半分は、それを回避するために行われる。
そして、もう半分の半分はモテたいという欲求から来ており、残った部分は獣性から来ている。
要するに、思春期男子の頭の中は女子で一杯と言うことだ。
そして、豪に訪れた同居する女子との契約。
『絶対服従』
このシチュエーションは丸っきり女子との接点のない豪のような少年にとっては、千載一遇のチャンスであるとともに、己の汚れた部分を直視しないといけない苦行でもある。
自身にヒロイックを求めている時期である思春期と言う時期に、自分の中に汚い部分が有るというのは認めることが難しい。
しかし、身体の一部は正直に反応してしまう。
悲しい男の性だ。
「はぁ・・・・・・」
自分に少し幻滅しながら、主張を収める方法を考える。
後に、ソフィが入ることを考えたら方法は、豪の中では一つしかなかった。
◇ ◇ ◇
「ひゃぁっぁぁ」
風呂場から聞こえる奇妙な悲鳴を耳にしたソフィは、何事かと風呂場に向かう。
気が引けるが、同室者が事故に遭ってるなら放置するのは寝覚めが悪い。
「豪! どうした? 大丈夫か?」
返事がない・・・・・・。
転んで頭でも打ったのか?
「開けるぞ? いいか?」
「――め」
返事があったが、その声は弱弱しい。
病気だろうか? 成長期にあの体格ならば、何か疾病があるのかもしれない。
ソフィの性根である善性が、この場を離れることを、この場にいる事を許さない。
「大丈夫か!?」
そう言いながら、脱衣所に続く扉を開ける。
脱衣所に豪の姿はない。
なら、倒れているのは浴室しかない。
そう考えたソフィは、躊躇なく浴室のドアを開け放つ。
「豪! どこを打ったんだ!」
そうして、ソフィの目に飛び込んできたのは、ガタガタと震えているが自身の足で立っている豪の姿。
「あ」
そして、豪の努力むなしく主張を続ける何かだった。
寮に打撃音が木霊して、ソフィの要請でメディカル・スタッフに運ばれていく豪。
豪に割り当てられたベッドは、この日も使用されることなく皺ひとつないシーツを保っていた。
次回投稿は二日後を予定しています。
では、次回投稿で。