43話 狂人対幸運 1
陰謀渦巻く学生限定トーナメント、学内予選。それを知らない豪の控室には神木があるものを携えて訪れていた。
「君の本意ではないだろうが・・・・・・これを持ってきたよ」
神木が携えてきたもの、それは神木の夢を形にした頭部保護用のデバイスだった。
神木が豪やソフィの相手を蔑ろにしてでも今日、間に合わせたかった物。
豪のギフトが発覚した騒動のお陰で、形だけは整えることが出来た。
欲を言えば豪自身にテストさせてから、本番に望ませたくはあったがそこまでの時間は取れなかった。
調整師としてテストもしていない物を選手に使わせるのは心苦しい。
しかし、そうも言っていられないのが今日の豪の対戦相手だ。
実戦からは離れているが、現役のファイターから見ても卯月は危険で異質に映る。
卯月のファイトスタイルも当然危険なのだが、卯月の危険さはそのバランスにある。
パワーとスピードのバランス。
それが神木にはまるで調整されているかのように、理想的で上限一杯まで押し上げられているかのように感じた。
そしてその理想の均整は何かの拍子に崩れてしまう様な予感をもたらす。
そして豪なら、その均整を容易く崩してのけるだろう。
その際に卯月の身に何が起きるか? 相対している豪の身に何が起きてしまうのか?
神木にはそれが心配でならなかった。
だからせめて、不測の事態を軽減できるように、豪の身を案じて不眠不休でデバイスの開発を急いだ。
途中それどころではない様子の神木もいたが、概ね開発は定刻通りに進んでくれた。
他の所に気を取られていなければ、テストもできる余裕を持ったスケジュールだったのだが、他の事も豪のために動いたし、何よりその騒動が無ければ6回戦に間に合うこともなかった。
豪は少し戸惑いながらも、神木の保護用デバイスを受け取り装着する。
装着した姿は豪には違和感のないものだった。それはそのはず、豪の髪形そっくりのデバイスであったからだ。
長い友がまだいるのに、それを模した被り物をする。
豪が見せた抵抗はその一点に集約されていた。
(何でカツラ?)
そう思っても、指導者の真剣な表情を見るとそれを口にするのが憚られる。
なので何も言わず、豪は指導者の言う通りに使用することにした。
豪は神木が立ち去っていった後、卯月に想いを馳せる。
豪は卯月を少しだけ尊敬するようになっていた。
自分の目には命の危険があるかのように見えたあの姿でも、復帰して戦いこうして自分の前に立ちはだかる卯月を執念の人だと豪は考えていた。
そう考えると豪の中には、納得できるものが有った。
卯月のあの戦い方も自分を奮い立たせる為に必要な行為であると、豪は結論付けた。
まったくの勘違いではあるが、そう考えた豪には卯月が何か崇高な信念をもってあのような凶行を行っているかのように思えてくる。
ならば、自分もそんな崇高な信念を打ち砕く覚悟をしようと心に誓う。
不純な動機でここまで来た自分を恥じる心はどこかにある。
それでも他人から見たら取るに足らない夢であろうと、それを賭けて卯月に望もうと決めた。
だから、どんな状況であろうと豪は卯月だけには全力で弓を引こうと誓った。
人があふれる会場にアナウンスが流れる。
アナウンスは言う、卯月が狂人だと。
アナウンスは言う、豪が幸運しか持ち得ない人だと。
ライトに照らされた二人は静かにリングに向かって歩き出す。
観客たちからはその表情はよく確認できない。
しかし、当の二人には相手の表情がよく見えていた。
卯月は無邪気な笑顔を携えて、豪はあくまでも真剣に卯月の視線を受け止めていた。
リングに上がり豪は卯月を見つめる。尊敬と信念を持った目で。
卯月はその視線を受け止め余裕の笑みで返してくる。
二人はアームズ・デバイスを展開し、合図を待つ。
卯月の手には短刀を模したアームズ・デバイスが両手にあった。
豪の足元にはいつものように、矢が二つ転がっている。
手足の違いはあるが、双方とも二つのアームズ・デバイスを使用し戦うファイターである。
二人は構えを取りながら、静かにその時を待った。
観客たちも白熱を期待し、固唾をのんでその時を待った。
静かに、ゆっくりと時間は経過し定刻通りその時が訪れる。
長いブザーの後、歓声が響き運命に弄ばれた二人の戦いの幕が上がった。
次回投稿は2/23 2:00を予定しております。
では、次回投稿で。




