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心に、花を。  作者: 長坂 オウ
第二話 明るい希望の明日を
6/25

2-2.

 ――水曜日は毎週一度の定休日。今日はノゾム君と店で待ち合わせて、店長の部屋を借りて折り紙の花束作り。

 ただ、浮かれすぎて待ち合わせの三十分以上前に店に到着してしまった私は、あっさり店長に見付かって一足先に部屋に上げてもらうことになった。



 店舗部分の裏側にある築二十年は経っている建物。ここが店長の家だ。実家なのかな?

 私は中学進学と同時に、この近くに引っ越して来たので、この地区を隅々まで知っている訳じゃないから、いつから経営している花屋か知らなかった。

「――どうぞ」

 と通されたのは居間。テーブルにソファ、テレビなど、最低限の家具しかない綺麗に整頓された部屋だった。男性の一人暮らしは部屋が散らかってるって勝手に思ってたけど、全く的外れだったみたい。

 だけど、綺麗な部屋なのに何か違和感がある。何と言えばいいのかな……、部屋が整頓され過ぎている?

 読みかけの雑誌とか、畳みかけの洗濯物とかもなくて、ゴミ箱にはゴミすら入っていない。そう、まるでモデルルームのように生活感が無いような、そんな違和感……

「ツバサさん? どうかしましたか?」

「……え! いえ、素敵な部屋だなって見とれちゃって」

 話しかけられて、私は思わず誤魔化してしまった。

 店長がものすごく几帳面ってことなんだと、私は勝手に納得して尋ね返す。

「店長は今ここで一人暮らしなんですよね? ご家族は?」

「ここは元々、以前の店のオーナー夫妻の家なんです。

 ですが、一年前に奥さんが他界して、オーナーも足腰を悪くしてしまって老人ホームの方に入られて、この家を放置しておくにもいかず、僕は管理を兼ねてこの家を借りて住まわせてもらってるんですよ。

 僕には両親はいないので、ここで働き始めた頃から一緒に住まわせてもらってたんです……」

 店長は何処か寂しそうに、そう話していた。

 ご両親、もういなかったんだ。余計なこと聞いちゃったな……

「ごめんなさい、なんか不躾ぶしつけに聞いちゃって……」

「いえいえ。では、何か飲み物でも用意しますね」

 と、店長は居間を出て行った。

 ずっと一緒に暮らしてたオーナー夫妻が店長の家族だったのかな。店長が見せた寂しそうな顔が、妙に心に焼き付いてしまった。



 ――そして、待ち合わせの時間通りにノゾム君も店長の家にやって来た。本当に六歳とは思えないほどしっかりした子だな。

「お姉ちゃん、お兄ちゃん。折り紙、たくさん持って来たよ!」

 今日のノゾム君は少し大きめのバッグをかけて、頭には青いキャップ帽を被っている。相変わらず真ん丸な目が今日は輝いて見えた。この前より人見知りは少しやわらいだみたい。

「よーし、じゃあお姉ちゃんが折り方教えてあげるから、頑張って折り紙のブーケ作ろっか?」

「うん!」

 こうしてテーブルを囲んで座る私達。折り紙をテーブルの上に出しながら私は店長に尋ねる。

「あ、店長も一緒に折ります?」

「え? 僕は折り紙をやったこともないんですが……」

 折り紙したことないなんて珍しいな。男の人ならそんな人の方が多いのかな?

 と、思いつつ、私は店長に折り紙を渡した。

「簡単ですから作ってみましょうよ」

「そうですね。じゃあ、ノゾム君と一緒に教えてもらいましょうか」

「まず私が折ってみますね。

 最初に半分に三角に折って――」

 ――と、しばらく経って完成したのは、立体的なユリの花。我ながらカンペキな出来映え!

 心の中で自画自賛している私に、突き刺さる店長とノゾム君の冷たい視線。

「あ、あれ……? 二人共、何か?」

「素晴らしい折り紙の花ですが……、結構難しそうですよ、それ……」

 店長のツッコミに私は頭を抱える。

 ……あああ、しまった。自分が簡単だと思ってても他の人には難しいってオチ。確かに行程も多くて、一個作るのに数分かかる折り紙だから簡単ではなかったのかも。小さい子供からしてみたら、折り紙といえば紙飛行機とかそんなのだよね。男の子なら特に……

 でも、ノゾム君は率先して折り紙を折り始めた。

「お姉ちゃん。ぼく、頑張るから分からなくなったら教えて!」

「ノゾム君……」

 本当にいい子だな、この子。お母さんの為に何だって出来るって顔してる。

「ノゾム君が頑張るのに、僕が泣き言を言う訳にはいきませんね。頑張りましょう」

 店長も一緒になって、私達は折り紙の花を作り出した。



 最初は難しそうに見えた折り紙の花も、何度か自分で作ると慣れてきたのか、ノゾム君も可愛らしいユリの花を完成させていた。

 一方の店長は、というと――

「ちょ、店長。どうしたんですか、それ……」

「え……?」

 驚いて言葉を詰まらせた私に、店長は首をかしげた。

 店長が作り上げたユリの花は、まさに完璧そのもので、正直に言えば私の作ったものより完成度が高かった。

 折り紙というのは、途中で折り方が甘かったり、折り目がズレたりすると、どうしても最終的に形が崩れてしまいがちで、同じ折り方をしても形が変わってしまうことが多い。もちろん、それが折り紙の持ち味なのかもしれないけど。

 でも、店長が作ったものは〈全て同じ形〉で、今から折った順に並べろと言われても見分けがつかないほどだった。

「本当に店長って、折り紙やったことないんですか……?」

「えーと……、こういうの得意みたいですね。僕」

 ははは、と苦笑する店長。やっぱり相当几帳面なのかな。普段のお店での様子からじゃ、特別にそこまで几帳面って印象はなかったんだけど。

「ぼく……、お姉ちゃんやお兄ちゃんみたいに折れないや……」

 と、ノゾム君は沈んだ顔。やっぱり少し難しかったのか、ノゾム君が作り上げたユリの花は、店長のそれと比べたら折り目も不揃いで、形が良いといえるものではなかった。

 私がフォローの言葉に困っていると、店長はノゾム君の頭を優しく撫でてニコリと笑った。

「どうしてかな? 僕にはノゾム君の作ったお花も、とても綺麗に見えますよ?

 本物のお花だって、全部同じ形じゃないでしょう? でも、どの花だって一生懸命に咲いているんだから、僕達はそれを見て綺麗だなって感じるんです。

 折り紙のお花も同じだと思いますよ。ノゾム君が一生懸命に折って作ったんですから」

「思いを込めて折ることが大事なんだよ。千羽鶴だってそうなんだし。

 ノゾム君のお花も、きっとお母さんの病気を治しちゃうよ」

「ぼくのお花……

 ぼく、もっともっと作る! それでお母さんをもっともっと元気にするよ!」

 やる気を増して、ノゾム君は一生懸命折り紙を折り始めた。それを見て私と店長も微笑んだ。



 そして、それからユリだけでなく、チューリップやアヤメ、バラも折り紙で作った。

 そうして出来上がったたくさんの折り紙の花をまとめて、とうとうお見舞いのブーケが完成した。

 実際にお店で使う巻紙やリボンを使わせてもらったので、まるで本物のお花のブーケのように仕上がったそれを見て、ノゾム君は目をキラキラと輝かせている。

「……すごい。できた……」

「お母さん、きっと喜ぶね」

 ノゾム君の様子を見て、私も店長も喜んだ。

「では、少し休憩しましょうか。その後、二人を連れて行きたい所があるんですが、時間は大丈夫ですか?」

 連れて行きたい所って何処だろう――と思いつつ、私もノゾム君もうなずいた。

「それでは飲み物でも持って来ますね」

「私も手伝いますよ、店長。三人分だし」

「大丈夫ですよ。ツバサさんは座っててもらっても……」

「もう遠慮しないで下さいよ~」

 と、私は半ば強引に店長と一緒にキッチンへ向かった。

 妙に困った顔されたけど、もしかして部屋は綺麗だけど、キッチンはグチャグチャとかそういうこと?

 もしそうだったら、それはそれで可愛らしいな、とかクスクス笑いながらキッチンに着いた私は、その瞬間に絶句して立ち尽くした。

 キッチンもまた、まるでモデルルームのような綺麗さ……というか、綺麗過ぎて使用されている感じが全くしない。いくら几帳面だと言っても、水回りまでが新品同様なのは不自然だ。

「店長、これって……。

 店長の家って、昨日リフォームしました?」

 呆然としてトンチンカンな質問をする私に、店長は苦笑する。

「ここは店舗と繋がってますから、リフォームしてたら音が聞こえるでしょう?」

「真面目に答えないで下さい!

 店長、普段から何食べてるんですか?」

 負けじとトンチンカンな返答をする店長に、鋭くツッコミしてから私は尋ねた。

 これは多分、台所を全く使っていない。つまり毎日コンビニ弁当とか、スーパーの惣菜で済ませているに違いない。

 いや、それでも不自然なんだけど……

「いやぁ、えっと……一人暮らしですから……」

 と、笑いながら頬を掻いて誤魔化す店長。

 もしかして、店長は几帳面なんじゃなくて、逆に自分自身にズボラなだけなのでは……と思う私。そもそも、几帳面な人が名前も知らない人にお店を任せたりしないと思うし。

「店長。出来合いの物ばっかりだったら体に悪いですよ?」

「それはそうなんですが……」

 と、店長は困り顔。

 ああ……つい出しゃばったけど、これって店長には余計なお世話なのかもしれない。

「ごめんなさい、なんか私、お節介やいちゃって……」

「いえいえ。僕のこと気にかけてくれてありがとうございます。ツバサさん。

 さて、ノゾム君が待ってるので戻りましょう」

 そう言う店長は、また寂しげな笑顔を浮かべる。


 店長は優しい人だ。嫌味なことは何一つ言わない。それだけ心がひろいのか、それは分からないけど、私はこの時感じた。店長に対する不思議な違和感を……。



 その後、店長と持って来たジュースを飲みつつ、休憩していた私は脱いで置いてあったノゾム君のキャップ帽を手に取った。

「これ、忘れないようにね。あれ――?」

 キャップ帽のつばの裏に〈斎藤希望〉という文字を見付けた私。

「ノゾム君って、もしかして〈希望〉って書いてノゾムって読むの? 素敵な名前だね」

「きぼう……?」

 ノゾム君は首をかしげてしまった。えっと、どう言ったら分かりやすいかな……

「――良いことがありますように、ってお願いする気持ち……かな?」

「病気が良くなれって思うのも、希望?」

「そうだね。このブーケにはそんな希望が込められてるんだよ」

「それに、きっとノゾム君は、ご両親の希望だったのでしょうね。だから、そういう名前を付けてもらったんじゃないですかね」

 店長はそう言ってノゾム君の頭を撫でた。

 きっと店長の言う通りなんだろう。子供は親の希望……。私の親も、そうなのかな……

 自分の親のことを考えてしまって、ぼんやりしていた私の隣で、何故かノゾム君は辛そうに帽子を握りしめていた。

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