36話 反省と成長
豪は、静まり返った会場を後に控室に戻ってきた。
豪の控室にはソフィが待ち構えていた。それを豪は意外という顔で対応する。
「あれ? ソフィどうしたの?」
「どうしたはこっちのセリフだ、試合前の件は確認した。卯月の所に行くのだろう?」
それを聞いた豪は、はっきりとした口調でこう答えた。
「行かない」
「そうか、場所は聞いて・・・・・・何?」
「行かないって言ったの」
豪の答えを聞いてソフィは唖然とする。
試合前、いや、試合中もまるで集中できていなかった豪が、さも当然のように拒否をしたから。
「さっきの試合・・・・・・卯月のことが気になっていたんだろう?」
「ああ」
「じゃあ! 何でだ?」
ソフィには理解が追いついていなかった。高々十数分で何が変わったと言うのだろうか?
明らかに豪は卯月のことを吹っ切っていた。
そのことがいつもの豪ではないように思えてならないソフィ。
「さっきの試合、ソフィから見てどう思った?」
「・・・・・・」
ソフィは答えることができない。思ったことを言えば豪を傷つけてしまうと思ったから。
はっきりとソフィの中で、評価は決まっていた。
もっと言えば、先ほどの試合を見た誰もが思うだろう。
無様な試合だったと。
ソフィは言葉には出さないが、ソフィの表情はそれを豪に告げている。
「そうだよね、あんな試合あり得ないよね」
集中を欠いた選手と感情を爆発させてしまった選手。
もちろん、豪に原因があって大半は豪の責任と言って良い。
しかし、対戦相手の田中正弘に何の落ち度もないかといえば、そうでは無い。
武術において精神修養と言うのは、自分の力を十全に出すためだけでなく、武術と言う凶器を感情に任せて振るわないように自分を律する枷でもある。
それを行えなかった豪と田中正弘双方に落ち度があるのだ。
「あの試合は、相手の人だけじゃなく出場している皆に失礼な試合だと思う」
豪は自分の行為が相手だけではなく、出場した全員に対する冒涜だと考えた。
それは確かにその通りだ。豪に負けた選手、田中正弘に敗れた選手があの試合を見て胸を張れるだろうか?
豪にとって、幸運のみで勝ち上がってきた豪にとって相手に勝つこと自体が相手への冒涜であるかもしれない、試合の後にどこか素直に喜べない自分がどこかにいた。
さっきの試合でそれが明確に見えてしまった。
そして豪は思った。
(勝つことが自分の望みである限り、わざと負けるわけにもいかない。ならばせめて、負けた相手が納得できるファイターになろう)
そう、決意を新たにした。
ただ単にモテたいからと、この学園に来た豪にとっては著しい成長と言って良いのかもしれない。
嘲られ、笑われて、鬱屈とした成長を遂げた少年が、初めて真っ直ぐ相手を想う。
目の前ではない誰かを気遣う。
人によっては傲慢に見えるかもしれない。
だが、豪を知る人間にとって予想の遥上を行く成長に見えることだろう。
「だから、行かない」
「しかし、・・・・・・」
「卯月のことは確かに心配だよ。だけど、俺がしていい心配ではない、卯月が出場できると思って出てるんだから俺は、俺の心配だけで十分だろ?」
誰かに何かを吹き込まれたかのような、豪の変わりようにソフィは腑に落ちないものを感じながらも納得するほかなかった。
「そうか、お前がそれでいいなら・・・・・・」
「いいさ」
「もし、卯月とあったたら、戦えるのか?」
ソフィは納得したものの、どうしても聞かなくてはいけないような気がした。
卯月の状態を見た豪が、卯月に矢を放つことができるのか?
もしもためらう様なことがあったなら、それは豪が卯月によって血の海に沈められることを意味する。
聞いてしまってから、ソフィは少し後悔をする。
豪は確かに変わってきている。しかし、今それを聞くことが豪にとって何を意味するかを深く考えてはいなかった。
ただ、豪が心配だから。
それだけで、口からこぼれてしまった言葉が不用意だったと反省する。
「戦うよ? 当たり前だよね?」
豪の目には一切の曇りが見られない。
一般常識を答えたかのような、平静さが見られる。
「そ、そうか」
豪の態度を見て、一瞬たじろぐソフィ。
あまりに自然な態度、ファイターとは斯くあるべき。そう言うような態度が意外に思えた。
「さあ、帰ろう」
豪が控室に置いた荷物を取ろうと、ソフィの横を通る。
あまりに自然な行動に、ソフィは今までのことを忘れると言う油断をした。
豪が近くにいた時、自分に何が降りかかるのか。
それを忘れて、ただ自然に豪に道を譲った。
そこに、テーブルがある事も忘れて。
ここはファイターを目指す、他の学校とは違いいささか血の気の多い生徒がいる学園である。
当然、この控室は豪専用ではなく、たまたま割り当てられた控室だ。
そんな学園の控室と言う閉鎖空間にあるテーブルが、果たして何のダメージもない新品であることがあるだろうか?
試合には、勝者と敗者が存在する。まして賭けが成立する競技で仲良く勝者が通じるだろうか?
敗者が備品だからと、テーブルを気遣うことがあるか?
もちろんそんな事はなく、数多くの敗者に八つ当たりをされてきたテーブルが、ソフィが体重をかけたとたんに、限界を迎えても何ら不思議はないだろう。
テーブルの足が、ひび割れ自重すら支えることが出来なくなった時、体重をかけたソフィに何が起きるか?
当然バランスを崩し、転倒する。
当然、近くにいた豪を巻き込んで転倒する。
それはごくごく自然な現象だ。
そして、咄嗟に女の子を守ろうと身体を動かす豪の行動も、自然と言って良いだろう。
そして、身体を動かした拍子にソフィのスカートの中に、豪が顔をうずめてしまうのも豪にとっては自然な出来事だった。
ソフィもそこまでは慣れたものだった。
内心
(・・・・・・またか)
そう思っていた。
しかし、このような出来事で殴られ続けてきた豪は、弁明するために咄嗟に立ち上がり両手を前にソフィを押しとどめようとする。
そこで豪の幸運が発揮される。
立ち上がった豪の視界は、白く靄が掛かった様になり前すら見えない。
怒っているであろう、ソフィの姿が全く見えない。
おかしいと、自分の顔に手をやると何か布が顔に掛かっているのに気が付く。
それを外し、しげしげと眺める。
見覚えのある形。しかし、明らかに自分の知っているものとは違うなにか。
「なんにも変わっとらんじゃないかー!」
ソフィの怒号が響き、痛々しい打撃音が響く。
豪の成長はあくまで、精神的な成長であってその行動、そのギフトには一切の反映はされなかった。
次回投稿は2/9 2:00を予定しております。
では、次回投稿で。




