31話 巨人と小人 1
豪と相模の試合の時間が訪れた。
前の試合は余程の激闘だったのだろう。会場は興奮に包まれていた。
中には男子生徒が人目をはばからず、涙を流す姿も見える。
恐らく前の試合でポイントを大幅にスッたのかもしれない。この学園では試合に対してポイントを賭けることのできる所謂賭博行為が認められている。
しかし、しかしだ。十代のしかも学生が、涙を流すほどの大量の賭け代を使っているのは精神発達上、健全と言えるのだろうか?
きっと、後年問題になるとは思うが、今は何も問題がない。・・・・・・校則的には。
泣いている少年は、将来お馬や船が大好きなアウトドア派に成長していくのかもしれない。
そんな阿鼻叫喚が残る会場に足を踏み入れる豪、そして相模。
豪はこの戦いの目的を楽しむ事に目標を掲げている。対する相模はもちろん勝つことが目標だ。
相模は会場を一瞥すると、苦々しい表情を浮かべる。
相模が所属する実践流角力には、少し苦い過去が存在する。
それは、今の会場で起きていることが関係している。
初代の角力ファイターが、所属団体を出奔する形でトーナメントに出場すると、元の所属団体はその選手の記録を抹消した。
そして、一切の関与をしないことが公に発表されてしまった。
加えて実践流角力に所属した選手も、一切の関与を禁止されてしまった。
元の団体とは一切の交流を行えず、出稽古すら行うことが出来ず自分たちで試行錯誤を強いられてきた。
二代目を含む直弟子たちは、それでも初代の挑戦を行う姿に感銘しついてきたため問題としなかった。
しかし、代を重ねるにつれその不遇は顕著にそして、重く弟子たちにのしかかってくる。
何より、実践流角力の成績不振が槍玉に挙げられる。
初代よりも低い成績、世間は初代を含めて実践流角力を笑いものに仕立て上げた。
それを苦に何人もの選手が、現役を去っていった。
それでも初代の心意気を汲んだ数人が、笑われながらも試合に臨んだ。
もちろん、出稽古を根気強く申し込んだりもしたが、答えはいつも同じであった。
『競走馬と稽古して得るものはない』
そう断られていた。
トーナメントは、公益ギャンブルとしての側面もあり人気を博してきた。
一流派のために、その利益を投げ出すはずもなく、しかしその収益を当てに生活をしなくてはいけない角力ファイターが、競走馬に例えられるのも仕方がないのかもしれない。
しかし、近年は先人たちの負けの記録が経験として生きる形となり、角力ファイターの台頭も目覚ましいものになりつつある。
そんな中で入門した相模は、先人を苦しめたこの賭博行為をあまり快くは思ってはいない。
もし、賭け事が絡んでいなかったなら。
そう思う側面と、続けていくには金が必要と言う矛盾を分かっていてもどうしても釈然としない気持ちが相模の中にはあった。
それがこの会場をみて相模の中で再燃してくる。
折角控室で集中してきたのに、この会場の雰囲気でいささか心が乱れるのを相模は感じていた。
そして、相模を苛立たせるのは何より目の前の対戦相手だ。
大よそ強者には見えない豪を見ると、先人達が強さではなくギフトに負けてきた歴史を思い出させる。
相模のこの想いは、他の流派でも少なからず見受けられる感情だ。
どんなに強いファイターもギフトの相性で負けることも少なくない。
まして、角力ではギフトの使用を積極的には推奨していない。
あくまでも、角力の技術と強さを証明することが先人から続く信念であるからだ。
そんなことを相模が考えているとは知らない豪は、改めてみる相模の大きさに驚いている。
自分との身長差が50㎝、体重差は100㎏を超えている。
そんな人間をこれまで見たことのない豪は、自分との違いに驚いている。
(はあ~、これが同じ人間かよ。種族偽ってない?)
もしも偽りの嫌疑が掛かるなら、豪にも掛かるだろう。
相模が巨人だったら豪はホビット族と疑われてもおかしくない。
なにせ、豪はそれほどまでに小さいのだから。
苛立ちを消化しきれないまま、相模は着ていた浴衣を脱ぐ。
下にはすでに、アームズ・デバイスを着用している。角力は特別ルールでリング外のアームズ・デバイスの展開を認められている。
それは、角力ファイターへの信頼の証でもある。
そして、豪もいつも通り二つの矢を足元に展開する。
リングが形成されると、二人は開始の合図を待つ。
その姿も対照的だ。大きいはずの相模は大きく股を開き重心を沈め小さくなり、小さいはずの豪は軽いステップを踏みその小さな体を大きく見せようとしているようであった。
開始のブザーが鳴ると、相模はゆっくりと立ち合いを行う。
相模がこれまで相手にして来たファイターは、大抵相模の巨大さに周囲を伺う様に居場所を変えてきた。
しかし、豪は突っ込んでこないのは同様だが、その場を動かず正対してステップを刻んでいる。
相模にはそれも気に食わなかったようだ。
まるで自分を警戒するに値しない対戦者だとでも言うかのように感じた。
自分よりも圧倒的小兵が、策を弄さず真正面にいる事が少し相模のプライドを傷つけた。
圧倒的突進力を見せる相模。お互いのコーナーを瞬きの間に詰めていく。
そして、豪の顔よりもでかい張り手が豪を襲う。
相模の張り手は回転力も高い。まるで軽量級のボクサーの手業のように軽快に豪に迫る。
しかし、豪はその速さに恐れることもなく躱し続ける。
確かに速くはあるが、一本調子の張り手は変幻自在の戟を避けるより容易い。
回転力は高いが、刹那を切り裂く抜刀術より遅く、何より同じリズムの攻撃は何かが起きるかもしれないと思わせる幸運力が足りていなかった。
豪の目には、対戦前日に見えた壁はもう見えていない。
見えるのは豪に合わせて小さくまとまっている巨人だけだった。
豪は、二つの矢を巧みに操りながら迫る張り手の砲弾を躱し、コーナーを脱出する。
驚いた表情を見せる相模。
不敵に見える笑みを見せる豪。
いつの間にやら相模は、腰を落とすのも忘れてただ立ち尽くしていた。
豪は距離ができると、自分の矢を弄び始める。
あまりに違う身長差が際立つこの戦いを、観客の数人が巨人と羊飼いの戦いに見間違い豪にベットし始める。
それを待っていたかのように、豪は弄んでいた矢を相模に向けて蹴りだした。
次回投稿は1/30 2:00を予定しております。
では、次回投稿で。