23話 日常
二試合目が終わると、その日の予定は消化され三戦目は明日取り行われる。
皆が自室に帰って、思い思いに過ごす。
そんな中、ソフィは自室にて驚愕を受けていた。
とある動画を見たことによる衝撃、少し前では考えられない光景がそこにはあった。
動画の内容は豪の記録だ。一試合目と二試合目の映像記録を確認していた。
自分が明確に負けてしまった相手、しかも未だに自分の勝つイメージに至らないファイターの試合映像。
ファイターとして、プロスポーツ選手を目指す彼女たちには、相手の研究は日課に等しい作業だ。
ギフトを駆使して戦うファイターの中でも、特に宇院豪というファイターは異彩を放っている。
ソフィはこれまで、数回にわたり豪の映像を見て豪の異常性を更新していた。
しかし、今回の、特に第二試合のファイトは異常性が非常に高い。
マウントからの攻撃に対する豪の対応、一切の防御を捨てて回避のみに徹したその姿は、多くのファイターにとって理解を超えた行動に映るだろう。
そして、栗栖院と言うファイターを知る者にとっては、ある種の恐怖に映るかもしれない。
栗栖院とソフィ、実はこの2人は過去に一度戦っている。
6席を奪ったソフィが、栗栖院に決闘を申し込んでいた過去がある。
多くの人を魅了するその姿と仮面を被らなくてはならない自分を比較して、嫉妬して、八つ当たりとして申し込んだ決闘であった。
結果はソフィの惨敗だった。機先を取られ、転ばされ、無様にタップしてしまいそれを受け入れてもらった今もソフィの心に深く刻まれた屈辱の一戦。
その自分の超えないといけない壁を、豪はあっさりと乗り越えて行ってしまった。
ソフィにはそう思えた。そして、映像を見ながらどこかでそれもしょうがないと思えてしまう自分が少し嫌いになった。
映像には数分間で百数十発の拳が振り下ろされているにもかかわらず、ただの一撃も豪に触れることなく床を叩く映像が映し出されている。
よくよく考えてみると、一試合目も突き出された戟に対して、余りにも冷静に対応していた。
豪の実情を知るソフィは、恐らく他の誰よりもこの映像に恐怖していることだろう。
何せ、豪はホンの二か月前まで全くの素人であったことを知っている、数少ない一人がソフィだからだ。
(確かに、アイツは現役のファイターである教授に手ほどきを受けた。だけれども、たかが一か月程度でこんなにも変わるのもなのか? 教授の腕のせい? 豪が何か特別なのか?)
ソフィは自分のイメージする豪と映像の中の豪を比べてみる。
(もし、降り注ぐ拳に対して完全に回避だけで対応しようとしたら、余程の腕の差がないと到底できない。もしくは、余程狂っていないとこんなことを思いつかないだろう)
明らかにかけ離れた豪のイメージ。ともに過ごしてきた日々を否定するかのような解離性。
しかし、どこかで見たような表情が確かにこの映像が豪であるとソフィの中で囁いていた。
そう、ソフィは知らない。この第二試合においては厳密に豪は戦いを行っていないことを。
ただただ、対戦相手の胸を観察していたことにソフィは気が付いていない。
しかし、気が付いたところでそんな馬鹿なことを試合中に行っていたという事実を認められるかは別問題だが。
「ただいまぁ~」
疲れた声を出しながら、豪が部屋に入ってくる。
豪は何気ないつもりで入るが、ソフィは未だに慣れない所でもある。
何より、研究相手がいきなり現れたこともソフィを緊張させる。
「あ、ああ、遅かったな」
緊張が伝わらないように、必死に取り繕うソフィ。
「あ? ああ、栗栖院先輩に掴まっててね」
それに気が付かず、会話に入る豪。ソフィは必死に映像を隠す。
「く、栗栖院、さんに?」
(よし、気が付かれていないな)
「なんか、色々聞かれてさ。そのあと変な奴らに追いかけられて、この時間」
「ふふ、そうか。災難だったな」
「本当だよ」
そう言いながら、浴室に向かう豪をソフィは見送る。
胸を撫で下ろして、映像を消そうと再度映像に向き直る。
ふとソフィは、自分の胸に目を落とし、静止画になっている豪の目線の先を想像する。
「そんな馬鹿な」
思い浮かんだ考えを即座に否定し、ソフィは映像を切る。
しかし、日頃の豪を考えると思い浮かんだ考えは完全には否定しきれず、
(もしかしたら・・・・・・いや、まさか・・・・・)
と、自問自答を繰り返す。
ソフィは自分でもアホなことを考えていると理解しながらも、気が付いた真実を必死に否定しようと部屋をうろうろし始めた。
記憶の中の栗栖院の胸、そして日ごろから見ている豪の言動。
やはり、ソフィは認めることが出来ないでいた。
答えはもう出ているというのに。そして、確信はすぐそこに有るというのに。
「ああ~! もう!」
ソフィは悶々とした何かを洗い流すために、浴室に向かう。
そこに誰がいるのかを忘れて。
「まったく! アイツがいつもおかしな行動をとってるのが、一番の原因だ!」
浴室を開けると、そこには入浴を終えた豪の姿があった。
豪とソフィの目が合う。
「あ、アイツって?」
後に何が起きるか理解できてしまった豪は、それでも何とかこの場を切り抜けられないかと、ソフィの言葉を拾い何気ない雰囲気を作ろうと試みる。
「お・・・・・・」
「お?」
「お前だあああ!!!」
赤い顔のゴリラは豪の腹部に深々と拳をねじ込む。
完全な冤罪ではあるが、豪は甘んじてその拳を受けるのだった。
そして、もはや常連となったメディカルルームで試合とそのあとの一連の疲れを癒す豪の姿があった。
次回更新は、1/14の2:00を予定しております。
では、次回更新で。