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26話 戦いの中に見えたもの

 豪の放った矢は、出だしこそ明後日の方向に飛んではいったが、ランダムに変化する重心と矢自体に掛かっていた回転によって那須の予測し得ない方向から襲い掛かった。

 那須が自分の直感を信じ切っていたなら、そこで試合終了だったであろう。

 しかし、豪を観察すると決めた那須の意志が、それを完全に放置することをやめる。

 いや、ある意味危険を察知した直感に従ったというべきなのかもしれない。


 大きく弧を描いて襲い掛かる豪の矢に、初めて那須の足が動く。

 絶影を習得してから滅多に行わなくなった、回避行動を久しぶりに行う。

 アームズ・デバイスでガードしようと咄嗟に手を出してみるが、弓が体に引っかかりバランスを崩す那須。

 それが功を奏して、豪の矢は那須の頬をかすめながら通り抜けていく。

 九死に一生を得た形の那須が、再び豪に目を向けると豪は第二矢を放つ準備を整えていた。

 

 那須は第二の矢を迎撃するために、尻もちをついた状態で矢を放つ。

 あまりに突然の豪の攻勢に、最も信頼する絶影も使用する暇もなく体の命じるまま矢を放っていた。

 だが、那須は確実に時間を稼いだと確信していた。間違いなく豪の攻撃の軌道に自分の矢を置いて行くことが出来た、そう確信していた。

 

(ショタだと思って油断していたよ。このリングがどこであったかを思い出させてもらった)

 那須が豪の外見に幻惑され、忘れていたこと。目の前に立つ少年が昨日誰と戦ったのかを思い出した。

 昨日、圧倒的不利と見られていた第三席の栗栖院を倒して自分の前に立っていたことを、那須はようやく思い出した。

 そして、豪の攻撃を見て何に警戒をするべきかを理解した。


 那須がこれまで見てきた豪の戦績、それはほぼ全てが豪のの放つ矢で勝負を決めていた。

 そして、昨日の試合。第三席は確かに女子のファイターではあったが、蹴り上げる形で投げていた。

 すべて、豪の脚力が成した常識をかけ離れた偉業と言って良い。

 那須は矢よりも豪の脚が脅威なのだと理解し、警戒した。


 那須が放った矢は、豪の第一の矢がリングに跳ね返り軌道を変えて、那須の放った矢を撃ち落としてしまう。

 真っ直ぐに迫る矢に対して、弓を捨て両手で顔を覆う。

 そして、那須は豪の矢をガードしたはずだった。

 那須の目の前から矢が消え失せた。それが那須がこの試合で見た最後の光景となった。


 豪は第二の矢を放った瞬間、これが決着の一撃になると確信した。

 自分のギフトが、確かに自分達の勝利を告げていた。

 矢の軌道に矢が放たれても、那須が弓を捨ててまで顔をガードしても、その確信は揺るがなかった。

 それまでの戦いとは違い、豪にはあるビジョンが見えていた。


 上に弾ける那須の顔を見下ろす自分。

 第二射を放った瞬間に幸運のギフトが見せたであろう、そのビジョンは数瞬後、豪の見た光景とピッタリと重なる。

 第二射は那須の手前で、急激にドロップし地面を反射し那須の顔を捉える。

 予測した軌道から外れた那須のガードは、間に合わずガードの隙間に矢がねじ込まれる。


 那須の顔が跳ね上がる時には、那須の目に力は残っておらず、そのまま後ろに倒れる。

 確かに、那須は豪の攻撃に対して最大限の警戒をしていた。

 自分の武器である弓を投げ捨ててまで、身を守ろうとしたのはその表れだろう。


 しかし、その警戒は遅すぎた。

 もしも、始まる前から警戒をしていたら、豪の矢の軌道に二本の矢を放っていたかもしれない。

 もしくは、豪の第一射に対し迎撃の矢を放っていたかもしれない。いや、迎撃で絶影を使っていたならば展開は変わったのかもしれない。

 だが、那須は豪のその容貌にそれまで調べ上げた情報を捨ててしまった。

 それが、那須の敗因だったのかもしれない。


 決着を見て、会場に深いため息の後歓声が木霊する。

 それを聞きながら、豪は今回のファイトに関してリングを降りながら反省をしていた。

(相手を知る、それは大事なことなんだ。でも、それは自分自身で感じたことが大切で、他人に教えてもらう事じゃないのかもしれない)

 ソフィの好意はとてもうれしく、終わった今でもありがたいことだと思っている。

 しかし、それに甘えていたことを大いに恥じる豪がいた。


 これまでの豪は安易に手に入る勝利に溺れていた。

 ファイターと言う世界を、自分の力で泳いでいた気になっていた。

 しかし、それは溺れた先にたまたまあった勝利だと気が付くことが出来た。

 

 孫子曰く『敵を知り己を知れば百戦危うからず』と、とても有名な言葉があるが、『敵を知り、己を知らなければ一勝一敗し、敵を知らず己を知らなければ必ず危うし』と全文を知っている者はこの時代そう多くはない。

 豪はようやく、敵を知るきっかけを見つけたのかもしれない。

 そして、豪が己をも知ったその時、不敗のラッキーパンチャーが誕生するのかもしれない。


 だが、今は小さな気付きに過ぎない。

 しかし、その気付きに豪は満足げな表情を浮かべ控室に走っていく。

 何も知らない素人だからこそ、知っていく喜びがそこにある。

 その喜びに豪は先ほどのことを一部忘れてしまう。


 那須に放った最後の一撃。それは形は違えど、かつて豪が切望したものが有ったことを。

 確信の一撃。確かにそれを見たことを豪は忘れてしまっていた。

 いや、これまでも幾度か勝利を確信する一撃を確かに放っていたことを、豪は忘れてしまっている。


 豪のギフトである幸運。

 それは、豪が思うより遥な深みが存在するのかもしれない。

 そのことを豪は、未だ気が付いてはいないのだった。

次回投稿は、1/20 2:00を予定しております。

では、次回投稿で。

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