表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/50

35話 炎の宴

 無数の火の玉が、リングを穿つ。そして着弾した火の玉は時に形を残したまま、時には火花を散らしながら豪に襲い掛かる。

 田中正弘が自身のギフトを最大限に生かしていると考える彼の必殺技『狂乱者の踊り(ダンシングフィーバー)』である。

 自分の元々の得意分野であった、火炎造形を極端に短縮させ連射速度のみを最大限にまで上げた技。

 彼曰く、「一度発動したら、何があっても止まらない」技だと言う。


 そしてそれを受ける豪は、未だに頬の痛みだけを引きずっていた。

 戦いに集中しろという、ソフィの気遣い。

 それを感じていた。

 いや、もっと言うならそれ以外の痛みは感じなかった。


 何故か? 

 アドレナリンの多量分泌で、痛覚が鈍くなっている?

 根性が痛覚を上回っているから?

 はたまた、対戦者との戦いに狂乱しているからか?


 そのすべてが、当てはまらない。

 答えは、一発たりとも豪に届いていないからだ。

 正確には距離は十分届いてはいるが、直撃ルートに一切飛んでこないから豪は未だに無傷であった。


 田中正弘が速度のみに傾倒したせいで、その命中率は驚くほど低い。

 確かにその連射能力とスタミナは驚異的と言って良いだろう。

 迫りくる火の玉。それに込められた熱が対戦相手の判断を鈍らすこともあるだろう。

 事実、これまでの対戦相手は迫りくる幾百と言う火の玉に恐れを抱いて必死に回避行動を取り、それが裏目にでて直撃を受けてしまう結果になっていた。


 では、豪はどう避けているのか。

 豪は回避時点から一歩たりとも動いてはいない。

 動けないのではなく、動いていない。

 まるで、自分には当たる心配がないとでも言うように、ただ佇んでいる。


「くっそうー! 当たれって言うんだよー!!」

 流石に命中率に難点がある事を理解している田中正弘でも、これほどまでに当たらないとは思っていなかった。

 百に一つくらいは当たるんじゃないか、そう思っていたのだが今や完全に当てが外れている。


 そして、豪は相手の攻撃が当たらないという絶好の機会なのに、一向に反撃を行わない。

(卯月のあの様子、絶対普通じゃない。あれはギフトのせいなのか? いや、ソフィの言う通り今は目の前に集中しないと。・・・・・・でも、あれって・・・・・・)

 目の前に攻撃を続けている対戦相手がいると言うのに、先ほどの控室での出来事が脳裏から離れない。

 

 豪がただただボーっとしていることを、何となく理解している田中正弘は怒り、そして気付いてもらえないことに焦り、そして一向に当たらない自分の攻撃に極限までイラついていた。

 試合開始10分を経過した所で、田中正弘は止まらないと自称した攻撃を止める。


「何なんだ! 何なんだよ、お前! 相手は俺だぞ!! 誰見てやがる!」

 リング上で滅多に見られない対戦相手に怒鳴ると言う光景。

「こっちを見ろ! 俺を見ろよ!」

 いきなり試合中に話しかけられて唖然とする豪を見て、田中正弘はさらに怒りをあらわにする。


「なんで来ないんだ! 攻撃して来いよ! さあ!」

 両手を広げながら、自分に攻撃して来いと挑発と取れる行為を豪の目の前で行う。

 地団太を踏みながら、尚も豪に怒鳴る田中正弘。

「なんなんだよ! どいつもこいつも馬鹿にしやがって!! 4回戦だぞ! なんで俺がこんな低倍率なんだよ! このチビに俺が負けると思ってるのか!? なめんな!!」


 ついには、直接豪には関係ない事にまで憤りを見せる。

 本来はこのようなことは起きないのだが、この試合に限らずトーナメントに類する試合には審判という制度は存在しない。

 始まってしまえば、後はどちらかが戦意を喪失するか意識を失うまで戦わなくてはいけない。

 即ち、田中正弘を止める者は豪以外にはいないのだった。


 そんな試合の真っ最中に、こうして感情を表に出す時間は本来ならあり得ないのだが。

 現実に起きてしまった。

 前代未聞な出来事を前に、観客たちも騒然となっている。


 こうした状況を作った原因である豪は、あまりの出来事に頭を白くしていたが田中正弘の言葉が途切れたのを切っ掛けに現実に戻ってくる。

「あ、あの・・・・・・ごめんなさい」

「ごめんじゃねーよ! まじめにやれよ!」

「は、はい! 真面目にやります」


 一つとは言え、年上のあまりに正論過ぎる正論に弁明も浮かばず、頭を下げて謝罪する形となった豪。

「じゃあ! こっから真面目に頼むぞ」

 豪の謝罪と鬱積した何かを吐きだした田中正弘は、仕切り直しとばかりに後ろを向き一拍おいて豪に向きを直す。

「いくぞ! 『狂乱者の踊り(ダンシングフィーバー)』!!」


 仕切り直しが入ったことで、観客も戸惑いながらも試合に声援を送る者が出てくる。

 再び始まった火の宴が、それを加速させる。


 しかし、仕切り直したとて急に命中率が上がるわけでもなく。

 声援の声は次第に小さくなっていく。

 試合は再開したものの、豪は一歩も動かない。

 正面に来たものだけを避けることに集中するが、一切正面には来ない。

「うおおおおおお!!!!」

 静まり始めた会場に田中正弘の叫びがむなしく響く。


「くっそおおおおおお!!」

 田中正弘の声だけが響く会場で、豪は若干の戸惑いを残しながら足元にある矢を蹴りだす。

 真っ直ぐ飛んでいった矢は、何の変化もなく田中正弘の顔面を射貫く。


「馬鹿・・・・・・な!」

 そう言い残してリングに沈んでいく田中正弘。

 その表情はとても真剣なのだが、セリフと表情が相まってどこか喜劇的に見えてしまう。


 そして会場のどこからか声が漏れる。

「お前も真面目にやれよ」

 と。


 そしてある意味劇的な幕切れなのに、誰も声を上げない会場で豪への勝利宣言だけが響いていた。


次回投稿は2/7 2:00を予定しております。

では、次回投稿で。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ