46話 狂人と幸運 4
学園長の画策により、リング上で苦痛に呻きだす二人。
観客たちの大勢は何が起こったのか訳も分からず、疑問の声が潮騒の様に寄せては返していた。
しかし、豪の試合を多く見ている一部の物好きたちはこう思う。
(ああ、宇院の試合だしな)
(どうせ、宇院のギフトがらみだろうな)
(彼なら何が起きても・・・・・・ね?)
だが、一部の人間が納得できるものでも、多くの人間が納得できなければ事故として扱われてしまう。
そして賭けが成立している試合で、それが起きれば最悪暴動にも発展してしまうかもしれない。
なにせ、ここにいる多くの人が何かしらのギフトを持っているのだから。
あまりに不自然な光景に会場が騒然としたその時、会場にある実況が流れた。
「何が起きたんだあああ!! これも宇院選手のギフトの影響でしょうか!?」
それを聞いた途端に、会場は余りにあっけなく納得をしてしまう。
『幸運だからな』と。
そうした光景を見た学園長が安堵すると、リング上の二人にある変化が出始める。
今まで苦しんでいた二人が、ゆっくりと立ち上がり始める。
(なんだ? なんだったんだ、今の?)
立ち上がり、周りを確認しながら自分に起きたことを思い出す豪。
急に襲ってきた頭痛の正体には、心当たりがない。
それでも自分が感じた痛みが本物であることを、額の汗が教えてくれていた。
頭に手をやるといつもと違う感触に、豪が気が付く。
(あ! もしかして・・・・・・カツラのせい!?)
そう思い急いでカツラを脱ごうとして、豪の手が止まる。
今は試合中。そんな状況でカツラを脱いでしまったら周囲にどう思われるだろうか?
学園と言う空間において、いかなる理由があろうと他人と違う目立つ行為を行うと言うのは、後の学園生活において非常にマイナスに働く可能性が高い。
まして、豪にはもう背が小さいと言うハンデが存在する。
そこにカツラを装着していたと言う事実のみが合わさったら、どうなるだろうか?
恐らく豪は勝手にハゲ認定され、呼び名が『童顔』から『オヤジ』や『オッサン』を経て、最終的には『小さいオッサン』になるだろう。
頭痛の原因は不明だが、その一端であろう物が分かったにもかかわらず、今は外すことができない状況という、また何時頭痛に襲われるか分からない恐怖が付きまとうことになってしまった。
こうして豪が一人じたばたしている間に、卯月は自分に起きた状況をかなり正確に把握していた。
そしてそんな事は些事だと投げ出して、自分の体の状況把握を始める。
足も手も、五体が十全に動くことが確認されると卯月の顔には笑みが浮かぶまでになっていた。
卯月の記憶には先ほどと同じ系列の痛みがある。
それは二つ目のギフトを得た時のころの記憶。
ならば、自分の体にはさらなるギフトが宿ったと考える。
そしてその新しいギフトにも、思い当たる節がある。
ここ数日、地下の研究室で話されていたとある素体のデータの話を思い出す。
それはこれまで学園はおろか、社会で正確に確認されてこなかったギフトの話。
近頃、学園長が最も興味を示した人物の話。
そして近々、自分がとある実験に参加しなくてはいけないと聞かされた話。
それらを統合して考えると、ある一つの結論が導かれる。
それは卯月に幸運を付与しようとする実験である。
学園長は、豪が入学してから豪のありとあらゆる状況を、モニターしてきた。
校内での生活はもちろん、私生活も含めてありとあらゆるデータをとり、解析を行ってきた。
そして、それを人工的に再現したギフトが試作された。
それを卯月に付与して、新たなデータを取り、最終的には豪自身に追加しようと考えていた。
それもこれも、学園長の崇拝する人物を再臨させるため。
幸運というギフトを実感できるほど強力に発現させている人物は、今の処豪しかいない。
もしかすると、世界中のどこかで、トーナメントとは関係のない社会で生きているかもしれない。
しかし、観測できないのであればないのと一緒である。
学園長は豪が入学する前から、そのとある人物を再臨しようと画策していた。
いつか現れるかもしれない途轍もない幸運を纏った人物を目にするその時を待ちながら。
そして幸運にも宇院豪と言う幸運を連れて来た。
しかし、実験は完成してはいなかった。
あと一歩が、どうしても足りない。
何度となく失敗を繰り返し、実験体の数も残りが少なくなっていた状況で、豪と言う幸運が舞い込んできた。
そこからはただ決断するかどうかであった。
貴重な幸運をどう使うか?
天然ものであるが故、入手の困難なその食材をどう調理するのか。
ならば、副産物的に創りだせた人工特課を実験台にするほかなかった。
このタイミングで使用するつもりはなかったが、万が一のため卯月の脳内に埋め込んだ感応増幅器に呼応するデータ送信機から遠隔で新たなギフトを付与できるように、準備だけはしていた。
卯月の様子を見て、学園長は卯月に幸運を付与することが出来たと確信する。
しかし、何故豪が同様の症状を見せたのかが、どうしてもわからなかった。
これまで準備してきたあらゆる実験の記憶が、学園長の脳内を駆け巡る。
そして、一つだけ学園長自身が施しのつもりで他者に伝えた技術が思い当たる。
貴賓室の高みから、会場の観客席を確認する。
そこにある人物を見つける。自分が施しをしてやった相手、思想から家からもトーナメントからも追い出された、哀れと蔑んだ女がそこにいた。
その女、神木はリングではなく貴賓室を見上げていた。
神木と目が合い、学園長は心臓をわしづかみにされた思いがした。
自分の真意に気が付くはずはないと思いながら、脳裏に露見したという焦りが生まれ、その焦りが浮かんだ表情を神木に晒してしまった。学園長の頭に『破滅』の二文字が浮かんでいた。
神木の胸中は複雑であった。
学園長に貰った技術、そしてあの表情。そして豪を襲ったなにか。
それを起した要因はきっと、自分が豪に渡した防具であろうと結論付けた。
そしてその防具が学園長をあそこまで動揺させる理由にも思い当たることがあった。
以前学園長と通信した時、聞いた『奇跡の降臨』と言う言葉。
はるか昔なら起こりえない事柄全般を指していた言葉であったが、近年ではある人物を指す言葉となっている奇跡と言う言葉。
それの降臨とは?
あり得ないと頭の片隅に追いやっていた言葉が引き出される。
それは・・・・・・初代ギフトオブギフトの復活。
方法はてんで見当もつかないが、分かっていることもある。
それは自分の弟子が巻き込まれたという事実。
神木は通信機を手に席を立つ。
短いコールの後、神木は一言発する。
「これが宣戦布告だ」
それだけ言うと通信を切り、人込みを縫うように走り出していた。
次回投稿は3/1 2:00を予定しております。
では、次回投稿で。