黒い影
神宮町の一角にある中央公園ここでは子供達がブランコやシーソー等を楽しみながら元気に遊んでいる。
「奥さんご存知?最近夜になると犬や猫達がよく騒いでるの」
「ええ、私も聞いたわよ、家の子供なんて屋根から屋根へ飛び移る黒い影を見たとか言ってるのよ」
「まぁ怖いわねぇ、最近は色々と物騒だから気を付けないと」
日頃の家事と子育てから一瞬開放された、主婦達がそんな話をしつつ眉をひそめていた。
学校が終わった二人は達実の家に行くため、帰宅路を歩く。
「たっくん、信長さんの面倒は見るとしても、結局元の時代に帰す方法はわからないんだよね?」
その言葉を聞き達実は顔を曇らせる。
「うん、地下室を色々探してみたけど石碑以外何も無かった上に、かなり古い蔵だから、父さんも知らなくて、正直手詰まりの状態だよ。後は蔵の中を探して何か手がかりになるような物が、残っていないか位だと思うけど」
達実の表情と言葉を聞いて、千夏も難しそうな表情をする。
「とりあえず、蔵の中を探してみようよ、私も手伝うから」
「明後日ぐらいにお願いすると思う今日と明日は信長との約束があるから」
千夏は不思議そうに達美を見た。
「今日は町の案内をするけど、明日は信長さんと何か約束したの?」
「明日は信長の部屋を用意する事になっていて、その為の清掃をするんだ」
そうだ、部屋の清掃をするんだから、ついでに家の中にもあの蔵の手掛かりが無いか調べてみよう昔の日記でも出てくれば儲け物だ。
「そういう事は、一番最初にするべきでしょ、おかしいと思ったのよ、あんなに部屋があるのに一緒の部屋で寝てるなんて」
千夏は非難するような視線を送りながら達実に注意をする。
その視線と言葉に耐え切れなくなった達実は、千夏に「その通りです」と言い謝っていた。
「達実の奴遅いな、早く帰って来いよ・・・・」
昼食は達実に教わった、やり方でインスタント焼きそばを作りお腹を満たしたものの、それ以降やる事が無く信長は自宅で寝転がっていた。
すでに達実が用意していた、外行きの服に着替え準備万端整っていたのである。
ちなみに信長が食べたインスタントは「星明」が発売した「三平くんの焼きそば」であり、安い、うまい、簡単に作れると、若い男性層を中心に人気の商品である。
「ただいま、今帰ったよ」
ガラガラと玄関が開く音が聞こえ、その後に達実の声が聞こえる。
信長は起き上がり、玄関へと向かい達実と千夏に声をかけた。
「おう、ようやく帰ってきたな達実と千夏さえよければ俺はいつでも行けるぞ」
「千夏は疲れていない?もし大丈夫なら僕は荷物を置いてすぐに出るけど」
「平気だからこのまま出ましょう、町を案内しつつ、ヨーヨー堂に行けばいいんでしょ、私も買いたいものが出来たから丁度いいわ」
たっくんに手伝って上げるって約束したんだからご飯ぐらいは作ってあげないと、母さんには遅くなるって電話しとこう。
「じゃあ行こうか信長は父さんの靴はいてね僕のだとサイズが合わないから」
信長は出された靴を履き二人を連れ立って外に出た。
信長は小さな子供が、初めておもちゃを買って貰った時の様に、目を輝かせていた。
「これが、車かTVで見ていたが実物は違うぞ、おお、あれがバイクだな馬とはやはり違う乗り心地なのだろうな」
「この物体は知っているぞ自販機だな、確かお金を入れれば飲み物が飲めるのだったな、電柱と言うものは硬いな、始めてみた時は、何だこの棒はと思ったぞ」
信長が力を入れて電柱を押す姿を通りかかった、年配の女性が思わず噴き出す。
達実と千夏も町を案内しながらも、時折信長の行動に笑いを浮かべた。
「信長あれがスーパーだよみんなはヨーヨーと言ってるけど」
「なんで、ヨーヨー堂と書いているのにみんなはヨーヨーと呼ぶんだ?」
達実は少し考えた後、おそらくはと前置きをし、
「日本の特に若い人は名前を短縮する事が多いんだよ、多分発音と耳に残りやすい方に重点を置いて変えていると思うけど。正確な事はわからないな」
「ふーん、変わってるな、そのうち相手が何を言ってるのか、わからなくなったりしてな」
思わず「そうだね」と笑ったが、達実の中では心に引っかかるものを感じた。
不思議そうに千夏が立ち止まって僕を見ていた。
「たっくんどうしたの、急に考え込むような顔して何かあった?」
「いや、なんでもない中に入ろう」
店内は相変わらず賑わっており、所々で従業員が慌しく動き回っている。
「すごいぞ達実、室内今まで見た事の無い物がたくさん置いてある、それに室内なのに涼しいな、疲れが吹っ飛ぶぜ」
「たっくん、わたし買い物をしてくるから信長さんも余り羽目を外さないように」
千夏は買い物をするために一旦離れて達実は信長と一緒に店内を歩き回ってた。
「さっき食べたインスタントと呼ばれる物がたくさんあるぞ、凄いなこんなに種類があるのか、この時代の人間は色々と贅沢できているんだな」
信長は、商品を見ながら感想を言いつつ、とある場所で立ち止まる
「おい、達実これは何だ、ここら辺にある商品がよく分からんのだが」
それを見て、達実は信長の事を慌てて引き離そうとする。
「信長、これはなんていうか、余り話せないような物なの、だから早く行こう」
「何だそれは?意味がわからんぞ」
商品を手に取りしげしげと眺めだす信長を、困ったような表情で見ていた達実だった。
「たっくん・・・・なにをしているのかな?」
振り返ると顔は笑顔だが、目が笑っていない千夏が立っていた。
「千夏、えっとこれは、信長がこれは何だって言うから」
「そんな事まで説明しなくていいの、信長さんも早く別の場所に行ってください。」
信長はなぜ怒られているのか良く分からなかったが、千夏の勢いに押され、すごすごと移動する。
達実と千夏が結婚したら絶対、達実が尻にしかれるな、なんというか時折逆らえない、雰囲気を出すんだよな。
信長はそんな事を思いながら声をかける。
「千夏って、意外と怖いよな、なんかお濃を思い出すぜ。」
「信長、結婚してたんだよね、お能さんだっけ、気が強いの?」
達実もまだ、すこし顔が引きつりながら、信長に声を返した。
「ああ、凄い女だ、なんせあいつの親父から俺がつまらない男だったら、胸に締まっている短刀で刺し殺せと言われて、それを了承して嫁いで来たからな。」
「なんというか・・・今まで良く生きてたね」
そんな無茶苦茶な結婚があるのか、戦国時代だから今とは違うとは思うけど、幾らなんでも刺し殺して来いは無いでしょ。
「はっはっ、まぁ女の一人や二人、惚れさせなければ、天下なんか夢見れないぜ」
そう言いつつ笑う信長を見て、達実はこれはどっちもどっちだと呆れた様子で眺めていた。
店内を一通り見て回った、二人は店の入り口で、千夏を待っていた。
空はいつの間にか夕暮れになっており、遠くで鳥の鳴き声が聞こえている。
「ごめんね、待った?どれを買うか迷っちゃって」
「大して待ってないよ、千夏、買い物袋を持つから」
達実は千夏から買い物袋を受け取り、信長と二人で持つ。
「ありがとう、夕食は任せて、酢豚なんてどうかな?」
「夕食作ってくれるんだ、酢豚美味しそうだね、手伝うからできる事は言ってよ」
信長も俺も手伝うぜと言い3人は達実の家に向かって歩き始めた。
自宅に帰り達実は千夏を手伝いつつ、洗濯や掃除を始め、信長は千夏の指示に従い、料理を手伝っていた。
「信長さん豚肉を2cm位に切って、そこにあるお酒と醤油を取って下さい」
「任せろ、酒と醤油と言うのはこれだな、酒も昔と違って味が変わってるな」
手伝いの際に見つけたお酒を一口飲みした信長はそんな感想を呟く。
千夏は慌てて信長からお酒を取り上げて注意をした。
「お酒を飲まないでください、未成年は飲んじゃだめなんです」
「この時代ではそうなのか、しかし俺はあんまり酒は飲まんから安心しろ」
「これからは飲んじゃだめですよ」と念を押し千夏は料理の続きをする。
それからしばらくして酢豚を含めた料理が食卓に並び、「頂きます」の合図と共に 食事が始まった。
「千夏は相変わらず料理上手だね、酢豚凄く美味しいよ」
「おう、これは美味しいな千夏、もし嫁のいく宛が無かったら俺の所に来いよ側室だが、喜んで迎えてやる」
「たっくんありがとう・・・・信長さんは早く元の時代に戻る方法を見つけてから言ってください、それでもお断りしますけど」
千夏はそういいながら空になった信長のご飯茶碗を受け取りご飯を盛って、信長に渡した。
「信長、今の時代は結婚相手は一人だけと決まってるんだよ」
達実は信長の側室という言葉を聞き一夫多妻という制度が現在の日本ではありえないという事を伝える。
「そうだったのか、しかし千夏はいい嫁になるぜ結婚している俺が保障する」
その言葉に千夏はため息を吐いたが、少し嬉しそうな雰囲気を出す。
「はいはい、ありがとうございます、信長さんも奥さんを大切にしてくださいね。」
3人は楽しく会話をしつつ、夕食を続けていた。
「じゃあ、明日も迎えに来るから、今日みたいな事になってないでよ」
料理を片付けた後、千夏はそう言い達実の家から帰ろうする。
それを見て達実は「送って行こう」と声をかけたが、
千夏は笑顔で「家も近いし、大丈夫だから」と言って達実の家から出る。
千夏が帰った後、達実と信長はこれからの事について話し合っていた。
「信長の部屋を用意するついでに家を色々探してみて地下室についての手掛かりがないか探してみるよ、後は直接蔵を調べてみるつもり、地下室の事が書かれた書物でも見つかればいいんだけど」
「そうか、俺も何時までもこのままで良いとは考えていないからな、家臣や領地の事は気にはなる」
「ごめん僕のせいで信長を巻き込んでしまって」
達実はそういい顔を曇らせる、それを見た信長は達実の肩を叩いた。
「気にするな、俺はこの時代に来れて良かったと思ってる」
達実はその言葉で心が軽くなったが、どうすれば信長を帰す事ができるのか、会話をしつつも、思考を続けていた。