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4話 素顔

「まったく、何なんだ! アイツの非常識ぶりは!!」

ソフィは、今日の汚れを落とすためにシャワーを浴びている。

いつも使っている浴槽を使えないのが、とても恨めしい。

しかし、一日に2度も昏倒させられており、メディカル・チェックの際にも注意を受けてしまっては使うことは憚られる。


 ふと、ソフィは今日の戦いに想いを馳せる。

どう考えても不可解な2度の戦いを、自分なりに分析を試みる。

豪の分析は、最初の印象と変わりがない。

どう考えても武芸に関しては素人だと考えた方が、腑に落ちる。

『敵より遠く、我近く』どんな武道にも通じる技の基本理念が、豪の動きには感じられない。

例えるなら『敵遠く、我より遠く』と言った感じか。


 具体的に言うなら、喧嘩慣れしていない子供ががむしゃらに逃げている。

そんな感じを受けていた。

しかし、彼の攻撃は確実に自分に届く。

しかも手数が少ないために、彼の攻撃の型が見えて来ない。


 ソフィの頭に、ありえない思いがよぎる。

(アイツは、うわさに聞くマスタークラスと呼ばれる化け物なんじゃないか?)

だとしたら、自分では敵わないのではないだろうか?

世界のトップランカーの一握り、その中にいるのではないかと噂されるマスタークラス。

二課(スルース)の目指すべき、体術の極み。

達人と呼ばれる、化け物が豪ではないのか?


「馬鹿馬鹿しい!」

自分に言い聞かせるように、ソフィの声が浴室に響く。

あり得ない、あってはならない。

自分の弱気を断ち切るように、仮面をつけ直す。

自分には、やらなくてはいけない目標がある。

高々、自分よりも小さい者に敗れたぐらいでは、諦めることができない目標が。


 そのために自分は仮面をつけてでも、ここに来たのだから。

そう自分に言い聞かせて、風呂場を後にする。

ソフィがリビングに戻ると、ベッドに捕まるような格好で寝息を立てている。

決闘で汚れた制服のまま、真新しいベッドを汚している。


「まったく、こいつは成りの通りの子供なんじゃないか?」

そう言いながら、豪を抱き上げる。

「おい! 服ぐらい着替えたらどうなんだ?」

声をかけても、一向に起きる気配がない。

「はぁ~、しょうがない」


 上着だけでもハンガーに掛けてやろうと、ソフィが上着に手を掛けると不思議な光景が目に入ってくる。

背中が、やけに小さく感じる。

さわさわと、豪の身体を確かめると、身体のほとんどの筋肉は鍛えられていない。

ただの一部、脚の筋肉以外は鍛えられてはいない。


 それは、ファイターを志す者にとって、ありえないのもだ。

どんな戦い方をするにしろ、身体は全体的に鍛え、使用頻度の高い筋肉がより発達しているのが普通だ。

ソフィであれば、広背筋、そして腕と足の筋肉が発達している。

確かに、豪は足で球をけり攻撃する手法を取っていることから、脚の筋肉が発達していることに異論はない。


 そうであっても、他の部位が鍛えられていない理由にはならない。

防御に移動に、回避行動に戦いと言う全身運動を強いられる環境で、鍛えなくていい部位がこんなにもあって成り立つのもなんだろうか?

ソフィの経験や常識から逸脱した、豪の身体は正に、異様としか表現できないものだった。


「・・・・・・ぅあ、さむぅ」

ソフィの下にいる豪が、身もだえしながら目を覚ます。

周囲を見まわした後に、豪はソフィに声を掛ける。

「ソフィさん? 何してるの?」

そう言われて、我を取り戻すソフィ。

見下ろしている豪は、ソフィが分析に夢中になり身体を調べる過程で、パンツ一枚の姿になっていた。

「え?」


 しかも、脱力している豪を動かしたり、ひっくり返したりしたため、ソフィの息はやや弾んでいる。

傍から見ると、明らかにゴリラが少年を襲っているようにしか見えない。

「待て! 勘違いするなよ? これは・・・・・・あれだ! お前の身体の秘密を探ろうとしてだな」

「きゃあああ!! 変態痴女ゴリラにおそわれるぅぅぅ!!」

「ちがっ! 貴様!! 誰がゴリラだ!!」


 上からゴリラの手が伸び、下から少年の手足が伸びる。

もみ合いながら、豪は必死に抵抗する。

「助けて~! 犯されるぅ~」

自分の貞操と、命の危険を感じて。

ソフィは、必死に取り押さえようと豪の手足を掻い潜る。

「ふざけるな! 誰がお前なんぞに欲情するか!! 話を聞け!!!」

ソフィの言葉とは裏腹に、その光景は明らかに犯罪を匂わせる様相となっている。


 もみ合う中で、豪の足の指がソフィの顔の一部に引っかかる。

好機と見た豪は、その引っ掛かりを足の指で握り込み、投げに移行する。

「馬鹿! そこを掴むな!!」

ソフィの先ほどとは種類の違う、緊迫した声が聞こえるが、豪は止まらない。

豪の足の指に掛かっていた抵抗が、一気に無くなる。


 するりと、何かが抜ける感触。

豪の目にソフィの顔が、顔だけが床に落ちる光景が映る。

「ぎゃああ! 顔が、顔が! 剥けた!!」

「剥けるか!」

叫ぶ豪の頭に、ツッコミが入る。


 恐る恐るソフィに顔を向けると、

「ソフィ・・・・・・さん? それとも天使?」

そこには、今までとは全く違う顔が豪を見下ろしていた。

「見られてしまったか・・・・・・」

ゴリラの顔の下には、まさしく美少女としか形容できない美しい顔が隠れていた。


「出来れば、見せたくはなかったのだがな」

豪から目を逸らしながら俯くその姿は、容姿、声、所作が完全に一致したかのようだった。

まるで、アイドルと言うべきその姿を見た豪は、ゆっくりと視線を降ろす。

自分が見てはいけないものを見てしまったかのような、そんな罪悪感を胸に視線を降ろす。

そして、目に入ったのはソフィの胸部だ。

いや、もはや胸部ではなく胸、おっぱいだ。


 そして、豪の記憶は保管作業に入る。

昼間に事故とは言え、揉んだ胸部はこの少女の胸であることを認識すると、容量オーバーしたパソコンの様に固まってしまった。


 釘付けになっている豪の視線をソフィが辿る。

自分の胸で止まっている視線。そして豪の手には自分のルームウェアが握られている。

「きゃああああ!!」

ソフィの悲鳴で、豪の意識が戻ってくる。

「ちょっ! 違う! 事故!! そう事故なんだ!」


 飛びのき胸を庇うソフィ、手でソフィを制しながらゆっくりとにじり寄る豪。

形勢は逆転し、少女が少年に襲われるかのような構図になる。

涙を溜めたソフィの姿は、豪にとって不可侵な聖域に見えてくる。

「ち、違うんだああああああああああ!!!!!」

思春期の少年、まして豪の様に異性に異性と見られることのなかった奥手(どうてい)にとって、耐えられる空気ではなかったのだろう。

ソフィを置き去りに、豪は部屋から走り去っていった。


 その夜、豪が部屋に戻ってくることは無かった。

次回投稿は二日後になります。

では、次回投稿で。

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