1話 出会い
少年の目の前には、多くの学生が横切っている。
彼らは、少年に奇異の目を向ける。
この場にいることが、不自然であるとその瞳は語っていた。
それもそのはず、少年の身長はまさに子供のそれであったからだ。
顔つきも身長に合わせたかのように、幼い。
常識的考えれば、子供が迷いこんで来たと考えるのが自然だ。
しかし、少年の着ている服は、間違いなく自分達と同じこの学園のものだ。
ここは、ただの学校ではない。
ファイターを育成する教育機関だ。
飛び級? とてつもなくすごい能力の持ち主か?
そんな声も上がるが、次第にあり得ないと気が付く。
肩の徽章が、一課生のものではない。
体術によるトーナメント制覇を目的とする、二課生のものだ。
集まった生徒たちから、嘲笑があがる。
少年は愛想笑いを浮かべ、うつむきながら生徒たちの囲いを抜けていく。
恥ずかしさからか、少年の足取りは早くなっていく。
その姿を見送る生徒たちから、再度笑いが起きる。
少年の足取りは、凡そ格闘技をかじったものの足取りとは言えないようなものだからだ。
少年はうつむき、唇を噛みながら学園の事務所に向かう。
悔しくはないのか? 勿論悔しくないわけがない。
この矮躯が人並みであったなら、何度も空想しては、虚しい想いをさせられてきた。
この顔がせめて女の子に間違われない程度に成長していたら?
今年で15才になる健康的な男子には、耐え難い過去もあった。
けど、ここでなら。
師匠との約束を果たせる男になれば、周囲の目も変わるのではないか?
そんな淡い期待を胸に、この学園に来たのだ。
少年は頭を振って、走り出す。
いやまだ、自分はなにもなしてはいない。
必ずや、想いを果たし一人前の男として、モテてみたい。
師匠と言う男は、少年にこう教えてきた。
ファイターとして最強の称号は、他の何をおいてもモテると。
ギフト社会となったこの世界で、ファイター程稼げる職業は無いと。
どんなお嬢様もイチコロだと。
どんなにハゲ上がったとしても、その称号は衰えることはないのだと。
師匠とのやり取りを思いだし、明るく顔をあげて速度をあげる。
まるで自分の未来には障害がないとでも言うように。
直後、校舎の影から出てきた何者かと接触して、もみ合いながら地面を転がってしまった。
どうやら、彼の前途は多難のようだ。
転んで、地面を掴むはずの少年の手に、なにやら柔らかいものが収まっている。
今までの人生で、触れたことのない柔らかさ。
これはいったい?
少年は、目を凝らしながら手に収まっているものを確認する。
二つの盛り上がった丘のその片方が、今自分の手の中に納まっている。
似て非なる物は、自らの身体にも存在する。
そう、おっぱいだ。
思わず少年が、ニギニギと手を動かしてしまったことを咎める男はいないだろう。
少年はゆっくりと、指と視線を動かしながら自分の下にいる人物を確認する。
自分と似たような制服に身を包んでいる体は、程よく引き締まっており、腰には女性らしいくびれが存在している。
そして、何より自分の手が触れている胸も程よく大きさを確認できる大きさだ。
少年ののどが鳴り、視線は顔に向かう。
紅色の長い髪に隠れているその顔を見て、少年は思わず声を上げそうになる。
「ご、ご・・・・・・」
ほりの深い顔立ち、よく言えば目立つ顔立ちではある。
しかし、端的に言ってしまうと、
(ゴリラ、ゴリラが制服を着ている?)
そう、その人物の顔は見るからに骨太そうな、ゴリラだった。
「イタタ・・・・・・、君大丈夫か?」
ゴリラは少年を気遣う言葉を掛ける。
声は、確かに少女のものだ。
しかし、その外見とのミスマッチにより、少年に少しばかり腹立たしい気持ちが芽生える。
女性との接触、そして初登校でのハプニング。
美少女との遭遇を期待してしまう少年を誰が責められるだろうか?
「けれど、どうしてこんなところに子供が・・・・・・」
その言葉も少年を苛立たせる。
ムスッとしながら立ち上がる少年の服装が、ゴリ、少女の目に入り込む。
「お前・・・・・・ここの生徒・・・・・・なのか?」
「そうですけど」
「・・・・・・ちなみに年は?」
「15」
「同い年・・・・・・」
ゴリ、少女は先ほどの感触を確かめるように、自分の胸に手を当てる。
「貴様、揉んだな」
「いや、はぁ、まぁ」
その恥じらう姿は、まさしく乙女の姿だがゴリラでもあった。
リアクションが取れない少年は、視線を外しながら曖昧な返事を返す。
今度は少女が苛立つ番だ。
「貴様! 乙女の胸を揉んでおいて、その態度はなかろう!!」
「乙女? 乙女ですか?」
「・・・・・・貴様に決闘を申し込む! 名を名乗れ!」
「宇院豪ですけど・・・・・・?」
「よし!」
ゴリ、少女は制服の内ポケットから端末を取りだし、操作を始める。
少年のポケットに入っている端末が、音を立てて震えだす。
この端末は、所謂生徒手帳的な役割があり各種注意事項と通信機能、そしてファイター育成機関に相応しい機能を有している。
それは、生徒同士の諍いを自分たちで納めるための機能。
生徒同士の決闘だ。
もちろん、将来プロフェッショナル・スポーツに身を置くものとして、この機能を無用に使うと罰則はあるが、我の強いファイターの卵たちが言葉で収まるはずもなく長く廃止と存続を議論されている機能である。
豪の端末には、自分の名前と相手の名前
「ソフィ・セバスチアンヌ・アルレット・アルチュセール・・・・・・誰?」
「私に決まってるだろうが!」
「ソフィさん? あなたが? 嘘だぁ」
「貴様・・・・・・骨の一、二本で勘弁してやろうと思ったが、全身粉砕してやる!!」
少女が続いて取りだしたのは、アームズ・デバイス。
ファイターが、試合で使用する武器に当たる。
その形状は多岐にわたり、各々が能力に応じてその形状を選択できる。
ソフィのアームズ・デバイスは、身の丈の有ろうかという戦槌。
「はぁ」
豪は、一息つくと端末の了承ボタンを押して、自らのアームズ・デバイスを取りだす。
豪のアームズ・デバイスは、二つの球体に変化して足元に転がる。
そして、学園に放送が鳴る。
二人の決闘を告げるのもだ。
本来は、被害が広がらないように非難を促す物であったが、今では数少ない娯楽を告げる放送となっている。
二人を囲うように、フィールドが形成される。
一変が5メートル程の二人だけの空間だ。
こういうと色っぽくの聞こえるが、ソフィの顔が見る見る歪んでいくのでそんな雰囲気ではない。
「方式は、相手を昏倒させるまで続けられるデスマッチ形式だ! 降参などできないから死なないように気を付けるんだな!」
ソフィはそう告げると、戦槌を抱え上げて構えを取る。
「アルチュセール流戦槌術、ソフィ・セバスチアンヌ・アルレット・アルチュセールだ」
「新源流蹴弓術、宇院 豪」
「蹴球・・・・・・貴様! ここにサッカーでもしにきたのか!!」
「違いますよ、蹴る弓で蹴弓。ここに転がっているのが僕の矢です」
「ふん! その玉遊びもできないようにしてやろう!」
ソフィは走り出し、二人の決闘が始まった。