6話 追憶
数年前のトーナメント会場にて、宇院 豪と東雲 猛は出会った。
「おーい! そこの小僧っ子、ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!」
そう声を掛けてきたのは、若き日の東雲。
ワイルドカードでトーナメント出場していた東雲と豪は会場の控室付近で出会った。
豪にとっては運命の、東雲にとっては取るに足らない出会いであったが、一人の少年が道を決めるには充分であった。
「どうした? 迷子か?」
そう声をかけてもらい、泣き出す幼い豪。
「しょうがないな・・・・・・こっち来な」
そう言われて東雲の控室に入った豪は、東雲が連絡した係員が到着するまで様々なことを語り合った。
「お前、名前は?」
「いうん、たけし」
「おお! お前もタケシって言うのか! 俺と一緒だな」
「いっしょ・・・・・・?」
「ああ! 俺は東雲 猛! 未来のギフトオブギフトだ!」
幼い豪の目には、そう名乗り上げる青年が眩しいものに見えた。
「おにいちゃん! ファイターなの!?」
「ああ! 新源流って言う剣術のファイターだ!」
「しんげんりゅう?」
「新源流って言うのはな、源を辿って新しいものを生み出す流派だ。強いんだぜ!」
「どんなの!? みせて!」
「特別だぞぉ!」
その日見せた型は、東雲にとっては在り来たりな基本の型。
だが、幼い豪にとっては初めて見る本物の武術だった。
「すごーい! かっこいい!!」
キラキラと目を輝かせる豪に対して、東雲は慈愛を以て接してくれた。
その想い出は、豪の中で輝きを増して成長した今でも色あせることは無い。
「どうだ!」
小さなファンに対して、オーバーに胸を張る東雲。
それを本当の英雄を見たかのように、豪は見上げていた。
「かっこいい!」
「そうだろ。でもな、世の中にはもっとすごい奴もいるんだぜ?」
「そうなの?」
「ああ、だからこそギフトオブギフトが偉大だって言われてるんだ」
「いだいだと、すごいの?」
「ああ、例えば・・・・・・タケシは好きな娘いるか?」
「・・・・・・うん」
「ギフトオブギフトになったら、その娘と、もっともっと仲良くなれるんだ。すごくないか?」
「すごい! ほんとう?」
「ああ、本当さ!」
この言葉が、後年豪の中で曲解されてしまうことになろうとは、この時の東雲は知らなかった。
不幸な行き違いだ。
「ぼくも、なれるかな?」
「どうだろうな? そうだ!」
そう言うと、東雲は控室にあったメモ帳に走り書きをした。
それは、主に足腰を鍛えるメニュー。
それを豪に渡し、こう伝える。
「これが毎日できるようになったら、うんと強くなるぞ!」
そこには、大人でもやや厳しいメニューがいくつかあった。
東雲は、自分基準で子供にもできそうなトレーニングを記したつもりであった。
これも、不幸な行き違い。
そんな二つの行き違いが、後の豪にとっては幸いした。
誰の師事も受けず、戦うことなど本来であれば不可能に近い。
それこそ、学園の入学試験すらパスできない可能性の方が高い。
一種の天才は、それを可能とするが、その多くは一課ギフトを有し、驚愕の暴力を振るえる才能を持っていた。
それでも、豪はその試験をパスすることが出来た。
それは、誰にも触れられない距離を保つことができる脚力を手に入れたからだ。
「そう言えば、タケシのギフトってなんだ?」
「うんとね、こううんだって」
「こううん? 幸運か・・・・・・」
東雲の顔が曇っていたのを、豪は手に持った紙に視線を落としていて、見逃してしまった。
もし、豪がその顔を見ていたら、ファイターになるという夢想を抱くことはなかっただろう。
それほどまでに幸運というギフトが、こと戦いにおいて意味を持たないことを東雲は知っていた。
しかし、幼い少年の笑顔を握りつぶすほど、非情になれない。
この時の東雲は、それほどに若かった。
そして、顔を上げた豪の笑顔はとても輝いていた。
「・・・・・・そうか! 幸運か! いつかリングの上で会えるといいな!」
「うん!!」
東雲は、内心もう会うことは無いだろうと思っていた。
いや、もしかするとファンの一人として会うかもしれない。
だが、競技者同士ではあり得ないと確信していた。
幸運というのは、言い換えれば確率の変動値が大きいということ。
確かに、トータルでは運がいいことの方が多い。
しかし、全部が全部いいことが起きるわけではない。
偶然に事故に遭い、その中で幸いにも一命を取り留めることがある、その程度認識が一般的だ。
都市伝説として、一部企業が幸運のギフト所有者を率先して採用するなんて言う、オカルトがささやかれる。
中には、『幸運はギフトを所有していない者への救済措置だ、本当には存在しないギフトだ』
そう言う者も、世間には少なからずいる。
そういった話を耳にしている東雲には、目の前の子供が到底ファイターになれるとは思えなかった。
東雲の心が暗く沈み始めた時、控室にノックの音が響く。
ドアを開けると、豪を迎えに来た係員が到着していた。
事情を話し、東雲と豪の短い時間が終わる。
「じゃぁ、もう迷子になるなよ!」
東雲は努めて明るく、豪に声を掛ける。
「うん! おにい・・・・・・ししょう!」
「師匠か・・・・・・頑張れよ、タケシ!」
東雲は、将来つまずくかもしれない人生を案じて声を掛けたつもりであった。
豪は、渡された訓練メニューをこなせるように声を掛けてもらったと理解した。
こうして、歯車がかみ合うことのないまま別れ、時間がたった。
学園を卒業した東雲は、順調にファイターの道を駆け上がり、豪は交わした社交辞令を約束と勘違いし誰の師事も受けずに黙々と日々訓練に勤しんだ。
そして豪は、ギフトの通り幸運にも試練をパスしファイターとしての道を歩み始めた。
だが、東雲もすべてを知っている訳ではなかった。
この世には、確かに本当の意味での幸運というギフトが存在しているという事実を。
宇院 豪がその少ない本物の一つであったことを、この時は誰も知る由もなかった。
次回投稿は二日後を予定しています。
では、次回投稿で。