正反対な彼らの話
これは、3人が仲良くし始めてから、ほんの少しだけ経った日の話――――。
*
放課後、誰もいないはずの教室に、2つの人影があった。
その人影の正体――霧谷煉馬と不動院燐は、先生の頼まれ事を実行中であろう透のことを待っていた。
「な、なぁ……不動院君、何読んでるんだ?」
「……『ロミオとジュリエット』」
「へ、へー……」
それだけで、会話は終了してしまい、再び空気が静寂に包まれてしまった。
そんな空気に煉馬は顔をひきつらせ、燐は気にせず本を黙々と読んでいた。
(うっわー何この空気すっげーいづらい。そっかいつもは透が俺達の間を取り持ってくれてたから会話がスムーズだったんだ。え、てかそれだとこの状況まずくね? 透が来るまでずっと静かじゃねここ?)
煉馬が心の中でそう思っていると、不意に燐がパタンと本を静かに閉じた。
それを怪訝に思っていると、燐は真っ直ぐに煉馬を見て呟くように言った。
「……俺の前でも誤魔化すんだな」
「っ、へ? な、にがだよ?」
燐の言葉に、煉馬は思わずおかしな声を出してしまった。
それと同時に煉馬は言葉を詰まらせ、肯定するかのように聞き返した。
しかしそんな煉馬を気にしていないのか、燐は相変わらず煉馬を真っ直ぐに見ながら言った。
「……小鳥遊はお前のその姿しか知らないから仕方ないかもしれない。でも俺は、小鳥遊がいない時にお前の性格が正反対になっているのをたまたま見た」
「っ…!?」
「……本当は、今のお前じゃなくて、正反対のお前の方が本当の性格なんだろ? だから俺の前でまで性格を繕わなくても大丈夫だ」
「…………」
燐の言葉を聞いた煉馬は無言で顔を俯かせ、後ろにあった机に膝を組みながら座った。
この時の煉馬の表情はさっきの明るさと温厚さが全くなく、まさに正反対のように冷徹な顔になった。
「ふーん、見られてたんだー……あっそ。なんだ、不動院って意外と覗き見が好きなんだな。うっわ変態なんだー裁判だー」
「……さっき『たまたま』と言ったはずだが? 人の話を聞かないところは変わらないんだな」
「ぁん? 別に聞いても聞かなくてもどっちでもいー話だろ? つーか、お前が見たのっていつだ? 基本透がいなくても出さねーようにしてたはずなんだけどなー」
「……お前が告白されていた時だ」
「はぁ? 俺告白されたことなんてねー……あぁ、なるほどなぁ」
そこまで言って煉馬はニヤニヤ笑うと、グイッと燐とぶつかりそうなくらい顔を近づけて言った。
「それは告白されてたんじゃなくて、頼まれてたんだよ。『小鳥遊君にこの手紙を渡してください』って。バカだよなー、俺に手紙を渡したら破るの1択なのによー」
「……もしかしてお前、その子の手紙を破いたのか?」
「とーぜん。そしたら泣きながら『どうしてこんなことするの!? 私の知ってる霧谷君はそんなことしないのにっ!』って言ったんだぜ? ありゃもー繕いきれねーよ」
そう言いながらその時のことを思い出したのか、煉馬は腹を抱えて笑いだした。
それを見ていた燐は煉馬に近づいて目線を合わせ――煉馬の頬を思いきり叩いた。
煉馬は一瞬何が起こったのかわからずに数回瞬きをしたが、直後立ち上がって燐の胸ぐらを掴んだ。
「テメェ……何しやがんだ!」
「……いくらその性格とはいえ、やっていいことと駄目なことがある。お前がその子にやったのは、駄目なことだ」
「いーだろーが別によぉ! なんでテメェにんなこと言われなきゃなんねーんだよ!」
「……じゃあ聞くが、お前は全く同じことを小鳥遊にできるのか?」
「っ! それ、は……」
煉馬はそう言って俯くと、絞り出したような声で呟いた。
「無理に、決まってんだろ……? 俺はもう、透を『研究対象』で見ることができねーんだよ……。たとえ世界中の人間に好かれたとしても、透に好かれてなきゃ意味ねーんだよ……」
「…………」
そんな煉馬を見て、燐が話しかけようと口を開いた……その時だった。
勢いよくガラリと教室の扉が開いたと思うと、透が息を切らして入ってきた。
それに気づいた煉馬は燐から手を離し、笑顔で透に近寄った。
「わ、るい………遅く、なった……!」
「いーっていーって、気にすんな! つーか息整えよーぜ、なっ!」
「あ、ああ……すまない……。不動院も、待たせて悪かったな」
「……急ぎの用があるわけでもないから大丈夫だ」
「よーっし、そんじゃーとっとと帰ろーぜ! んで帰りにコンビニよってアイス買おーぜ!」
「なんでアイス……? でも、今回は遅れた俺に非があるからな……よし、高くなければ俺に奢らせてくれ」
「……気にしなくてもいいのに」
そう話しながら透は鞄を手に取ると、「行くぞ」と言って歩き出した。
それを後ろで見ていた煉馬と燐は返事をしながらお互いを横目で見た。
するとちょうど目が合ってしまい、2人は思わず目を逸らした。
そして鞄を持って透を追いかけながら、2人は似たようなことを思っていた。
(不動院の、何でも見透かしてるような目が――)
(霧谷の、小鳥遊以外をゴミのように見ている目が――)
((ちょっと、苦手かもしれない))
赤く染まる夕日が、3人が歩く廊下を照らしていた。




