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24話 弓使い二人

「んー! メディカルルームのお陰で、昨日の疲労も感じない。清々しい朝だ」

 豪はメディカルルームのある建物から出てくると、大きく伸びをして朝の空気を肺に入れる。

 夏の朝、湿気は多いが涼しい晴れやかな空気を入れ、昨日の出来事を自分の中から追い出すことに成功する。

 少し歩くと、前から一人の少女の姿が見えた。顔が見える距離になるとそれが誰かが一目瞭然となる。

 昨日、最後に見た時にはゴリラなのにホエザルが如き真っ赤に顔を染めていた少女。

 ソフィが豪の方に歩いてくる。

 

 豪は昨日のことなど全く意に介さないように、明るく声を掛ける。

「ソフィ、おはよう」

「ああ、昨日はすまなかったな」

「ああ、いつものことだしね。もう慣れた、って言うかお陰で絶好調だよ」

「いや、大会中に済まない」


 いつもより神妙な顔つきのソフィを訝し気に見ながら、豪は言う。

「どうしたの? 変なものでも食べた?」

「・・・・・・お前と言う奴は、素直に謝罪を受け入れてくれてもいいだろ」

「? まあ、怪我の功名って言葉もあるし、気にしなくっていいよ」


 ソフィが気にしていたのは、豪が昨晩次の対戦相手について研究できなかったことについてなのだが、豪には全くといっていいほど気にしている様子が無かった。

「お詫びと言っては何だが、これ」

「なに、これ?」

「今日のお前の対戦相手につてまとめたレポートだ」

「へー・・・・・・うん、ありがとう」

 あまりに軽い受け答えに、ソフィはいくらか心配になってしまうが、ソフィにも待っている対戦相手がいる。深く考えずに別れてそれぞれの会場に向かっていく。


 その途中、ソフィはある疑問に突き当たる。

(豪のヤツ、今日の相手を知らないなんてこと・・・・・・ある訳無いな)

 浮かんだ疑問を即座に否定するソフィ。

 しかし、その疑問はまさに答えであることをソフィは知らない。


 豪はあまり対戦相手のことを調べるということに、重きを置いてはいない。

 栗栖院の時でさえ、神木の意味深な発言が無ければ気にしなかったことだ。

 それを知れば、ソフィを含めた他人は慢心だと断罪するだろう。しかし、豪にとっては相手を知った所で自分がすることに何ら変わりはないと考えている。

 基礎の訓練をしたからと言って、豪自身の経験は少なく未だに技と呼べる技術もない。

 なので豪はいつも通り、来たものを避け幸運に任せて牙を振るうだけなのだ。


 きっと、真意を知ったら人々は恐れおののくことだろう。もし、豪に経験と技術が備わってしまったら? もし、それらを使いこなす知恵を手に入れてしまったら?

 ソフィが知らず知らずのうちに、豪にヒントを与えてしまった事に気が付くのはもう少し後になってからの事だ。


◇ ◇ ◇


「へー、次ってこの人なんだ」

 豪は控室でソフィのレポートに目を通していた。

 何気なくそして、何の気なしに。理由はただ暇だったから。

 ソフィのレポートには、ファイトスタイルから使用するアームズ・デバイス、そしてその射程について事細かに記されていた。

(へー、弓か)

 豪にとっては、初めて戦う武器。そして初めての自分と同じ射程を持つ相手だ。

 何も知らずに挑めば、そのことに戸惑うこともあっただろう。

 何より、豪とは連射速度が違う事に対処することに手こずるはずであった。


 ドアがノックされ、順番来たことが告げられる。

「よーし! 行ってみようか」

 豪は相手のスタイルを最後に一読し、控室を後にする。

「あ、あれ試してみようーと!」

 新しいおもちゃを試すような口ぶりで、会場に入っていく豪。その顔はとても眩しい笑顔で彩られていた。


 「さぁー! 本日もこの男の顔は綺麗なままなのかぁ~!? 『童顔(ベビーフェイス)』! 宇院豪選手の入場です」

 勝敗よりもその顔に一体いつ攻撃が当たるのか、そうした賭けにもなっている豪が現れると会場は大きな声が無数に木霊していた。もちろん、その中には豪に対して攻撃的な声も多く混じっている。

 豪は変わらない会場の雰囲気に、緊張することなく相手を待った。


「そしてー! 対する選手はこの人!! 数少ない飛び道具の使い手! 二年一課の『風神』那須宏隆(なすひろかた)ああ!!」

 豪に対して黄色い声の混じる、人気を感じさせる声援を受けるこの人物。

 元来、距離の決まっているリングの上で弓と言う、不利を覆してきたファイターである。

 もちろんプロの中にも弓やスリングと言った、飛び道具を使う物もいる。しかし、長いトーナメントの歴史においてそれが頂点を極めたことは無く、余りに不人気なアームズ・デバイスと認識されている。


 しかし、那須は学生の試合ながら彼ならもしかしたら、そう思わせてくれる使い手である。

 まぁ、いつの世もロマンを追い求める人種はそれなりにいて、その一途さに心打たれる人も一定数いるそれだけなのだが。

 

 今までの対戦相手とは違い、那須は豪を見たまま一切の言葉を話さない。

 無用な挑発も健闘を約束する言葉もかけない。

 その佇まいは求道者を思わせる。観客たちも那須の醸し出す雰囲気に飲まれ歓声が波が引くように静まり返る。

 

 そんな雰囲気の中、豪は笑みを浮かべたまま那須を見ていた。

 そんな豪を見て那須はこれまでの相手とは違うのだと感じ取った。しかし、興味は別にあった。

(あの表情、本当に子供みたいだ。・・・・・・彼みたいのはショタと呼ぶのだろうか?)

 雰囲気からは想像できない那須の思考は少々残念な面が強い。

(噂ではあのゴリ帝と同じ部屋らしいな・・・・・・ゴリショタ、新ジャンルだな)

 そんな残念な思考も那須にとってはいつも通り、那須も会場の雰囲気に飲まれることなく落ち着いているようだ。


 互いに互いを知った状態で、舞い上がったりもしていない二人。

 そして、ともに飛び道具を武器に戦う二人。

 二人はアームズ・デバイスを展開して、思い思いに矢を番え開始のブザーを待つのだった。

次回投稿は1/16 2:00を予定しております。

では、次回投稿で。

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