3-1.
――四月も半ばに近付いて高校が始まり、たくさんの人達の新生活が始まった。
私はというと、一足早く始まっていた花屋での新生活に心躍らせる毎日だった。
でも、高校が始まったせいで、平日は夕方以降しか働けないのが、つまんないんだよなぁ……
そして、今日も周りが暗くなっても私は閉店作業を手伝っていた。
「ツバサさん、閉店作業は大丈夫ですよ? あまり遅くなっても心配ですし」
「大丈夫ですよ、店長。まだ八時前だし。
コンビニでバイトしてたら、女の子でも十時までですよ?」
この店の閉店時間は夜八時。私的には外を出歩くには全く抵抗がない時間帯だ。
今は警察のアンドロイドが街中に多く配備されてるし、変な奴がいれば叫べばどうにかしてくれるから平気平気。
「そうですか……」
なのに、店長はいつも心配そうに、ちょっと困った顔で私を見る。ホントに他人を気遣える人だな。
私はそんな店長と一緒にいることが楽しかった。仕事のことも、他愛ない世間話も話しているだけで嬉しかった。
もっと一緒にいられたら、もっと楽しいのにな……
そうこう考えているうちに、作業は終わってしまった。
「――はい。閉店作業、全て終わりました。今日もお疲れ様です」
帰り支度を始めようとした私に、店長は笑顔を声をかける。
「あ、ツバサさん。今日は送って行きますよ」
「え! そんな、わざわざいいですよ!」
「いえ、買い物にも行こうかと思っていましたし」
なんだ、ついでか……と内心で落胆しつつ、店長の狙いに私は気付く。
店長はきっと夕食を求めているのだと。そして、多分それは手間のかからない物。
「ああ……、私の家の近くのファミレスに行くんですね」
「え、いえ。コンビニに……」
「もっとダメじゃないですか!
この前のお節介の続きじゃないですけど、店長って料理は作れないんですか?」
「え、ええ。恥ずかしながら」
ははは、と苦笑しながら頬をかいている店長。
「彼女さんとかもいないんですか?」
「は、はい」
やっぱり彼女いないんだ。それは良かった――って素直に喜べないなぁ。
店長ってずっと当たり前に、こんな生活続けてたのね。男の人の一人暮らしなら仕方ないのかもしれないけど……
あ、そうだ。いいことを思い付いた。
「店長、ここからならスーパーが一番近いですよね?」
「ええ。あの公園の少し先にありますよ?」
「じゃあ、そこで材料買ってきましょ。
私が作りますから、夕食!」
「……ええっ!?」
店長は目を皿のようにして驚いてたけど、こうなったらもう問答無用でご馳走してしまおう。
――そして、出来上がった料理を私はテーブルに並べていく。
どうせ野菜は食べてないんだろうなと、緑黄色野菜のサラダに野菜多めの肉じゃがを作ってみた。圧力鍋があれば煮物も簡単で助かるわ。
あとはご飯に、お味噌汁。定番の和食だ。
「さ、できましたよ? 店長」
「あ、あの……ご両親が心配なされてるのでは?」
私が調理中、なんだかずっとソワソワしてた店長。理由はそこにあった様子。
「大丈夫ですよ。今日も――いえ、今日は両親は家にいないんです」
「しかし、未成年のツバサさんに料理を作ってもらうなんて、やはりご両親に無断でというのは……」
「店長ってば真面目すぎますよ。料理作るくらいなんだって言うんですか。私も一緒に食べさせてもらうんだし、心配しなくても大丈夫ですって。
それに、店長が悪いんですよ? 何ですか、あの冷蔵庫。開けてビックリしちゃったじゃないですか」
そう、買い物に行く前に冷蔵庫を見させてもらって、私は驚愕した。
なんと、そこには水やお茶やジュースといった飲み物しか入っていなかった。
「いや……それは……」
やっぱり店長は困った顔で口ごもる。
「もう、店長って真面目そうなのに、なんで自分自身のことには、あまり無関心なんですか……
とにかく、今日は冷めないうちに食べましょう」
「はい。すみません……
では、いただきます」
店長の箸がゆっくりと肉じゃがに向かう。
威勢のいいこと言っておいて、私は今、内心は緊張している。店長の口に合うだろうか、不安……
「……どう、ですか?」
「これは――ツバサさん、お料理上手なんですね」
ニコリと微笑む店長。良かった、褒められたって思っていいんだよね。
「手慣れた様子でしたが、普段から作ってるんですか?」
「はい。時々ですけどね。
普段は家にいるアンドロイドが作ってくれるので」
「え? 毎日作ってくれないのですか?」
店長は驚いた。
それも仕方ない。アンドロイドは設定すれば毎日作ってくれるに決まってる。怠けて作らないことや、時間に間に合わないこともない。
指示や設定通りに、決まった時間に決まったことをする――それができないアンドロイドは不良品だ。
なのに、私がわざわざ自分で作っているのには理由があった。
「いいえ。私が作らないように設定し直して、自分で作ってるんです」
「どうしてそんなことを?」
「アンドロイドの料理は――おいしくないんです……」
私のボヤきに店長は、ますます分からないような顔になった。アンドロイドが料理を失敗するわけがない。おいしいに決まっているから。
でも当然、私がおいしくないと思うのにも理由はある。
「もちろん、腕前もレパートリーも私なんかがアンドロイドに勝てるわけないです。
でも、アンドロイドは失敗しないから。今日はご飯が柔らかすぎたとか、味付けが薄すぎたとか、そんなことは全くなくて、いつも同じ完璧なんです。
でも、それって〈心〉が……こもってないんです。
そんな料理を毎日毎日食べてたら、いくらレパートリーが豊富でも、なんだか同じ物を食べさせられてる感じがして、おいしいとも感じなくなっちゃって……」
「毎日毎日って……、ツバサさんのご両親は、それほど家におられないのですか?」
心配そうな顔してる店長。気を遣わせるつもりはなかったのに。
「ただ忙しいだけですから。
両親の勤務先はアンドロイドメーカーなので、家にはムダにアンドロイドがたくさんいますからね。不便は全くないし、むしろ贅沢な悩みっていうか――単なるワガママですよね」
私は笑う。心にも無いこと平気で言って、取って付けたように笑う……こうすれば、大抵の人はそれ以上心配しない。学校の友達も先生も、皆が皆、そうだったし。
実際、贅沢な悩みで私のワガママなんだから。自分自身にも、そう言い聞かせているし、店長だって……きっとこれで納得する。
「――ツバサさんは〈頑張り屋〉さんですね」
返ってきた言葉に、私は不意に顔をしかめてしまったことを、後から自覚した。
店長は優しく微笑んでいるが、何処か私を見透かしたように冷静な口調で続ける。
「でも、僕はそれが贅沢な悩みだとか、単なるワガママだとか、そういう風には思いませんよ。
ツバサさんが両親が留守にしていて頑張っているなら、そんな言葉で表すのは何か違う気がします」
「頑張ってる……私が……?」
そんな自覚はどこにも無かった。ただ仕方ないからそうしていただけなのに、頑張ってるとは少し違うものだ。
店長はうなずき、言葉を続ける。
「そういう立場にあるから頑張る――ということは、恐らく、これから将来も必要になる力なのかもしれません。
だけど、一番大切なのは自分がどうしたいか……だと思うんですよ」
私は呆然としていた。やっぱり私は店長に見透かされている気がする。いやいや、そんなことはないと思うけど、彼の言葉が痛く胸に響いた。
やっぱり店長は――ユージンさんという人は、不思議な感じ。
「……店長。やっぱり私、これからも時々料理を作りに来てもいいですか?」
気付けば、私はそう口走っていた。店長はオーバーに目を丸める。
「え……。ええぇ!?」
「なんでそんなに驚くんですか。今、私がどうしたいかが大切だって言ったのは店長でしょう?
私はここで花屋の仕事を頑張りたいです。それから、時々は店長の心配だってしたいです。
……それじゃ、ダメですか?」
私の本当のワガママに、店長は慌てふためく。
「ツバサさん、それとこれとは話が――」
「違わないですから気にしないで下さい。
迷惑なら迷惑だって、はっきり言ってもらえばやめますけど、そうじゃないなら是非お願いします」
「迷惑だなんて思ってないですよ。ただ、やはりご両親に心配かけてしまうと思うんですよ」
「大丈夫大丈夫。次から許可得て来ますから!」
……まずい。実はアルバイトの許可も親から許可得てないんだよね。書類のサインはアンドロイドに書かせちゃったし、バレたら大変なことになりそうだけど……ど、どうにかなるっ!
目を逸らしてうろたえる私に気付かずに、店長は少し考えてからうなずいた。
「――分かりました。ご両親が許可されたらお願いしますね」
「はい!」
たぶん、店長は普通の親なら許可しないだろうと思ってそう言ったに違いない。
でも、両親と話をするつもりはないから、嘘をつくようで申し訳ない気持ちもある。だけど、私が小学五年生の頃から両親は家に帰ってくるのは深夜で、今現在も変わっていない。私と顔を合わさない日々が続いても構わず放置気味で、私から話をする余裕もなく、話す気も起きない。
何よりきっと話をしたところで、心配なんかしないに決まってる。
「ツバサさん? 本当にご両親にお話ししてくれますよね?」
「うっ……当然です! やだなぁ、店長。あんまり疑り深いとモテませんよ!」
冗談交じりで誤魔化してみたけど、店長からしてみれば、未成年の私が家に出入りするのは、そんなにマズいことなんだろうか。まあ、最近は世間の目も冷たいけど、やましいことがあるわけでもないし。そこまで警戒する必要もないと思うんだけど。
ご飯を食べながら考え込んでると、ふと店長の視線を感じた。
「あ、店長。モテないって言われて怒りました?」
「いいえ。今日のツバサさんは、いつにも増して楽しそうだなって思いましてね。敵わないな、と」
と、店長は笑っていた。私のお節介を受け入れてくれた……のかな?
「それ、褒められたのかバカにされたのか分かんないです!」
私も笑いながら反論した。言葉とは反面、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
――こうして、私は店長に料理を振る舞うという生活もスタートさせたのだった。
◆◇◆◇◆
――時々店長の家で料理を振る舞いながら、四月末を迎えた。
今日は二十九日、昭和の日。学校も休みでゴールデンウィークが始まる日。とは言っても、花屋じゃ定休日以外の休日は無いけど、何処かにでかける予定もない私には願ったりなことだった。
まあ、友達には「最近付き合い悪いよー」って言われてるけど……まあ、それは仕方ない。
今日は朝から仕事の私は、お客さんもいないので〈水揚げ作業〉の一つ、〈水切り〉の練習をしようとしていた。
「水の中で茎を切るのは簡単なんだけど……」
私はポケットから一本の〈ナイフ〉を取り出した。それは店長から渡されたナイフだった。
直後、私の背後から男性の声が響く。
「――ツバサ? ツバサじゃねぇか?」
「え……?」
振り返ると、私と同年代の丸刈り頭の男子がいた。