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22話 変化

 マウントポディションから打ち下ろされる無数の拳。

 さながら、蜂の大群による猛攻を思い起こされる。アームズ・デバイスに覆われた拳は攻撃を受けた箇所を腫らしダメージが蓄積することで、相手の冷静さを奪う。栗栖院が蜂に例えられるのは、は何よりの手数の多さに起因するのもである。

 そして、栗栖院という蜂の毒は拳だけあるのではない。一番強力な毒はそのギフトから発せられる視界の強奪にある。

 自らの身体に魅了させ、視界と動きを抑制し自分の攻撃を受け安くすること。それこそが栗栖院の強さの一番の要因だ、どんなに自己抑制力の強い人間でも常に緊張してはいられない。その緩んだ一瞬に栗栖院の毒は侵入を果たす。

 

 学園第三席、テクニックだけでもギフトだけでも到達することが難しい強者の領域。

 その強者が一方的に、上から攻撃を繰り出しているにもかかわらず、下にいる豪には栗栖院の毒の拳が届いてはいない。

 唯一、ギフトによる毒だけは確実に侵入しているのにも拘らず、他の攻撃は一切受け付けない。

 

 もう5分くらい撃ち続けている拳に、痛みを感じる栗栖院。どんなにリズムを変えても速さを変えても豪を捉えるに至らない。

 焦り、怒り、恐怖。

 豪への感情が幾度変わっただろうか?

 三席への自負、他者を魅了してきた己への自信。それらは、この5分間で幾ばくか剥がれ落ちてきている。

 

 機を見て関節を取ることも考えたが、上からの攻撃に豪は腕でガードをしてこない。なので撃ち続ける選択しか取れなかったが、それもおかしなことだと栗栖院は考える。

 頭上から降ってくる攻撃に対して手で避けようとする行為は、本能に近い行動だ。それを目の前の少年は一切行わない。

 その事実を認識してしまうことで、栗栖院は豪に勘違いを起してしまう。

(彼は自分よりも遥かな高みにいるのではないか?)

 その勘違いはさらなる恐怖と焦りを生み、攻撃を単調な雑な攻撃に変貌させてしまう。


 当の豪はと言えば、目の前に踊っている塊に夢中になり、よりよいロケーションを求めて動いているだけではあったが、そのことを知らない栗栖院にとっては、豪の笑顔も遥かな高みにいる人間の狂気の一面に映るかもしれない。

 当たらない攻撃、拳に感じる痛み、狂気に晒されていると勘違いした恐怖。

 解放されたいと願う弱い心、それらが入り交じり栗栖院は既に冷静さに欠けていた。


 豪は、目の前にあるものに別の興味を抱くようになってきていた。

(あれだけ揺れるものは、どれだけ柔らかいのだろう?)

 栗栖院の拳の雨の間隙を縫って、豪の手が栗栖院の胸に伸びる。

 それを見た栗栖院は、豪の行動に必要以上の警戒をしていたため攻撃を止め、上体を逸らし重心を後ろにずらす。

 腹部に感じていた重みが、足に移動したことで思わず足に力を込めてしまう豪。

 不意に感じた感触の変わる何かに驚いて、腰を上げてしまう栗栖院。

 重みが無くなり力を入れていた足が自由になったことで、豪は栗栖院のでん部を蹴り上げる形になった。

 でん部を蹴られてバランスを崩し、前に置いてある豪の手に体を預けてしまう形になり両手を前に投げ出して、何とか体勢を立て直そうと試みる栗栖院。

 豪は、自分の手に胸が乗っていることの幸運に感謝しつつも、急いで手をどけなくてはいけないと常識的な思考に従う。

 

 結果、豪は巴投げのような形で栗栖院のマウントポディションから脱出し、不意の投げに戸惑った栗栖院は受け身を取り損ねマットに打ち付けられる。


「・・・・・・だ、大逆転の一撃!!!! 宇院選手、栗栖院選手の攻勢に対して一瞬の油断をついての巴投げえええ!!!!」

 一瞬の出来事に対して遅れて発せられた実況に、自分の置かれた状況を思い出しファイトに集中しようとする豪。

 しかし、対戦相手の栗栖院は仰向けに倒れたまま微動だにしない。


「おや? 栗栖院選手・・・・・・動かないぞ!? もしや、もしや!! これで決まってしまうのか!!!?」

 実況の声を聴いてざわつく観客。

 その声が大きくなっても当の栗栖院はピクリともしない。


 まさかと思いながらも、豪はゆっくりと栗栖院に近づいていく。

 栗栖院の近くで腰を下ろし、栗栖院の手を持ち上げ離す。

 だらりと力なく落ちてしまう栗栖院の手を見ると、実況者が声を張り上げる。


「これは! 動かない!! 戦闘不能だああああ!!!! 勝者!!!! 『童顔(ベビーフェイス)』宇院豪!!!!!」

 勝った感覚のない豪に対して、勝利が告げられる。

 余りにあっけない幕切れに騒然としていた観客たちも、遅れて勝者に歓声を上げる。

 ハッピを着込んだ観客の中には、泣き崩れる者もいた。

 周囲を見まわしながら、本当に終わったのかを確認していると栗栖院が目を覚ます。


「宇院さん・・・・・・そう、負けてしまったのですね」

 豪が近くにいる事で自分の状況を正確に認識した栗栖院は、悲し気な表情になり、それでも年長者の、第三席の矜持を全うしようと必死に笑顔を作り豪に声を掛ける。

「おめでとうございます、次も頑張って下さいね」

 そう言い残し、立ち去ろうと栗栖院は立ち上がる。

 

 ダメージが多くは無いとはいえ、直前まで気絶していた栗栖院の足元はおぼつかない。

 ふらつく栗栖院を見かねて豪は駆け寄り、肩を貸す。

「栗栖院先輩、大丈夫ですか?」

「大丈夫、自分の足で帰れます」

 豪の助けを断る事、それは負けたとはいえ栗栖院の第三席としての当たり前の矜持であった。

 強者として、学園のアイドルとして祭り上げられた自分が、相手に恐怖し負けてしまっても捨てることのできないもの。

 周囲の羨望を受け続けた者の小さなプライド。

 それが勝者である豪の助けを受けることを拒否した。


 数歩歩くと、またしても栗栖院のバランスが崩れる。

 必死に立て直そうともがいていると、別のところから力が加わり転倒を回避していた。

「ほら、大丈夫じゃないじゃないですか。あまり無理しないでください、女の子なんですから頼るべき時は頼ってもいいんです」

 豪が栗栖院の身体を支えていた。

 

 豪は第三席の自分を、魅了によって偶像を押し付けられた自分を、ただの女の子として扱ってくれる。

 ファイターとしての自分ではなく、女の子としての自分を支えてくれている。

 栗栖院はこれまで誰にも踏み込まれたことのない領域にまで、豪が入ってきてくれた。そう感じた。

 偶像ではなく等身大の自分を支えてくれる男の子。それに憧れたこともあった、でも自分のギフトを知るとそれも難しいことを分かっていた。

 でも、豪は自分を女の子として扱ってくれている。

 

 正直、男としては豪の顔は可愛すぎるし、背だって自分の理想とは程遠い。歳だって自分より低い。

 男としては魅力は少ない。・・・・・・けど、自分を不必要に持ち上げたりはしない。

 何より、自分より強い。

 と、そこまで考えてふと、自分が豪を男として意識していることに気が付く。

 

「先輩、どうしました?」

 豪の顔を見て、熱を感じる事が可笑しく感じ、少し弾んだ声で豪に答える。

「じゃ、じゃあ肩かしてもらうね」

 気恥ずかしさを感じながらも、ゆっくりと自分の足に力を籠める。

 

 そんな変化が生じているとは知らない豪は、間近で感じる栗栖院の芳香を堪能していた。

次回投稿は、1/12、2:00を予定しております。

では、次回投稿で。

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