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19話 初戦

 会場に入ると、豪の通信端末から音が漏れ聞こえる。

 少女のような声だが、これまで大きな声を出し続けてきたのだろう。少しだけかすれて聞こえる。

「さぁ~! 次なる試合は・・・・・・な、なんと! 現在70連勝中!! 遅れてきたKОメイカー!!!『触れられない者(アンタッチャブル)』にして『童顔(ベビーフェイス)』! 宇院豪の登場だぁぁぁ!!!!」

(随分と煽りが酷いなぁ~、『触れられない者(アンタッチャブル)』なんて言われたことないけど)

 苦笑いを浮かべながらリングに近づいていく。今までとは違い見える所には観客はいない。

 しかしながら、少しだけ目線を上げると、そこには夥しい人が豪の試合に声援を送っている。


 声は豪に向けられたものもあるようだが、その多くは豪に対する怨嗟も混じっている。

 学園に遅れて入学し、たった3か月で全校生徒が注目する予選に参加している。そのことが面白くないと思う生徒は少なくない。

 娯楽としては面白いものでも、自分よりも実力があるとは考えていない生徒がやや多いようだ。

 豪もそれは承知している。だからこそ控室で一人思い悩んだりもしてみた。

 だが、それに対しても自分なりの答えはもう出た後だ。


 豪は堂々とリングに上がる。

 ブーイングの目立つ登場に相手も便乗する。

「随分と嫌われてるな、お前。・・・・・・知ってるか? 大昔にあった格闘技の興行じゃ、ベビーフェイスって善玉の選手って意味があるらしいぜ? だけど、今のお前はどちらかと言えばヒールだよなぁ?」

 わざわざ、豪の低い身長に目線を合わせるように、のぞき込む男子生徒。

 豪が関係ないと言う風に睨み返すと、今度はおどけて見せる。

「おお、こわーい! 流石の迫力だよな、子供なら間違いなくビビっちゃうよ!!」

 薄ら笑いを浮かべながら、豪の視線を正面から受け止めるこの生徒は、張海文(ちょうかいぶん)

 こうして一定数海外の生徒を受け入れ、海外ファイターとの戦いにも慣れてもらおうという目論見らしいのだが、それが功を奏しているかはファンの間でも賛否が分かれる微妙な問題になっている。


 豪と張、二人が揃うことでブーイングが大きくなり、リングで会話することがだんだんと難しくなっていく。

「あんたも嫌われてるじゃん」

 ブーイングをしているギャラリーを見て、豪は呟く。

「はぁ~? 何か言いましたかぁ~」

 張は大げさなジェスチャーを交えて、何度も豪を挑発する。

 賛否が分かれる理由に、こうして過ぎた挑発をする選手が多くなってきていることが上げられる。

 どこの出身であろうと、戦いは真摯に取り組むべきと考える派閥と、エンターテイメントとしてパフォーマンスはありではないかと言う派閥に分かれる。

 ただ外国選手は、こうしたパフォーマンスも込みで戦いだと考えるファイターも多く、当のファイターを押し退けて議論が続いている。


 ただし、この張という生徒に限って言えば、リング外での戦いも多く学生自治委員から数回勧告を受けていることもあり、好ましい印象を持たれてはいない。

 なので、この観客たちは出来れば二人ともリタイヤしてくれることを願っているようだ。

 誤解の無いように付け加えると、一部の生徒には人気の無い実力者もいるということである。


 豪と張はブーイングの中アームズ・デバイスを展開する。

 豪はいつも通りの二つの玉を足元に落とす。張は長い槍を低く構えている。

 穂先にかぎ状の付属物が付いていることから、(げき)と呼ばれる武器のようだ。

 ただし、豪はそこまで武器に関して知識を持っている訳でもなく、ただリーチの長い武器だと思っている。

 

 開始のブザーが鳴ると、張は槍のしなりを利用しながら攻撃を仕掛ける。

 かなり変則的な軌道の攻撃に、豪は避けるだけで精一杯のようにも見える。

 何より、戟が豪をかすめ横を通った後に、かぎが豪の衣服を絡めとるように動くのには何度かバランスを崩す姿もある。

 だが、追撃を許さない豪の動きに張も決め手が掴めないような印象を受ける。

 観客たちはその素早い攻防に目を奪われ、いつの間にかブーイングも忘れ試合を見入っている。


 一連の攻防で決め手が得られなかった張は、ステップを使い攻撃のリズムに変化をつける。

 攻撃に慣れてきたところでの、この変化は大抵の相手にならここで決定打を与えることができる。

 張はこれまでの経験で自分の勝ちが見えてきたように錯覚する。

 しかし、豪も防御にアームズ・デバイスを使用し始めたことで、張がこれまで経験した決闘のどれとも異なることを思い知る。

 

 豪はアームズ・デバイスを縦に跳弾させることで、自分と張の間に檻のような空間を作る。

 張の戟は柄がしなることで、多彩な動きを見せるが障害物には弱い。

 人を昏倒させる威力を込めて跳弾させている矢が往復すると、張の戟が振るわれる瞬間に柄や穂先をかすめ軌道を変えさせられてしまう。

 いつも思い通りに操っている戟が、一切のコントロールを受け付けなくなっていく。

 焦りが張の攻撃を雑に単調にしていく。そうすると、豪に近い攻撃は少なくなっていく。


 豪は、跳弾している矢の片方をライジング気味に前に蹴りだす。

 防御に手一杯だったはずの豪から不意の一撃が飛んでくる。張は慌てて無様な格好になろうともその攻撃から逃げる。

 例え転んでも避ける。思考は行動に顕著に表れる。

 張とて豪のこれまでの決闘を目にしている、大抵の相手は豪の一撃に沈んでいる事も知っている。

 挑発も一方的な攻勢も豪の攻撃を警戒しての作戦だった。


 それでも豪の突拍子もないタイミングの攻撃は抑えることが出来なかった。

 ならば、どんなに無様でも避けきって二撃目を撃たせないように動くしかないと行動する。

 ただの一撃をそれ程に警戒して作戦を実行する張は、実はこの会場で最も豪の実力を認めていたのかもしれない。

 

 起き上がりながらギフトの水撃を戟の穂先から飛ばし、豪に二撃目を撃たせないように再度作戦を実行し始める。

 しかし、張はこれまで目の前で起きたことを忘れている。豪の矢は跳弾するということを。

 リングのフィールドに跳ね返り自分の攻撃を逸らしていたこと忘れてしまっていた。

 

 張の水弾はことごとくが、豪の目の前で跳弾している檻に阻まれ豪自身に届いていない。

 それを見届けたところで、豪の矢が張の後ろから耳をかすめて豪の下に戻っていく。

 豪が二つ目の矢を蹴りだし、豪に戻ってくる矢と衝突しこれまでよりも激しい跳弾を始める。

 いつの間にか攻守は入れ替わり、張の目の前に豪の矢が迫って来ていた。

 

 人間は咄嗟の状況において、先ずは顔を庇うことが多い。

 張もそれに漏れず、自分の顔に迫る矢から顔を守る。そうすると、二つ目の矢に対する警戒が薄れてしまう。

 張の真横から二つ目の矢が迫り、無警戒の張の左耳を直撃する。

 思わぬ角度からの攻撃で、半規管が揺らされる。平衡を保てない張の顔面に時間差で衝撃が伝わる。

 警戒していた一つ目の矢も見事に張の顔を捉える。


 普通の格闘技では味わうことのないタイミングの衝撃を受け、張の身体はリングに投げ出される。

 その光景をシンとした観客が見下ろしている。


 一拍遅れて、豪の通信端末に実況の声が届く。

「き、決まったぁぁぁ!!!! 宇院選手の攻撃が張選手の顔面を捉えたぁぁ!! さぁ張選手立てるか? 立てるのか??」

 固唾をのみ見守る観客たちの視線が張に集まる。

 豪も矢を足元に置き、張を見下ろす。


「立てない! 張選手立てないぃぃ!!! 勝者!!! 宇院豪ぉぉぉ!!!」

 通信端末から勝者を伝える声が届く。

 見守っていた観客たちが歓声を上げて、豪を祝福する。

 始まる前はブーイングをしていた生徒も、思わず歓声を上げている。


 リングを降りた豪は、来た時と同様にゆっくりと控室までの道を歩くのだった。

 控室に辿り着いた豪は、全身で喜びを表現していた。

 誰に見せるためでなく、自分自身を労う様に。

次回投稿は二日後を予定しています。

では、次回投稿で。

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