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28話 休養日 朝

 次戦の対戦相手の偵察を行った翌日、本日は調整日という名目の休養日。

 格闘技の試合において、ダメージの噴出は当日だけのものではない。

 翌日から自覚するダメージも、当然のようにある。そのため試合中のダメージの総量に係わらず試合後は必ずメディカルチェックが入る。

 そして、ダメージの大きい選手は一晩をメディカルルームで過ごさなくてはならない。

 

 早々にメディカルチェクから解放された豪は、次戦の不安から神木の下を訪れていた。

 豪から受け取ったアームズ・デバイスをチェックする神木の姿を、無言で見つめている豪。

 その視線を受けながら、黙々と作業に集中する神木。

 一時間ほど無言の時間が流れる。耐えられなくなったのは神木だ。

「どうした? 何か言いたいことでもあるのかね」

 神木は作業の手を止めず、声を掛ける。

「・・・・・・」

 対する豪は、無言で返す。


 いくら思い悩んでいるからと言って、年上のしかも指導を受けている人に対する態度ではないが、神木もファイターの端くれであるし、勝つことに飢えている頃は自分も同様の態度をとっていたことを思い出す。

 懐かしさが胸中をくすぐるが、さらに30分沈黙が流れると、いかな神木でも耐えられるものではなかった。

「いい加減にしたまえ、何を黙りこくっているんだ?」

「先生、次って誰だか知ってますか?」

「ああ、角力の選手だったな。名前までは知らないが」

「試合見たんです、相手の・・・・・・そのあと昨日は古い文献まで引き出して角力って言うのを勉強していたんです」

「文献? 古い?」


 はて? と神木は思う。豪の言う古いとはいつの頃の話だろうか?

 現在のトーナメントで活躍している角力の選手は所謂3世代目に当たる。

 最初の角力選手から考えると、孫弟子にあたる。

 トーナメントにおける角力は、言ってしまえば新参モノと言って良い。もっとも古い映像でも40年前が最も古いものだろう。

 それを古いというには、いささか違和感を覚える神木だった。


「見たことあります? 凄いんですよ角力って、昨日の試合が嘘みたいにかわいく見えるんです」

「うん、そうか」

 口を開いた豪を止めないように、相槌を打ちながら神木の頭の中には疑問符が大量に浮かぶ。

 教え子の次戦の対戦相手が誰になるか、気にならない訳もなく神木は映像で確認していた。

 映像の中にある相模の姿は、確かに強者の風貌ではあったが、自分の記憶の中にある角力となんら遜色を感じない。むしろ、体捌きなど拙いとさえ思った。

 

 豪の感想にある『可愛いのも』という感想は、ある意味同意見なのだが、何やら神木と豪では意味合いが違うように感じる。

 それを知らない豪は、言葉を続ける。

「大昔になるんですが、映像が残っているんです。張り手から物凄い衝撃波を出したり、空飛んだり、果てはビームまで出すんです。あんな相手にどうやって戦えばいいのか・・・・・・」

 神木はその言葉を聞くと同時に、どこから出したのかハリセンで豪の頭を振り抜いていた。

 乾いたいい音の後、神木は豪に勢いよく捲し立てる。

「何が勉強だね? キミが見たのは完全にジョークビデオじゃないか! コメントについていた国家機密とやらを信じてしまったのかね? 本当に信じていたものがいたとは驚きだが、あれをどうやったら信じることができるんだ? キミの頭の中は脳味噌ではなくって牛脂でもつまっているようだな!」


 肩で息をしながら、呆けている豪を険しい表情で睨んでいる。

「ジョーク・・・・・・ビデオ?」

「ああ、それもかなり古めの」

「じゃあ、衝撃波は?」

「無いに決まっているだろう」

「空は?」

「飛ばないし、ビームもない」

「・・・・・・な、なーんだ。良かったぁ~」


 心配事が一つ解消され、ホッとした表情を見せる豪ではあったが、その表情はすぐに曇っていく。

「・・・・・・けど、あの打たれ強さって言うんですかね、あれは反則ですよ」

 その明確な弱気、恐らく豪だけでなく角力選手と戦うことになるファイター全てが感じることだろう。

 身体の大きさから脂肪と勘違いされるあの体格は、ほとんどが筋肉でできている。

 大きな体を動かすということは、それに応じた筋肉を持っているということを、流石の豪でも理解している。

 そして、筋量が多いということは防御にも優れているということでもある。立ち合いで生じる衝撃は1トンを超えるという、それを吸収して次の行動を取れるのは正に防御にも優れていることの証明でもある。


 先日豪が知りえた、相手を知るという行為はただ知るだけでは意味がない。何しろ人は自分が出来ない人を凄いと思うところから入る。しかし、豪の様に相手に勝つことを目的としている場合、相手の見えずらい弱点を知らなくては意味がない。

 ことを始めた豪にとっては、難しいことだ。不敗のラッキーパンチャーにはまだ時間が掛かるようだ。


「まったく、君はそんなことで悩んでいたのかい?」

「そんなことって!」

「まあ、聞きなさい。君は他のファイターにはない優れた面がある。それが幸運であるし、その幸運によって育てられた心だ」

「心・・・・・・?」

「そう、要するに今更思い悩んでもしょうがないということさ」


 神木は豪に調整の終わったアームズ・デバイスを突き出して言葉を繋げる。

「さぁ、出て行きたまえ。私は寝る」

 神木の言葉は豪に取ったら禅問答のようだ。何故心が優れていたら勝てるのか? 今更とは? 

 意味が分からず締め出しを喰らった豪が、扉の前に佇んでいると顔だけ出した神木が付け加える。


「ああ、それから外にいる女性二人にその顔は見せるなよ? 男としての最低限のエチケットだ」

 それだけ言うと、カギが掛けられる。

「外?」

 更に意味が分からない豪は、神木が言うところのラボの外に出る。

 そこには、確かに二人の女子生徒が立っていた。


 ソフィと栗栖院だ。

 そして少しだけ違うのは、栗栖院の取り巻きが木の影からこちらを恨めしそうに睨んでいることだろうか。

「豪、訓練にでも――」

「宇院さん、気分転換にでも――」

 二人は同時に話し始め、お互いの言葉で言葉を遮られる。

 二人の表情は険しい。険しい顔の美女と険しい顔のゴリラがそこにいた。


 豪が空を見上げると、太陽はまだ登り切ってはいない。

 豪の休養日はまだまだ続く。


この世界では、フィルターが掛かっているものが本物であるということになっています。

決して・・・・・・おっと、誰か来たようですね。

次回投稿は1/24 2:00を予定しております。

では、次回投稿で。

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