27話 超重の徒
史上最強、地上最強、人類の頂点、この言葉に心躍る人はどれほどいるだろうか。
純粋な力の強弱というのは、いつの世にも心惹かれるものである。
特に男、いや漢というのはいつの世も最強に挑戦をしたがる奇妙な性質を持った生き物である。
豪の物語を再開する前に、少しとある流派について語っておこうと思う。
とある非常に保守的な競技に所属していた人物に、無粋な新聞記者はこう質問をした。
「実際、巷で有名になってきているギフト保持者のトーナメントなんですがね? これにそちらの団体が参加しないのは逃げているからじゃないかって声を耳にしましてね。どうなんです? 引退した方が戦ってるのを見ると、あなたが強いと思えないんですわ」
こうした余りにも無礼な発言に対して無言を貫くその競技者の頂点の漢。
古来より、神を宿した位についたと称される漢は、粛々と競技に打ち込む。
どこの世にもこれに便乗する輩は多く、神が逃げたと書き立てる。
その翌年、神の座にいた漢は突然引退を表明、独特の髪形にはさみを入れてトーナメントに参加する。
現役の最高潮の時に引退をしたその漢は、トーナメントでも無類の強さを発揮した。
彼のアームズ・デバイスは他とは一線を画していて、武器の形状をとってはいなかった。
腰に帯びたそのアームズ・デバイスは、自分の身体に神を宿している証明。
一切のギフトへのアンチテーゼとなり、人々に強烈な印象を与えた。
そして、彼は後継たちに道を示すように、とある流派を立ち上げた。
『実戦流角力』
それは、たもとを分かった競技に対する尊崇の念であり、未練であったのかもしれない。
◇ ◇ ◇
豪は次戦の対戦相手の戦いを見ていた。
棒術を巧みに操るファイターが、リング中央に佇むファイターに対して一方的な攻撃を加えている。
しかし、その立ち姿は一向に揺るがない。
まるで、大木を打ちすえているかのようだ。
棒術使いが不意に出した突き技、それを受けながら棒を掴む大木。
先ほどの攻勢が嘘のように狼狽え始める棒術使い、彼の武器は突き出された状態から微動だにしない。
体重を後ろに乗せて、必死に棒を引いていることがはた目からも良く分かる光景だ。
そんな棒術使いをあざ笑うかのように、棒術使いの身体が前方に勢いよく動く。
恐らく必死に踏ん張っていたのだろう。しかし、その足は宙に浮き、一切の抵抗も見られず体が大木の傍まで引き寄せられていた。
そして、両手を小脇に抱えられる。
「っ! ぐ、ぐああああああああ!!!!」
突如、棒術使いの口から悲鳴が上げられる。
軽く抱えているようにも見えるその両手には、どれほどの力が掛かっているのかは定かではない。
しかし、ファイターを目指し必死に棒術を磨いてきた男の心を折るほどの力が掛かっていることは予想に難くない。
もがけどももがけども、その閂は緩まることなく断続的に悲鳴をあげさせている。
もはや、その手に武器を持っていることも叶わなくなり、磨いた棒術を捨ててでも苦痛から逃れたい、表情がそれを物語っていた。
そして、完全に棒術使いの腰が上がるのを確認すると、大木はその巨体からは想像もできない俊敏な動きで身をひるがえす。
小脇に抱えられたファイターを伴って。
そして、自らの動きに一切逆らわず、身体を支えることもせず抱えたファイターを下敷きに地面に倒れ込む。
居反り、そう呼ばれる形になるのだろうか?
だが、この試合の決まり手は何になるのだろうか? 投げによるダメージか? 圧迫によるダメージが強いのか? 判断できるファイターは今や、意識を失っている。
衣類を纏わず、ただ腰帯のみを身にまとい、いかなる相手に対しても無手にて相対する。
元々無差別級の戦いを強いられていた、神を身に宿す偉大な男が始めた新たなる挑戦。
その魂を受け継ぐ者は、厳かにリングを去っていく。
実践流角力。武器となるのはその身一つ。
しかし、その武術を体現するのは容易ではない。
大きく育つ身体。巨体であれ俊敏に動かすことのできる技。そして、いかなる武器でも無手で挑む心。
たもとを分かった現在においても、心技体の精神は受け継がれている。
身長差約50センチ、体重差130キロ。
豪の第4回戦の相手が今決まった。
実践流角力、相模重雄。二課の2年目であり、席次を断った唯一の生徒。
自らの強さは、地位によって証明するものではない。
そう言い放つが、事あるごとに「地上最強」に拘った発言を繰り返す、一風変わった生徒が次の相手に決まった。
通信端末を確認すると、掲示板に豪と相模の比較動画が早くも上げられている。
それを見た掲示板の住人たちは、そのあまりにも違う体格に嘲笑しながらも通算成績が同等なのに驚き、早くも勝利者予想が行われていた。
いつも通りの豪の不利予想。
それ自体は慣れたものだが、その根拠となる動画を見て流石の豪も自分の不利を自覚する。
これまで豪は、相手の顔に攻撃を与えて勝ってきた。
しかし、相模は豪よりも体格のいい打撃に定評のあるファイターとの戦いを経験して、その試合中膝を折ったことが無いという経験を持っている。
そして、先ほどの試合。如何に手数を繰り出したとしても、捕まればそれで差し引き0となる。
いや、捕まった時点で力のない豪は試合終了となるだろう。
防御力と攻撃力、両方を兼ね備えたあの肉体。
豪とは正反対の恵まれた肉体、豪が欲しても手に入らない体格。
そして、そこに驕らない精神を持ち合わせていると噂のニクい奴。
まさに超えるべき壁となるであろう対戦相手の出現に、豪の心は折れるほどグラついていた。
次回投稿は、1/22 2:00を予定しております。
では、次回投稿で。