21話 揺れ動く
豪の願いむなしく、アームズ・デバイスは一回の調整の時間しか取れなかった。
重苦しい表情で豪は通路を歩く。
一回戦とは違いその足取りも重い。
「はあ~」
豪から漏れるため息に、誰も応えない。
「さぁ~! やってきました、二回戦!! 先ほどは見事なディフェンスワークを見せてくれた『童顔』宇院豪選手!! 今回はどんな戦いをみせてくれるのかああ!! 対するは学園のアイドルファイター! 皆さんご存知の『華麗なる蜂の一撃』栗栖院アリス選手の入場です!!!!」
リングに向かう豪の耳に、地鳴りのような歓声が届く。
よく見ると観客のほとんどが男子生徒で、なぜか揃いのハッピを着こんでいる。
横断幕も掲げられ、テープや紙吹雪か舞っている。
ゲンナリとした豪の目には、紙吹雪やテープの雨の中を颯爽と歩く女子生徒の姿が見える。
時折掛けられる声に、手を振って応える姿はコンサートに登場したアイドルのような錯覚を起こす。
思わず見とれてしまい、先に入場した豪は栗栖院よりも後にリングインした。
「さぁ! 解説のロイド先生! この試合どうみますか!?」
「宇院君は戦績の割に女子生徒との対戦が極端に少ない。それにあの顔、見るからに女になれてない様子だろう? これは栗栖院君が優位だとみていいだろうね」
注目の選手同士がマッチメイクされたことで、実況席には解説が付いたようだ。
(誰あの人? 良く知らないくせに言いたい放題言いやがって・・・・・・まあ、慣れてはいないけどさ)
豪は見たことのない教師に好き勝手言われて少々腹を立てていたが、その言葉は図星を付かれていて言いようのない気恥ずかしさを感じていた。
ソフィの素顔を知り同室で過ごしているとはいえ、普段はゴリラのお面をかぶっているソフィに慣れているため、所謂美少女に慣れていない。
さらに、偶然とはいえソフィを襲い泣かしてしまった豪にとっては、美少女は鬼門と言える。
栗栖院の顔を直視できない豪は、自然にその視線を下げて栗栖院と対峙している。
意識してみている訳ではないが、栗栖院の身体に釘付けになる。
だが、栗栖院のファンにはそうは見えず、豪が栗栖院の身体を舐めまわすように見ているとあらぬ嫌疑をかけられる。
栗栖院はその声を聴いて、僅かに体をよじる。しかし、その行動で豪は気付かなくていいことに気が付いてしまった。
栗栖院のプロポーションは、ソフィよりも豊満であるということに気が付いてしまった。
一度意識してしまうと、そのことに気を取られてしまう。悲しき思春期男子の性と必死に戦っていた。
そのような豪の視線に晒されていても、栗栖院はファイターとして、年長者として優しく声を掛けてくる。
「宇院さん、いいファイトをしましょう」
そう笑顔で声を掛けられると、悲しい男子生徒である豪はこう思ってしまう。
(なんか好きかも・・・・・・いや、待て! そうじゃない!)
悲しい男子生徒はかなりチョロイ。それはどんなに時代が進んでも変わらないある種の真理なのかもしれない。
豪は大げさに挨拶を返し、アームズ・デバイスを展開する。栗栖院も豪に続いてアームズ・デバイスを展開する。そのアームズ・デバイスはオープンフィンガーのグローブの形をしていた。
徒手空拳、それが栗栖院アリスのファイトスタイルだ。
ブザーが鳴ると、栗栖院は華麗なステップから素早いジャブを繰り出す。
豪は数発かわし切れずに、肩や腹を打たれる。その軽そうに見えるジャブは意外に芯にまで響く重さを兼ね揃えていた。
「あーっと! 宇院選手!! 入学以来初めてのダメージを喰らったあああ!!」
「流石は栗栖院君。素早さに定評のある宇院君にあっさり触れてしまった。これは流れは栗栖院君に来ているね」
豪は開始の合図で思わず栗栖院の顔に目をやってしまい、その顔に目を奪われ攻撃を喰らってしまった。
しかし、一撃で現実に引き戻され続く攻撃を、何とかさばき切っていた。
確かに攻撃は喰らったものの、ダメージと言うほどではない。
重く早いパンチではあるが、神木直伝の回避術で何とか対処できている。
連打の終わりを狙い矢を蹴りだすが、栗栖院は華麗にそれを避けて豪との距離を開ける。
またしても豪は栗栖院に釘付けになる、栗栖院の華麗なステップで栗栖院の豊満な胸も華麗に踊っているのを見つけてしまったからだ。
戦いに集中しなくてはという真面目な豪の想いと、その神秘的な光景を見ていたいという煩悩の狭間で豪の精神も揺れていた。
棒立ちの豪を不審に思いながらも、栗栖院は豪に対して軽いジャブのフェイントからタックルを行う。
豪は見事にそのフェイントの根元に目を奪われ、栗栖院にあっさりとテイクダウンされてしまう。
素人同然の豪に寝技の攻防を行う技術は無く、綺麗なマウントを取られてしまう。
腹に感じる体温と重さ。そして接近したことで豪の鼻腔を刺激する栗栖院の芳香。
(ここは天国か?)
豪はあまりの光景に、今自分の置かれている状況を把握できないでいた。
栗栖院は上から豪に向かって拳を打ち下ろす。
振りかぶった瞬間の揺れと振り下ろす揺れを自然に追って、ベストポディションを探し頭を振る。
打ち下ろされた栗栖院の拳が、何度も何度も床を打つ。
「避ける避ける避けるううう!! 圧倒的不利な体勢で、宇院選手避けまくるう!! しかもその顔は笑顔で満たされているようにも見える!! 余裕なのか? 余裕の表れか!?」
「なんて光景だ・・・・・・」
熱を帯びる実況とは裏腹に、観客はその異様な光景を静かに見入っていた。
誰もが分かる豪の不利。栗栖院の勝ちは時間の問題だとみていた観客の声がだんだんと萎んでいく。
豪が目の前で揺れる双丘を目で追う中で見せる満面の笑顔が、その異様さをより引き立たせる。
(なんで? 何で当たらないの? 距離は完全に把握できているのに!)
攻撃している栗栖院はかなり焦りが強くなってきていた。
自分のスタイルで距離の把握が要であることを強く認識している。それでも豪には当たらない。
自らのギフトである『魅了』が発動しているのは、豪の目線を見れば一目瞭然だ。
栗栖院の試合が長いのは、相手を魅了し圧倒的手数で勝ち上がってきたからである。
自分の体をこんなにも長い時間見られ続けているのも、初めての経験だ。
そして、戦いの中で笑顔になっていく豪に、それまで抱いていた不快感ではない何かが沸き起こってくるのを感じていた。
そして豪にも変化が起ころうとしていた。
恐らく、栗栖院が魅了と言うギフトを有していなければ、もしくはファイトスタイルが組打ちを主体としていなければ起きなかったであろう変化が、豪の中で芽吹き始めていた。
豪もそのことには気が付かず、ただただ目の前で揺れる二つの山を愛でるためにベストポディションを探しながら、頭を振っていた。結果打撃を避けていることにも気が付かずに。




