3話 そして舞台の幕は上がる
未だに世紀の番狂わせが起きた会場では、喧騒が続いている。
あるのもは、賭けで失ったものを嘆き、あるのもは胴元を探し、胴元はそそくさとその場を離れようとしている。
見るからにコミュ力の高そうな生徒は、豪に駆け寄り記憶媒体を差し出しインタビューに勤しむ。
そんな喧騒に、気真面目そうな一団が近ずいていく。
「皆さん! 静粛に願います!」
一団の一人から凛と通る声が発せられる。
喧騒が次第に落ち着き、胴元に噛みついている生徒も思わず声の主に目をやる。
「学生自治委員から、通達があります!」
その言葉にあるものは怪訝な表情を浮かべ、胴元の生徒は若干表情を明るくする。
噛みついていた生徒は、泣きそうな表情だ。
学生自治委員会、生徒の中から選出される所謂生徒会のようなものだが、その裁量は意外と幅が広い。
こうした、生徒同士の決闘を最小限にするために簡易的な裁判のようなことも行い、設備の陳情や、学園内の治安維持行為も認められている。
「この度の決闘は、勝者である宇院さんの入学が正式に完了していないため、学園裁定により没収試合となります! 尚! 対戦者両名の合意がなされた場合、再試合の場を自治委員会で提供する用意がある事をお伝えしておきます!」
この決定には、自治委員には好意的な生徒たちからもブーイングが上がる。
ここは、ファイターを育成する学園。
勝者は一課、二課に係わらず称えられるべき、そうした精神が息づいている。
自治委員の決定には、ある程度の強制力はあるものの勝者の権利まで剥奪することには怒りを覚える生徒は多い。
特に、大穴を当てた生徒は今度は自治委員に食ってかかろうという勢いだ。
「ただし、賭けは正式に受諾したのもとして、権利の行使を許可します。そして、そのことに関して決闘をする権利は剥奪します。そして! 今回の勝者である宇院さんには正式入学後、ポイント200を自治委員の名の下に付与するものとします!」
この学園にはポイントと呼ばれる制度が存在する。
それは、学園主催のトーナメントにおいて増減し、生徒の謂わば第二の成績と言えるものだ。
このポイントが高ければ、当代のギフト・オブ・ギフトを選出するトーナメントにワイルドカード枠で出場もできる。
学生のころからトーナメントに出場するということは、学園のポイントだけではなく、協会のポイントを手にする可能性を秘めており、同年代で一歩先を行く権利を有することを意味する。
「それと、当事者二人は学園長がお呼びだ! 急いで出頭するように! さぁ、解散して下さい!」
そう言い残し、自治委員の集団は去っていく。
片や、学園についたばかりの生徒未満。
片や、昏倒している生徒。
急いで出頭と言っても無理な話である。
事実、自治委員が去った後でもその場を動けず、自治委員の登場で周囲の生徒もいなくなり、途方に暮れる豪の姿があったのは言うまでもない。
豪とソフィは、ソフィのメディカル・チェックが済むまで2時間かかって学園長室に到着することが出来た。
短時間とは言え、脳震盪を起こした生徒を放置する学園の姿勢が批判の対象にならないことを祈るばかりだ。
そんな不安を抱えながら豪は、扉の前に立っていた。
扉を開くと、男性が大仰な机に座っている。
「やぁ、遅かったね」
「すいません。介抱していたので」
男は答えに納得したように、大仰に頷いた。
「そうか、ソフィ君大丈夫だったかい?」
「・・・・・・大丈夫です」
ソフィはウホと頷いた。
「何が原因か分からないけど、今後は仲良く頼むよ? ルームメイトになるんだからね」
「え?」
「え?」
豪とソフィは同時に声を漏らす。
男は二人のリアクションに気がつかないようで、尚も言葉を紡ぐ。
「ファイター志望とはいえ、女の子同士なんだ。あまり性急に考えずに、話し合いも必要だと私は考えるけどね」
女の子同士。
男はそういいはなった。
ソフィの視線を受けて、豪は首を横に振る。
男は、同室者の空気がおかしいことに気がついたようで、改めて豪に視線を向ける。
「あれ? 宇院君? その制服・・・・・・まさか、男なのかい?」
「ええ、そうですけど・・・・・・」
男の先程までの落ち着き払った態度は、今はもうない。
「あ、あ~、不味いな。え? 本当に?」
「はい」
再度豪は首を縦に振った。
「本当に本当? 実は親に騙されてて男として育てられたとか? お湯を被ると女の子に戻る特異体質とか? 家名を守るために男装しているとかさ?」
「いえ・・・・・・正真正銘の男です」
「嘘だぁ~! その姿で男はないはぁ~!」
「はぁ・・・・・・」
豪はため息を漏らすと、おもむろに服に手を掛ける。
「なぁ! 貴様! 何している!!」
ソフィはゴリラ的眼を覆いながら、視線を外す。
「この手の人は、自分の信じたいことしか信じないのさ。だから、俺は物的証拠を提示するようにしている」
そう言う豪の方から、ファスナーを下す音が聞こえる。
「ちょ、嘘を付け! この露出魔!! 何で下を脱ぐ必要がある!」
「おいおい、人を性犯罪者みたいに言うなよ。生物的男女の差の物的証拠と言ったら一つしかないだろ」
「っごくり」
「理事長! あなたも期待していないで、さっさと止めないか!」
「いや! しかし、万が一と言うことも・・・・・・」
「この! 変態どもめ!!!!!!」
この周辺で震度2の地震が発表されたのは、数分後のことだった。
「なるほど、確かに男子のようだね。しかし、参ったな」
「何がですか?」
床に正座している二人が、神妙に話を戻す。
決して、目の前に立つソフィの表情に気圧された訳ではないだろう。多分。
「男子寮、今空きがないのだよ」
「理事長! こんな変態を女子寮に入れるつもりか!」
ソフィの言い分ももっともである。
豪の性癖はともかく、思春期の男女を一つ屋根の下にまとめるのは、完全に管理者が間違いを誘発させようとする悪手である。
外見はともかく、乙女なソフィには耐えがたいことだろう。
「じゃなぁ、豪君が女装を――」
「そう言うことではない!!」
「そっち系の趣味は流石に・・・・・・」
「やっぱり、露出趣味ではないか!!」
「違うって! 俺はノーマルだ!」
話は平行線で、このままでは明日から野宿の可能性の高い豪は、起死回生の一手に出る。
「わかった! じゃぁ、決闘で決めようじゃないか!!」
「何を馬鹿な」
「怖いの?」
「ふ・・・・・・まぐれの一回に酔いしれるとは、愚かな! やってやる!!」
「じゃぁ、理事長権限で敗者は勝者に服従ってことで」
この日ソフィは、人知れずメディカル・チェックを二回受けることになった。
豪も野宿せずに済むことになった。
理事長が部屋に戻ると、女性が待ち構えていた。
「見事な道化ぶりでした」
「そうだろ?」
「ええ、今この時も仮面を被って騙されているかと、疑ってしまいます」
「仮面なんて・・・・・・彼女みたいに立派なものは付けていないさ。道化なんだよ、僕も彼らもね」
「左様ですか」
理事長は、女性の横を通り過ぎ、窓から外を眺める。
「この世界は、すべからく道化が舞い踊る舞台に過ぎない」
女性からは理事長の顔は見えない。
その表情はどのようなものであるかは、誰も知らない。
次回から2日後の投稿になります。
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では、次回投稿で