49話 決着、そして・・・・・・日常?
「決着・・・・・・だと? ああ、お前の負けでな!」
卯月は自身のギフトの命じるままに、豪を暴力の波で飲み込もうと襲い掛かる。
卯月はその才能のため、これまで一切の武術を見下し、武とは暴力であると体現してきた。
その卯月の暴力は学園に入学してからも凶暴さを増して、更に悪魔の実験にて最凶と呼ばれるほどになっていた。
常に血を纏うファイター、狂戦士卯月。
彼が相手に初めて勝負を挑んだ。
豪にはすべての攻撃が見えている。
予測を超えた確定した未来に限りなく近いビジョンが、豪の目には映像として映っている。
しかし、豪は傷を負っている。そして何より豪自身が武術を始めて間もないもうすぐ脱素人といったレベルの身のこなししかできない。
それでも豪の目には、いくつかの勝利への道筋が写ってた。
卯月の斬撃を避けた後、ショートレンジで肘を受けた後、その数秒後には自分の勝利図が見えてはいた。
しかし、怪我による機能不全やタイミングを逸したことにより、その勝利図は攻撃を放つ前に幻と消えていく。
豪の心には自分への罵倒があふれる。
何故こんなにも未熟なのか。何故こんなにも反応が悪いのか。
もっと早くに武術を始めていたら、もっと早く指導者の必要性に気が付いていたら。
そんな後悔が豪の心にはあふれ出て、その後悔の海で溺れてしまっている。
確実に決着できる場面をいくつも逃し、豪は思う。
武とは経験と知識であると。
ビジョンには自分の知識の中で、再現可能なものが映っているのかもしれない。
実戦は出来ないけれどほんの少しだけ、例えば腕の怪我がもしなければ? 現状無理でも試合開始直後であれば?
もしかしたら出来ていたのかもしれない。
そう考えると、このビジョンが有している可能性は、無限に広がっているように思えてくる。
それはつまり、豪が豪自身に見ている可能性の数だけそこに広がり続けることになる。
暗い後悔の海に、光が差し込んだ気がした。
今がつながる未来、その明るさは溺れていた豪の手を海面にまで引き上げていく。
そして決意する。
(神木師匠の下で、もっともっと強くなろう)と。
晴れやかな顔に変貌した豪は、回避に使っていた意識を攻撃に移行する。
卯月の荒波のような攻撃の合間を縫って、矢を放つ。
二つの矢は、卯月の振り上げた腕に当たり卯月の腕を跳ね上げる。
バンザイを強制され、無防備に体感を晒す卯月。
そして豪は見えた勝利図の通りに、自身の身体を卯月の身体に激しくぶつける。
豪の肩から背中にかけて、激しい衝撃が伝わる。
体当たり。それは武術から最も遠いように見えるが、歴とした武術の技である。
豪が選択できた最も確実な技が、体当たりであった。
両手を負傷し、矢が離れても、向かってくる相手に攻撃できる最良の手段としてそれを選択した。
それは豪が決して口には出さないが、今後幸運に身を任せきるだけでなく、確実な術を身に着けることを誓う決意表明であった。
卯月はカウンターで、自身の突進力ごと豪の突進力を受けてリング端まで吹き飛ばされていた。
ピクリともせずに、倒れている卯月を観客が心配そうに見守る。
さながら交通事故を目撃したかのような空気が会場に流れる。
豪はただ見ていることしかできなかった。
一歩でも動こうものなら、立っていることができないと自覚したから。
救護スタックがリングに駆け寄り、卯月の気絶を確認すると豪への勝利者宣言が行われる。
その声を聴いた豪は、身体を弛緩させてリングに崩れ落ちていく。
その姿を見た観客たちは、豪に惜しみない拍手を送った。
その拍手を豪は遠くに聞いていた。
貴賓室から見ていた神木は、なぜか豪が崩れるのを見て涙が流れた。
単純に勝利を喜んだのか、それとも安全を確保してやれなかった悔し涙なのかは分からないが、豪の姿が神木の涙を誘ったのは事実だ。
そして神木の心に不安がよぎる、今後の豪に降りかかる苦難は確実なのだ。
神木は弟子の苦難を振り払えるよう決意を新たにする。
例え誰に罵られようと、弟子の安寧を誓うのだった。
そして豪の試合を見守るもう一人の人物がいた。
控室の通路から不安そうに見守っていた少女が、豪の崩れ落ちたリングに駆け寄る。
観客からは髪を振り乱しながら走る少女の顔は、よく見えない。
しかし、観客は期待するのだ。
その少女が美しいはずであると、戦いを終えた戦士には美少女が良く似合うからだ。
颯爽とリングに駆けあがり、豪の傍で声を発する少女。
その声は美少女然とした、とても通りの良い声色をしていた。
「豪! 大丈夫か!!」
その必死さが観客の期待をさらに盛り上げる。
そして無粋にもカメラが、その少女の顔を捉えてモニターに写してしまった。
ゴリラである。
ゴリラが勝利と言う栄光を勝ち取った少年に襲い掛かっている映像が、大きくモニターに映し出されていた。
ソフィの素顔であれば、さながら一枚の絵画にも似た印象を与えるだろうが、仮面をつけたソフィであっては完全に捕食シーンにしか映らない。
その落差に阿鼻叫喚とした会場で、神木だけが涙を忘れて肩を震わせながら笑っていた。
不満を漏らしながら豪を控室に連れこん・・・・・・運び込んだソフィは、寝息を立てる豪を凝視している。
本来ならメディカルスタッフを呼んだ方が良いのは、よくわかっている。
それでも害のない豪と二人きりと言う、なぜか甘美に思えるシチュエーションで身動きが取れない。
横になった豪の顔の近くで佇むソフィ。
仮面を脱いで、フィルターのない裸眼でその顔を凝視する。
珍しく腫れた顔の豪。それは初めて見る豪のファイターとしての顔だった。
なぜか、いつの間にかソフィの心に入り込んでいた小さな男の子は、ソフィの知らない間に男の顔を持ち得たように思えてくる。
何とも言えない気恥ずかしい空気が、ソフィに流れる。
それではいけないと、気を取り直してメディカルスタッフを呼ぶために、備え付けの通信機に手を伸ばすソフィ。
何ともタイミングよく覚醒を始めた豪。
豪は覚醒の確認に、自身の四肢を伸ばし状態を確認する。
両手には痛みを感じる。腹部も一部イタイ。
卯月との戦いのダメージが、豪の覚醒を早める。
そして、右手にある柔らかい感触に違和感を覚える。
何を握っているのだろうか?
視界には見慣れた控室の壁が見える。
自分の控室である事は予測がついた。誰が運んだかは分からないが、確かに自分の控室である。
しかし、その右手に感じる感触には覚えがない。
にぎにぎとしても、未だに予測もつかない。
ふと、右手の方に目をやると何故かそばに居るソフィの背中。
そして視線を下にやれば、形の良いお尻と綺麗に伸びた足がある。
その綺麗に伸びた足の間に、これまたなぜか自分の手が入り込んでいる。
豪の『看破する目』には、仮面がないのに鬼のような形相のソフィと、振り下ろされるソフィの拳が映っていた。
それを見て、豪はこんなことを思うのだった。
(ああ、やっと日常が戻ってきた)
騒動、闘争を経て、なぜか戻ってきたと感じる日常に豪は、痛みを感じながらも喜びを感じるのだった。
次回投稿は3/7 2:00を予定しております。
では、次回投稿で。




