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心に、花を。  作者: 長坂 オウ
第一話 誠の恋の始まりを
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1-3.

 ――あれから数日。正式じゃないけど、この店の店員になった私はレジ操作など、基本的な知識を教えてもらっていた。お店のエプロンも着させてもらって見た目は店員さんになれた。まだ研修も始まってないけど、研修の研修として無理に頼んだ結果です。

 そんな中、私はふと呟く。

「店長。それにしても……毎日毎日、お客さん来ないですね」

「うっ……」

 レジ操作を教える店長の手がピタリと止まる。

 今日も開店から一時間程経つけど、お客さんは一人も来ない。

 丸一日かけて一人も来なかった日はなくても、連日そんな感じで、来るお客さんはほとんど常連客ばかり。

「今日も坂下さんは来てましたけど、店長と話をするだけって感じなんですね」

「話し相手にしてくれるだけでも、僕は充分ですけどね。

 お客さんが少ないのは、いつもこんなものですから……」

「やっぱりインターネット通販が主流だからなんですか?」

「そうですね。お墓参りなどでもインターネットで注文すれば、時間に合わせてお墓に花を供えておいてくれるサービスとか、色々便利ですからね」

「便利だけど、それってどうなんだろ……

 親しかった人のお墓なんだし、気持ちを込めて自分の手で供える方がいいと思うんだけどなぁ」

 私は思わず苦笑する。店長も同じ意見なのか、私と一緒になって苦笑いを浮かべていた。

「ところで、このお店は長いんですか?」

「ええ。もう五年近いですね」

「五年……。店長って何歳なんですか? 若そうですけど……」

「三十歳ですが……」

「えっ」

 まさかの三十路。二十代半ばだと思ってたのに、私と一回り以上の歳の差が……。詐欺だ。

「ご、ご結婚は……?」

「いえ。独り身ですよ」

 よしっ! と、心の中でガッツポーズを決める私。

 いやいや、何がよしっなんだろ……と自分にツッコミしていると、店先から聞き覚えがある声が響く。

「ごめんください。あら? お嬢ちゃん」

「あ、ハタさん。いらっしゃいませ!」

 店にやって来たのは、この前出会った常連客の畠さんだった。

 畠さんはエプロン姿の私を見てニコリと笑う。

「お店のエプロンをしてるってことは、お店で働くことになったのね」

「はい! 店長にちょっとワガママ聞いてもらいました。

 私、御崎舞羽ミサキ ツバサです。よろしくお願いします!」

「ツバサちゃんね。こちらこそよろしく。

 良かったじゃないの、店長さん。こんな可愛らしい子に来てもらえて」

「ええ。それはもう助かってますよ」

 店長も笑顔で返事をしてるけど、まだ私は研修の研修中みたいなもの。

「まだ正式に店員じゃないんです。

 でも、明日の誕生日で十六歳になるので、それから今まで以上に頑張ります!」

「あら。それはおめでとう。じゃあ、今年高校一年生? うちの息子と同い年ね。

 あのやんちゃ坊主と同い年とは思えないくらいしっかりしてるわね……。爪のアカを煎じて飲ませたいわ」

 肩を落として頭を抱えている畠さん。息子さんがいたんだ。だけど、どんだけやんちゃ坊主なんだろう。

「ところで、今日は何をお求めですか?」

「今日はこの前の予約の花束を取りに来たのよ」

 畠さんのその言葉を予測していたのか、店長は既に奥へ下がっていた。

「はい。準備出来ていますよ」

 奥から出てきた店長の手には、白いガーベラと白いスイートピー、その周りに霞草カスミソウが束ねられた花束を抱えていた。明らかに白色を基調とした花束だった。

「この前、お彼岸もありましたし、菊は外してしまったのですが、よろしかったですか?」

「ええ、大丈夫よ。

 それから、そこの白いチューリップも頂こうかしら。とても春らしいものね」

「はい。チューリップはツバサさんのオススメなんですよ。では、こちらも包んで来ますので少しお待ち下さい」

 と、店長は笑顔でチューリップを手に取ると、私の時と同様に手際よく巻いていく。

 慣れたその手つきをじっくり観察するように見入る私に、畠さんは耳打ちをする。

「――彼、カッコいいでしょう? いつも笑顔だけど、花を包む時とかに時折見せる真面目で真剣な顔もいいわよね? 見入っちゃうのも無理はないわ」

「え……ええ!?

 私は、ただ私も早く店長みたいに、手際よく花束を作れるようになりたいと思ってただけです!」

 必死に反論してみても、畠さんはクスクスと笑うだけだった。結構イジワルな人だ……

 でも、花束を作るのは見た目ほど簡単なものじゃない。ちょっとだけやらせてもらったけど、丁寧にしようと意識すれば、時間ばかりかかってしまう。逆に、急げば簡単にバラけて見た目が悪くなってしまったり……

 今の私は、持ち帰り用の古紙に巻くのだってアタフタしてる状況で、花束を作れるようになるなんていつになることやら。

 でも、せっかくの綺麗な花を包み方で台無しにしちゃう訳にはいかないから、店長だって真剣にもなるよね。

「……真剣な顔か……」

 最終的に私は、そんな店長の横顔を眺めてしまっていた。



 ――そして、出来上がった白い花束を私の扱うレジで清算した畠さんは、ニコニコしながら手を振って店を後にした。

 私も手を振って見送った後、店長に気になったことを尋ねる。

「畠さん、白いお花が好きなんですか?」

「ええ、それもあるのですが……、これからお墓に参られるんですよ。

 旦那さんが亡くなられて今年で丁度十年のようで、今年は月命日つきめいにちである一日ついたちに毎月お墓参りされてるようなんです」

「それで白いお花を……

 あ、だからこの前の彼岸とか話してたんですね。でも、お墓参りに花束なんですか?」

 お墓参りに行くなら、普通は左右(つい)になるように花を用意するはず。でも、畠さんが持っていったのは一つの花束だけだった。

「今は都市部に住んでいる人は、お寺に墓地や墓石を持っている方は少ないのではないでしょうか。

 畠さんも国営の共同地下霊園に行かれているみたいですし」

 そういえば、墓地が空いてなくて土地代だけも相当するんだっけ。だから、カプセルホテルのように限られたスペースに、大勢(とむら)ってる地下霊園があるって聞いたことがある。

 参拝室で名前を入力すると、位牌(いはい)とお骨が機械に運ばれて出て来るっていうシステムで……

「全館機械制御の地下霊園ですよね……」

「ええ。あそこは豪勢に花を供えられる訳ではありませんので、小さい花束を持って行くんです」

「土地や管理するお寺が、今のこの街に不足してるのは分かるけど、お墓まで機械化しなくても……

 何でもかんでも機械機械って、便利なのは分かるんだけどな」

 私はウンザリして頭を抱えた。たとえ、墓地と墓石を持ってても、さっき話した通り、お花はインターネット通販で頼んで業者に飾ってもらうんでしょうけど……

「それでも良いところはあるかもしれませんよ。

 お墓に供える花は、菊や白色でなければならないという訳ではないですが、あまり派手な色の花や匂いの強い花も向いていませんから。

 それにスイートピーやチューリップのように、毒がある花も避けないといけないようですし」

「えっ、スイートピーとチューリップって毒があるんですか!?」

「ええ。あまり気にする程ではない毒ですけどね。観賞するだけなら何の問題もないですよ。食用のチューリップもあるので、全種類に毒がある訳でもないですし。

 ただ、そういうお墓にそぐわない花を供えていると、周囲のお墓の持ち主に怒られてしまったりすることもあるでしょうね」

 ――驚いた。綺麗な花にはトゲがあるとはいうけど、毒もあるんだ。意外だな……

 ポカーンと口を開けている私に、店長は話を続ける。

「その点、地下霊園は完全個別ですからね。

 お供えのお花は、結局のところツバサさんが言った通り、お参りする人の気持ちが込められた花なら、故人には何でも喜んで頂けると思いますから。

 好きなお花を心置きなく供えられる利点は、地下霊園の方があるかもしれませんよ?」

『物は考え様』――と、店長はそう言ってくれたような気がした。機械を嫌い嫌いと言うだけじゃなくて、違う見方をすれば私の心も少しは軽くなるのかな……

 ニコリと笑っている店長に、極度な機械嫌いの私は今どんな顔をしてるのだろうと、そんな疑問を抱えつつ、「それはそうかも知れませんね」と私は頑張って微笑み返したのだった。



 ◆◇◆◇◆



 ――その日の終わり。帰り支度じたくをしている私の所に店長がやって来た。

「ツバサさん。明日は誕生日ですね。

 店も休みですから、お友達やご家族の皆さんとゆっくり過ごして下さい」

「ありがとうございます。店長」

 ……いや、むしろお店に来たかったんだけど、まさか定休日だなんて、ツイてないなぁ。

 などと、内心では少しガッカリしているのを覚られないように、私は笑顔で答えた。

「これは、あまり大した物ではないのですが……、お誕生日おめでとうございます」

 と、店長が取り出したのは、ピンクのバラの花束だった。

「…………」

 思わず呆然とする私。まさかプレゼントを用意してくれているなんて思ってもなかったから。

「あ、あの……バラの花束なんて、ベタ過ぎましたか?」

「とっ、とんでもないですっ! ビックリしちゃって。ありがとうございます!」

「ツバサさんは桃色が好きなんだろうと思ってこの色にしたんですよ。気に入ってもらえて良かったです」

 と微笑む店長から花束を受け取ると、私の心も華やいでいく。

「本当に、本当にありがとうございます」

 人生で一番嬉しい誕生日だと浮かれて、私はもう一度店長にお礼を言ってお店を後にした。



 ――自分の家の玄関先で立ち止まり、胸に抱いた花束をもう一度見て私は笑顔になっていた。

 この数日だけでも、店長――ユージンさんの人柄がよく分かった。困っている人には花屋の仕事に関係なくても手を差し伸べて、もちろん、お花を買ってくれた全てのお客さんに気持ちよく接していた。

 常連のお客さんだって、ユージンさんのそんな人柄を好いているんだと感じた。

 出来すぎたいい人だ。たった数日で全てを知った気でいる訳じゃないけど、それでも、それが本当にユージンさんの性格なんだろうと思っている。

 優しい人だもん。好かれて当然だよね――と思えば思うほど、もっともっと傍にいたい、彼のことを知りたいという気持ちが募っていく……。

「なんでユージンさん、彼女いないんだろうねぇ……って」

 と、思わず口走ってから、ふと気付く。

 はて? 本当に彼女はいないのか。私は結婚してるかどうかしか尋ねてないし、それがつまり彼女がいないという訳ではないような……?

 あああ……馬鹿だ、私。なんで彼女がいるかどうか訊かなかったんだろ。

 というか、もしいなかったとしても、ユージンさんからしてみたら私なんて子供じゃん。

 いやいや、そもそも何を思い悩んで悶絶してるんだろ。自分の家の前だけど、これじゃ不審者だよ……


 店長(・ ・)は優しくて素敵な人。それでいいじゃない。それだけで……。


 彼に対する思いの果てに、気持ちが高ぶる自分に無理矢理そう言い聞かせながら、私は玄関の扉に手を伸ばす。

「オ帰リナサイマセ。オ嬢様」

 片言の言葉で出迎えたのはアンドロイド。家事専門の家政かせいアンドロイドだ。

「……ただいま」

 私は無愛想にそう答えた。

 私の両親は、父も母も大手アンドロイド会社に勤めてる〈アンドロイド技術者〉。特に〈人工知能〉開発の分野では日本では随一ずいいちで、ちょっとした有名人だった。

 だけど、その分仕事は忙しく、私はアンドロイドだらけのこの家に独り(・ ・)で暮らしいる。

 確かにアンドロイドが掃除や洗濯など、家事全般をしてくれてるし、家の警備も私の世話も徹底してくれている。普通に見知らぬ人間を家政婦として雇うよりは確実で安全だと思う。

 でも、本当にそれでいいと思ってるのかな。お父さんもお母さんも……。結局、中学の卒業式にも来てくれなかったし。そして、多分明日の誕生日も――

「オ嬢様。オ誕生日オメデトウゴザイマス。オ父様、オ母様カラノプレゼントデス」

 と、私に綺麗な包装紙に包まれて、赤いリボンとバースデーカードが付いている箱を差し出すアンドロイド。

「……ハァ。せめて明日渡してよ。どうせ忙しくて設定間違えたんだろうけど……」

 無駄に大きく溜息をついて、私は頭を抱えた。思った通り、明日は帰って来ない様子。

 アンドロイドは機械なだけに設定通りにしか動かない。設定を間違えたとしても「お嬢様の誕生日はその日ではないのでは?」などと問い返すこともしない。

 そんな温かみもないアンドロイドに囲まれて過ごすうちに、私はアンドロイドを嫌いになってしまったんだと思う。街中まちなかのアンドロイド達を見て、無意識に感じる息苦しさも、嫌い嫌いとかたくなになる気持ちも、きっとこれが原因なんだろう。そして、そのやるせない気持ちを押し付けるように、『それは全て両親のせいだ』と思ってしまっている自分がいる。

 反抗期……と思う方が、まだ分かりやすかったけど、それは多分違うのかもしれない。両親やアンドロイドに対する感情は、呆れや諦めに似ていて、冷たく無関心になっていくばかりだった。

「こうやって、いつの間にか平気になっちゃうんだろうな……寂しいことにも無関心になってくのが」

 私の吐いた愚痴グチの意味が理解出来なかったのか、アンドロイドは「モウ一度オ願イシマス」と聞き返してきた。当然それを無視した私は、嫌々、そして渋々アンドロイドからプレゼントを受け取って、そのまま二階の自分の部屋に駆け上がった。



 勉強机の上に両親からのプレゼントとユージンさんからの花束を置くと、プレゼントの方に何とも興味がわかない自分に気付いた。受け取らなければいつまでもアンドロイドに付きまとわれるから受け取っただけで、最初から封を開ける気は無かった。

「……私、今、絶対ブサイクな顔してる。

 ダメだダメだ。こんな顔、店長には見せたくない!」

 パシパシと自分で自分の両頬を二回叩いて、気を引き締める。

 家に独りでいる寂しさも、両親を疎ましく感じることも、そんな自分を後ろめたく思うことも、もう何度もこうやって乗り越えてきた。

 だけど、今年の誕生日は、いつもとは違う気持ちで迎えられそう――そう思いながら、私はもう一度花束を胸に抱いて微笑んだ。花の香りが鼻を撫でると、いつも以上に心が落ち着き、辛くて重い気持ちが何処かへ吹き飛んでいくのが分かった。

 本当に……本当にこんな気持ちは、初めてだったんだ。

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