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10話 決意

 轟沢との戦いの後、豪が駆け込んだ場所。

それは、自室。自らの寝床のある寮の一室だ。

「助けてよ、ソフィえも~ん!」

若干の悪ふざけを含みながら、豪は扉を勢いよく開ける。

同室者が女子だということを、置き去りにして。


「待て! 入ってくる――」

ソフィの制止よりも早く、豪の入室が完了する。

そして、二人の時が止まる。


 ソフィは、豪と同室になってから滅多に仮面を取らない。

豪の精神が不安定になるからだ。何故不安定になるのか? 

豪は素顔のソフィに対して、罪悪感と歓喜と獣性が同時に発動してしまい心の安静が取れなくなるからだ。

そんな、身の危険も感じつつ同居していれば、自ずと仮面をつけて生活することが日常になってしまう。

いわば、ソフィの本能的な危機回避能力の賜物であった。


 しかし、今この時に限っては、豪と言う異性の存在が無かった為に仮面を外していた。

なぜ外していたのか? 

ソフィも豪と同時間帯に、決闘を受けていた。その相手は水を操る剣術使いで、結果を見れば圧勝ではあったが、衣服へのダメージは絶大であった。


 スカートには大きなスリットが造られ、全身はずぶ濡れ上着もかなり切られており、ブラウスも服としての一部機能が役に立たない状態になっていた。

そこで替えの制服を求めてイレギュラー的に自室に戻ってきたため、豪が戻ってくることを予想してはいなかった。


 仮面を外し、下着を替えこれからいよいよ制服に袖を通そうかという時に豪が入室してきた。

豪の目には、素顔のソフィの均整の取れた生まれたままに近い姿が映っている。

じっくりと、乾きかけの髪からつま先まで目線だけを移動させて、豪は逆再生の様に部屋を後にする。

ソフィは、自分の体に目線を移動し豪に何を見られたのかを確認すると、大急ぎで服を着る。

仮面をつけると、未だに扉の向こうにある気配に声を掛ける。

「入れ」

豪は、今まで聞いた声の中で最も恐ろしい声を聴いた気がした。


 扉を開き直すと、仁王立ちのソフィが見える。

豪は何も言わずにソフィの前に行き、正座する。

薄暗い部屋に外光が入り込み、豪から逆光になっているためソフィの表情は読めない。

ただ、豪にはソフィのシルエットの輪郭が揺らめいて見える。

明らかな怒気をはらんだ佇まいに、豪は

(久しぶりの病床生活か)

そう、覚悟を決める。


「それで? ソフィえもんとはなんだ?」

「あ、そっち?」

「そっちもだ!」

「ですよねー・・・・・・」

怒気の割には、理性的な対応のソフィ。

不可抗力と怒りを飲み込む度量を持ち合わせているのだろうか?

それとも言い訳を聞いた後で鉄拳制裁を加えるつもりなのだろうか?

どちらにしても社会的制裁ではないので、まだ優しい対応と言えるだろう。


 豪は、怯えながらも先ほどの決闘の時に感じた自身の限界について、ポツリポツリと語りだす。

試験とソフィの時には感じることのできなかった、自分の限界について。

「ほう、私よりその轟沢とやらの方が、強いと感じた訳か?」

「そうじゃなくて、相手が動かないと僕の攻撃って読まれやすいから厳しいなって。相性? みたいなものだと思うんだけど」

「なるほどな、それでどうして私に相談を?」

「ソフィしか相談相手がいないというか、僕の能力を知ってるのはソフィだけだし」

「まぁ、そうだな」


 ソフィは、ふと考える。

豪に負けた時、その奇妙な行動にどんな意図があるのかを考えて言い知れぬ不安に襲われた。

こうして豪のギフトについて聞いた後でも、いや、聞いた後だからこそ武術の素人の豪の考えが読めない現状の方が怖いと言える。

だが、豪が自分から誰かの師事を望み武術に足を踏み入れてしまったのなら、その不安も解消されるのでは?

いつか来る、豪との戦いの布石になるのではないだろうか?


 競技者の卵である自分の中の勝負師の一面が、豪への対策に動き出す。

仮面には出ない程度に、ソフィの素顔が歪む。

だけれども、そんな考えの外でもう一つの考えが心を支配する。

目の前の誰よりも脆弱なギフトだけを頼りに、自分を打ち負かしたある意味尊敬できなくもないファイターに、リング外の攻防を仕掛けて良いものか?

それは、自分が豪に負けを認めてしまったことになるのではないだろうか?


 長い葛藤の末、ソフィは豪に問いかける。

「本気か? 今より勝てなくなる可能性もあるぞ?」

「決めたんだ、それにこのままじゃきっと勝てない相手にきっと出会う」

豪は感じていた。

自分の戦いを見て、『面白い』そう感じる愁人と名乗ったあの少年は、きっと今日の戦いを見て何かを掴んだという予感を。


 それだけではない、まだ見ぬ強者は自分のギフトにつて辺りを付けるまで、そう時間はかからないだろうという確信を、豪は感じていた。

ここは、ファイターを育成する学園。一つの武器で渡っていけるほど甘くはない、そんな不安が豪の心に堆積してきていた。

豪は幸運を飼いならしてはいるが、自分が弱者であると認識してる。

それは、自分のコンプレックスによって生まれた、暗さではあるが豪のような体格も筋力も自信がないものにとっては当然持ち合わせている利点でもある。


 危機察知能力。

恵まれない体格で、一人ファイターを夢見た少年の過去が輝いている訳もなく、周囲の悪意に晒され続けて、生き残るために身に付けなくてはならなかったもの。

豪の中に備わった本能が、現状に留まることを許さない。

今、ライバルに弱みを見せてでも行動しないと生き残れないと、豪の中の豪が必死に叫んでいる。


「頼むよ、ソフィ!」

勢いよく顔を上げる豪を見て、ソフィの中の暗い部分が薄れていく。

豪のその目は、確かに戦う者の目であった。

貪欲に勝利を欲する男の目、戦うことに真摯である目だ。

ソフィの心臓が一つ大きく脈打つ。


 初めて豪に感じる男性性。

ソフィは、初めて仮面を被っていることに幸運を感じた。

ゆっくりと目を閉じて、高ぶりを抑える。

顔に集まった熱が、冷えた頃ようやく目を開き

「心当たりを当たってみる。・・・・・・期待はするなよ」

そう、呟いた。


 豪からの返事がない事に疑問を感じて豪の目を確かめる。

確かに前を見てはいるが、その目は先ほどとは違い凛々しさも無く目線も低い。

目線を追うと、自分の今の状況に気が付く。

予備の制服、何故予備としたのか? そのことも思い出した。

スカートのホックが止まりずらいのを思い出した。

急いでいたので、失念していた事実。

そして、またしても見られてしまったことに対する羞恥。

追い打ちで、こんな奴に先ほど紅潮してしまった失態。


 それらを混ぜこぜにした蹴りが、豪の顔面に発散される。

ソフィとの同居にも慣れて久しぶりとなった、病床生活が決まった瞬間である。

次回投稿は二日後を予定しています。

では、次回投稿で。

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