真実、そして最後の
全て話された真実。そして透の知らなかった過去が、明らかになった。
最初は静寂に包まれていたものの、透の悲痛な声が響き渡った。
「な、んで……なんだよ……? 何で、どうして……何で、そんなことしたんだよ!?」
「透……!」
今にも泣きそうな顔でそう叫ぶ透を見て、その代わりのように実乃里が小さな嗚咽と共に涙を流した。
普段の透ならここで実乃里を泣き止ませるだろう。しかし、今の透にそんな余裕などなかった。
そんな透を見て、悠人は気まずそうに目を逸らしながら口を開いた。
「すまない、理由はわからないんだ……。多分、俺達と会っていない数年間に原因はあるはずなんだが……」
「ただ、情報は共通しているの。どうやら2人は、口癖のように『透のため』と言っていたらしいわ」
「俺の、ため……? そんな、まさか……!」
透はそう言うと、突然震えだして頭を抱えながらその場にうずくまった。
その行動に首を傾げると、透はガタガタ震えながら再び呟くように言葉を紡いだ。
「もしかして……俺も将来、そんな風になっちゃうのかよ……? い、やだ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!」
「透君、あなたは絶対にそうならないわ! だから落ち着いてちょうだい!」
「確かに辛いかもしれない、だけど、君がそんな風になってどうする!?」
「嫌だ嫌だ嫌だっ! 何でなんだよ!? どうして俺が、いいや、俺と煉馬なんだよ!? 俺達が何かしたのかよ!?」
「くっ、透……っ! 落ち着けって!」
透の『俺と煉馬』という言葉を聞いた煉馬も、思わず泣きかけてしまった。
しかし今は透を落ち着かせることが大切だと思った煉馬は、涙を必死に堪えながら透の肩を掴んだ。
それを無理矢理振りほどいた透は、遂に堪えられなくなった涙を流した。
「嫌だっ、そんな風になんかなりたくないっ! だって、だって……まだ病気だって治ってないっ!」
「っ、え……?」
「坊っちゃん! ここでその話は……!」
そう叫んで部屋を飛び出した透を追いかけるために敬子も部屋を飛び出した。
2人が去っていった重苦しい部屋にいる全員は、透の言葉の中にあった単語を気にしていた。
『病気』
実乃里達は真相を確かめるために、煉馬と真愛と悠人に視線を向けた。
しかしそのことは3人ですら知らなかったらしく、お互いに顔を見合わせながら困惑していた。
(透……何を、隠してるの……? どうして、私に何も言ってくれないの……?)
そう不安に思った実乃里は、逢歌の制止を聞かずに部屋を飛び出した。
(どこにいるの……透……!)
実乃里は、このばかでかい屋敷の中の1つ1つ部屋を調べては走る、それをずっと続けていた。
走りすぎて足も限界で、汗もポタポタとかいていた。しかしそれでも、休むことはしなかった。
怖かったのだ。たった一瞬でも走ることを止めてしまえば、透に会えなくなるんじゃないかと。
「うあ……透……!」
嗚咽まじりにそう呟くと一緒に涙腺も緩み、思わず涙を流しかけてしまった。
それを必死に堪えながら走り続けていると、ある部屋から声が聞こえてきた。
『坊っちゃ…………ちは……ります…………それ……駄目で……』
『あ……わかって……る…………も、そ……も!』
(え……な、に? それに、この声は……透と敬子さん!?)
それがわかった瞬間、実乃里はその部屋に近づいてそっと盗聴した。
『ですが坊っちゃん、誰にも言っていないのでしょう?』
『言えるわけ、ない……! あんなこと、言えない……!』
透の悲痛な声と、敬子の厳しい声。その2つが聞こえて実乃里は困惑した。
(『誰にも言っていない』? 『言えるわけない』? 何か……隠してるの?)
実乃里はそこまで考え、先程の言葉を思い出した。
『口癖のように『透のため』と言っていたらしいわ』
(もしかして……そのことについてなの?)
さらに困惑した実乃里は、思わず拳を握ってしまった。
しかしそんなことなど知らない2人は、さらにどんどん話を進めていく。
『確かにこのようなこと、簡単には言えないと思います……。でも、それでも、勇気を出して言わなきゃ駄目ですよ!』
『だから、わかってるんだって! でも、どんなに繕っても俺は弱い……。昔みたいに、あの時から、ずっと……!』
『坊っちゃんは弱くなんてありません! それに、いくら強くても、このようなことは誰だろうと言いずらいですよ!』
「……っ!」
実乃里は思わず入り込みたくなったが、それを慌てて抑え込む。
だけど実乃里には、それ以上に嫌な予感がした。それは部屋を飛び出す前から感じていた。
(もしかして、透の言っていた『病気』っていうのは……!)
認めたくない。でも、認めざるを得なかった。
風邪とかのようにすぐ治るものなら、普通に皆に伝えるだろう。透の性格なら尚更だ。
(でも、もし、すぐに治らない病気なら……!)
そう思った直後、敬子の悲痛な叫び声が聞こえてきた。
『じゃあ、外国へ行かず、言われた通りに余命2ヶ月で死ぬつもりですか!?』
――――――え?
気がつけば、実乃里は大きな音をたてて部屋に入っていた。
そんな涙を堪えずに流す実乃里を見て、透と敬子は頭が混乱する。
――――……いつから聞いていた?
聞いていたと、そう、確信できた。確信できて、しまったのだ。
とりあえず何か言おうと透が立ち上がったが、その前に実乃里の声が部屋に響く。
「ど、して……黙ってたの……? そんな、大事なこと……」
「そ、れは……その、悪かった……」
「どうして!? 私って恋人だよね!? 霧谷君は大切な親友で、逢歌達は大切な友達だよね!? それなのに、どうして黙ってたの!?」
「……っ!」
実乃里の何気ない、だけど意味深長な『恋人』や『親友』や『友達』という言葉は、今の透の心には、とても深く突き刺さった。
そして実乃里は嘲笑すると、小さく呟いた。
「そんなに私達、信用なかった……?」
「違うっ! 言えなかったのは、俺が! ただ、臆病なだけ、だったんだ……!」
透はそう反論すると、俯いてその場に立ちすくんだ。
透はただ、ずっと一緒にいたかったのだ。家族と呼べる存在がいなかった透は、心地好いこの場所から一瞬でも離れたくなかったのだ。
(でも、その思いが今、実乃里を……大切な人を、傷つけてるんだ)
そう思ったと同時に、透は無意識に拳を握っていた。
しかしそれに気づかない実乃里は、踵を返して扉に手をかけた。
「――――ごめんね」
実乃里はそう言うと、勢いよく扉を開けて、部屋を飛び出した。
「っ、実乃里!」
「待ってください、坊っちゃん!」
そんな実乃里を見て、透は敬子の制止を聞かずに実乃里の追いかけて部屋を飛び出した。
敬子は一緒に追いかけようか悩んだが、その前に皆に連絡しようと廊下を駆けた。
*
「実乃里、頼むから止まってくれ!」
後ろから、そんな透の声が聞こえてくる。だけど私は、止まろうとせずに、ただただ走り続ける。
(駄目、このままじゃ、透に追いつかれちゃう……! 透に、酷いことを言っちゃう……!)
わかってた。透が私達と一緒にいたかったこと。絶対に離れたくなかったこと。
でも、それでも、教えてほしかった。そんな欲が、今の私には積もってしまっている。
今の私が透と対峙すれば、また酷いことを言ってしまう。そんなの、絶対に嫌だった。
だから、ただ走り続けていた。ゴールも目的地もどこにもない、それでも。
「っ、あ……!?」
しかしどうやら私の足は限界へと達してしまい、そのまま重力に任せるように道路へ飛び出してしまう。
車の音が、どんどん近づいている。見ると、目の前にはトラックが迫っていた。
(あーあ、私、死んじゃうのかな……?)
冷静に、だけど透に謝れなかったことを後悔しながら、私はゆっくりと目を瞑った。
キキィー……ドンッ
「え……?」
痛みがない。あるとしたら、さっき転んだ時の膝の痛み程度。
すると後ろから、たくさんの人の声が聞こえてきた。
『きゃあああああああああっ!?』
『おい、大丈夫か!?』
『男の子がひかれたぞ!?』
――――男の子?
嫌な予感がして、私は慌てて振り返った。
その先にある、赤の中にいたのは――――。
「※※※※だね」
私の頬に、一筋の涙が流れた。




