47話 貴賓室での戦い
神木は言葉とは裏腹に焦っていた。
学園長に対して行った宣戦布告。それを行うことで学園長が証拠となる何かを抹消してしまうのではないか? それよりも学園長があのまま貴賓室にいる保証もない。
あまりに短絡的な自分の行動に苛立ちながら、速度を上げて先を急ぐ。
奇しくもこの日は校外からも観客が来ているため、通路は人でごった返していた。
いかに現役のファイターである神木が、急いでいても通路を普通に走っていては到底短時間では貴賓室に辿り着くことができない。
リング外で目立つことを良しとしない神木ではあるが、緊急事態のため普通ではない方法を選択する。
通路と言うのは、通常閉塞感を覚えないほどのデットスペースが存在する。
天井だ。そこを飛び回り時に壁を走りながら、時間の短縮を試みる。
異様ともいえるその光景を、周囲にいた皆が驚きの表情で見ていたが神木にはもう気にならなかった。
形式上弟子である豪が、くだらない大人の陰謀に巻き込まれてしまっていると言う事実が、神木を責める。
守らなくてはいけない立場の守れなかった。
それに対する怒りが半分、そして忠告したにもかかわらず守るべき生徒を巻き込んだ学園長に対する怒りが半分。
神木はそれまでの人生で、これ以上ないほど怒りに飲み込まれていた。
神木の目に貴賓室の扉が飛び込んでくる。
もしも、そんな競技があったら間違いなく世界記録になるだろうと言うスピードで、神木は扉に飛び込む。
しかし、短時間できたとはいえ未だに学園長がここにいる保証もない。
着地しながら周囲を観察すると、そこには確かにいた。
なかば放心したかのような学園長の姿が、神木の目に飛び込んでくる。
学園長の姿を確認すると、他は些事だと言わんばかりに神木はアームズ・デバイスを展開し学園長に飛びつく。
勢いのまま手にした刀型のアームズ・デバイスを、学園長の首に向けて振り下ろす。
しかし、その刃が学園長に届くことはなかった。
傍に控えていた秘書の刀が、神木の刀を受け止めていた。
「お前・・・・・・東雲妹! そこをどけえええ!!」
神木は怒りに任せながら、秘書もろともに学園長を斬り伏せようと刀を振るう。
「させませんよ、お嬢様」
兄の、剣王譲りの優雅な剣で、神木の型も理もない怒りの剣を受け流す秘書東雲。
新源流格刀術、剣王や神木をはじめとする新源流を名乗るファイターの多くが格刀術を武としている。
新源流の源流と言うべき流派である。
実力で言えば秘書東雲は、神木とは比べものにならないほど拙い使い手ではあるが、事、後の先に関しては秘書東雲に軍配が上がる。
なにより、今の神木は頭に血が上っていて自身の修めた術を振るえていないのだから、あしらわれても仕方がないのかもしれない。
秘書東雲は、上手く学園長と神木の間に入り神木に、自分を倒さないと学園長に辿り着かないと無言のプレッシャーを与える。
そしてその行動を読み取り、神木は自分の不甲斐なさ具合により苛立つのだった。
そうこうしている間に学園長の目に光が戻ってくる。
それを神木の表情から読み取ると、秘書東雲は背中越しに学園長に声を掛ける。
「学園長! お早く!」
その声を聴いた学園長は、状況を理解したように扉に向かって走りだす。
神木は己の未熟さを痛感していた。
学園長を取り押さえるのが真相の究明に一番早いとはいえ、単身乗り込み証拠も押さえられないとなれば後から何を言っても逃げられるのは必定だった。
乗り込む前に、何かしらの証拠を押さえておくべきであったと悔やみ始めていた。
その心の動きを逃すほど、秘書東雲は拙いわけではない。
今まで後の先に徹していた秘書東雲が、初めて自分から神木に向けて刃を振り下ろす。
虚を突かれた神木が秘書東雲の猛攻に手間取っていると、神木の視界の端に部屋を出て行く学園長の姿が映る。
「貴様! 逃げるな!!」
その声に些か怯えた表情を浮かべながら、部屋の中の攻防に一瞬目を向けて学園長は走り去っていく。
神木の中にはまだ間に合う。秘書東雲を早急に対処すれば、まだ追うことができるという算段があった。
しかし、その算段が甘いとばかりに秘書東雲が立ちはだかる。
「そこをどけ!」
未だに怒りに震える神木の剣は、秘書東雲に難なくあしらわられてしまう。
次第に神木には格下の相手に弄ばれていると言う、新しい怒りが芽生えてくる。
神木は自分の家の終の型まで忘れてしまうほどに、怒りに支配されていた。
それが秘書東雲の戦略であると知らないまま、神木は相手の手のうちに自ら嵌り込んでいた。
学園長が十分に逃げる時間を稼いだ秘書東雲は、自らの逃走の準備に入る。
ジリジリと神木から距離を取り、それとは気づかせないように扉を背にする。
怒りの表情の神木を挑発するように満面の笑みをその顔に浮かべる。
「馬鹿にするなあ!」
挑発に乗り飛び込んでくる神木を飛び越し、神木の後方に着地する秘書東雲。
それを目で追いながら、身体を反転する神木。
そしてさらに神木を飛び越しながら神木の顔目掛けて刀を振るう。
体勢の整わない瞬間を狙い、最も人が防御に徹してしまう顔を狙う新源流格刀術、終の型。
猿悪戯。
そしてそのことを思い出した神木は、追撃を逃れるため窓際まで大きく飛びのく。
本来であればここから、足刈りや背を合わせた状態から攻撃する型に移行するのだが秘書東雲の目的は自身の逃走のため、着地後そのまま扉の外に走り去ってしまっていた。
「くそっ!」
自分が最後まで手玉に取られていたことを知ると、神木は悪態をつく。
学園長は取り逃がし、追い詰めるべき証拠もない。
自分の不甲斐なさを悔やむ神木だけが、貴賓室に取り残された。
神木が豪に詫びるように窓の下のリングに目を向ける。
神木の奮闘を知らない豪は、喜々とした状態の卯月とさらなる死闘を繰り広げていた。
次回投稿は3/3 2:00を予定しております。
では、次回投稿で。




