34話 4回戦の控室
4回戦目の朝、やはり今日も観客は会場に大量に押し寄せていた。
今までの倍はいるかと思われる人数が豪のいる会場に来ていた。
それもそのはず、64名となったことで倍率の低いファイターや逆に人気のファイターが同じ会場となるからである。
もちろん、豪は不人気な倍率の高いファイターではあるが、初戦と比べればかなりの支持者を集めていることになるのだが、如何せんそれまでの人気ファイターにはまだ勝てないのが、現実だった。
その中で一際人気の高いファイターがいる。現在席次1位の人物がそれにあたる。
登場するなり黄色い声援を受けながら、それでいて対戦相手を見下したりしない絵にかいたような模範的ファイター。
3年目の綾野和也。一課のエース的存在だ。
水分を凍らせるギフトを持ち、相手の活動を鈍らせ、氷の斬撃で相手を切り裂くその姿はとても優美で、見る者を虜にする。
特にその優しい面持ちで、女子生徒に人気が高い豪とは正反対に位置する・・・・・・いわゆるモテ男だ。
しかし、男子生徒に嫌われているかというと、そうでもない。
分けへだけなく接してくるその人懐っこい性格で、誰からも好かれやすいと言う作り物に思えるファイターがいた。
現在はその顔や全身をくまなく切り裂かれ、リングに伏している。
始まる前は湧いていた観客たちも今は、あまりにも凄惨な姿に掛ける言葉を失っている。
卯月愁斗による惨劇がまたしても行われていた。
そしてそれを始めて目にする豪も、皆と同じく言葉を失っている。
たまたま豪が目にしたのが、卯月綾野戦だっただけで特に意識していたわけではない。
何時か声をかけてきた見知った顔が、リングに上がっていたから見ただけであった。
「・・・・・・見るんじゃなかった」
豪は静まり返る会場で誰に言うでもなく呟く。
豪は何とも言えない感情を抱きながら、控室に戻る。
豪と話した時には、笑顔に幼さを残した気の良さそうな少年があんな戦いをするなんて思いのしなかった。何故かそうでは無いのに、裏切られたような感情が芽生える。
自分の勝手な思い込みであることが、理解出来ていてもそれでも尚、納得するのに抵抗を感じていた。
会場で見たものを反芻しようとして、豪は頭を激しく振る。
「駄目だ、自分のことに集中しろ!」
一人きりの控室で、豪が慟哭に近い叫びをあげる。
あまり親しくもない少年に心を占領されてしまう。それほどまでに卯月の戦いは鮮烈であった。
しかし、彼のことだけを考えてはいられない。何故なら自分の戦いはもうすぐ始まるのだから。
お世辞にも強者とは言えない豪が、他人を思いやるほど戦いを前に余裕がある訳ではない。
何とかして自分の中から追い出そうと、必死に声を上げて自分に言い聞かせる。
必死に今日の対戦相手を思い浮かべる。
前日に見た映像を頭の中で再生する。そうすることで豪は自分の中で戦いの準備をしようとし始めた。
すると、隣の控室から物音が聞こえてくる。そのあとを追う様に、
「ぐああああああああああああ!!!!」
叫び声が耳に届く。
それなりに防音されている控室の壁を越えて豪の耳に届く叫び声。
先ほどまで頭の中で再生しようとしていた映像が、豪の中から消えていく。
何事かと豪は控室を飛び出して、隣の控室の扉を見る。
そこに掲げられている名前は、『卯月愁斗』。
その名前をみて、更に訳が分からなくなる豪。
自分が見た試合を思い返す。卯月に目だったダメージが無かったことを思い出す。
そうなると、今も響いているこの叫び声の理由が分からない。
卯月の控室の扉が、少しだけ空いているのに気が付いた豪は部屋の中を覗き見る。
語の目に映ったのは、床を転がりまわる卯月の姿。
その表情は同じ人物なのかを疑うほど歪んでいる。
「卯月! 大丈夫か!?」
思わず扉を開いて中に侵入する豪。
それにも気づかない様子で、卯月は頭を抱えながらのたうち回っている。
「ぐっ! はあはあ・・・・・・ぐっ! あああああああああ!!」
あまりの様子にたじろぐ豪であったが、ふと備え付けの通信機が目に入る。
一瞬躊躇したが、豪はメディカルスタッフに通信を送る。
少し経ち、通信を受けたスタッフが大挙して卯月の控室にやって来た。
スタッフの切迫した怒号が飛び交うと、豪はスタッフにより部屋から排除されてしまう。
そして、豪が身の置き場に困っているとストレッチャーに乗せられた卯月が、どこかへ連れていかれる。
状況が理解できないまま、豪はスタッフに通報したことを感謝され一人廊下に残される。
それとは知らずに、別のスタッフが豪に試合が行われることを告げ、立ち去っていく。
混乱した頭が一切の整理を受け付けないまま、豪は会場に足を運ぶ。
豪が会場に入ると、数十分前の出来事を忘れたかのような盛り上がりを見せていた。
その光景が先ほどの光景を幻だったかのような印象を与える。
しかし、卯月を触った手には、確かに血が付いていた。
卯月の浴びた返り血が、豪の手に着いたのだろう。
それがさらなる混乱を豪に与える。
現実に思えない豪の目に、一人の少女が映る。
「豪! 見てたか? 勝ったぞ」
笑顔のゴリラ、ソフィがそこにいた。
笑顔で勝利報告をしたソフィが、豪の顔を見て真剣な声色で豪に聞いてくる。
「何かあったのか?」
「え?」
そう声を掛けられて、豪は自分の前にいるソフィを改めて認識した。現実にそこにいるんだと。
ソフィは豪を通路に押し込み、更に問い詰める。
豪は先ほどの出来事をポツリポツリと、話し始める。
それを聞いたソフィは、「うん」と頷き、豪の頬を張った。
乾いた音が通路に響く。控えていたスタッフが思わず振り返るほどに。
そして、ソフィは豪に現実を突きつける。
「それがどうした! お前と何の関係がある? お前はお前以外のことを心配するほど偉いつもりか?」
ソフィは豪が心配だった。これから戦うと言うのに青い顔をして、焦点も定まらないほど、豪が動揺しているように見えた。
確かに、この大会は個人戦だ。ソフィが豪を思いやる必要はない。
しかし、この小さな少年が悔いを残す戦いをして欲しいとは思っていない。
いかに幸運とは言え、今の豪が勝てる相手がこの場にいる訳がない。
そのことを豪に知ってほしかったのだ。だから、ソフィは豪を現実に戻すため豪を殴った。
負けるならせめて、納得のいく形で。望むなら自分の手で。
ソフィにとって豪は、もはや他の誰かより気に掛けるべき存在になっていた。
次回投稿は2/5 2:00を予定しております。
では、次回投稿で。




