2人のスタートライン
今回は燐と小雪の出会い話ですっ!
皆の砂糖が足りなくなるといいなぁ……。←
――――第一印象は、『何でもできる憎いやつ』だった。
親の力を一切借りていないくせにいつもテストの点数がよくて、それを呼吸などのように当たり前だと思っている、憎いやつ。
いつからだろうか。そんな認識が、180度変わってしまったのは――――。
*
「彼が小雪の婚約者よ!」
「………え? 婚約者? 彼が? ええええええええええっ!?」
「……どうも」
そう言って目の前にいる彼――不動院燐は、ペコリと小さくお辞儀をした。
彼は私と同じ中学で、そして誰もが知るくらいの有名人だった。
不動院財閥の御曹司であるくせに、親の力を全く借りない。そのくせ何でもできるために先生からの評価はとても高い。
そのため女子からは惚れる対象であり、男子からは妬まれる対象。
そんな彼が、よりにもよって私の婚約者? 冗談じゃない。
「お母様、すみませんがこのお話はなしにしてもらえないでしょうか?」
「あらあら、それは駄目よ〜? このお話があなた達に知らせられた時点で断ることはできないようになっているのだから〜」
「えっ!?」
なんという理不尽さだ。知らせられた時点で断ることができないだなんて。
その後私はしばらく説得を試みたがその甲斐空しく、結局は学校中に知らされることになってしまった。
「はぁ……」
私は池の畔で小さくため息をついた。
婚約者の相手がまさかの不動院燐だと皆に知らされてると思うと、明日の学校では女子に妬まれるだろう。
最悪いじめられるかも……と考えると、どうしても鬱な気分になってしまう。
そう思っていると、パタパタと小さく足音が響いた。
その方向を見てみると、さっきまで着ていた着物を脱いで私服に着替えている不動院燐がいた。
「………何か用かしら?」
「……しいて言うなら謝りたかった、だな。今回の話、断りきれなくてすまなかった」
「え……? どう、して?」
私はとても驚いてしまった。彼が、今回の話を断ろうとしていたなんて。
もしかして私とじゃ嫌なのかと……そう思った。でも、本当は違った。
「……霞は今回の話、あまり乗り気じゃないように見えたから」
「あ……」
そこまで言われて、彼は私のことを思って断ろうとしてくれたことに気づいた。
そんな彼が、女の子みたいな顔でもやっぱり男の子なんだとわかって……。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど、彼と結婚したいなと思ってしまった私がいたんだ。
*
よそうした通り、私は女子からのいじめをうけた。
とはいっても無視されたりとか『婚約を取り消せ』など書かれた手紙が送られるという、痛くも痒くもない子供じみたものだった。
また、不動院燐曰く男子の方は、事情を話したら「まぁ、なんとなく予想はできたな」と、彼を妬んでいたわりにはあっさりとした一言で終わったらしい。
なので今どうにかしなければならないのは私に対するいじめ問題らしく、私はどうしようかと悩んでいた。
すると彼が私のところへ来て「……されたことを言ってみろ。今回だけでも、俺に頼ってくれ」と伝えて去っていった。
その言葉を聞いて、私はどうしようもなく、彼のことが大好きになってしまった。
このまま彼と結婚するのも悪くないなと、心からそう思った。
しかしそんな日が終わってしまったのは、彼が私のところへ来てしまった時のことだった。
「……霞はいるか?」
「えっ……不動院燐!?」
ガララという扉が開く音と共に現れたのは紛れもない彼で、私は思わず叫んでしまった。
そんな彼はざわめく教室内や私の叫び声なども気にせず真っ直ぐに私のところへ来て、1枚の黒い手紙を見せた。
それを見た私は「え……」と声を漏らし、ゆっくりと手紙の封を開いた。
その中の紙に書かれていたのは『あんなに手紙を送っても婚約を破棄しないの?』と『さっさと死ねばいいのに』と間違いなく私宛のもので、私は顔を思いきり上げた。
するとそこには無表情で、だけど目が怒りに満ちている彼がいた。
「……これはどういうことだ? されていたのは無視だけじゃなかったのか?」
「え、あ、これは、その………こっ、今回が初めてなの! 手紙が送られたのは!」
「……文中に『あんなに手紙を送っても婚約を破棄しないの?』と書かれているにもかかわらず、か?」
「う、あの……」
こんなことになるなら最初から手紙のことも話していればよかったと後悔した。
あんなに私に優しくしてくれたのに……。彼に甘えることができる、唯一の時間だったのに……。
そんな私の気持ちに気づかない彼は、ため息をついて教室から出ていこうとした。
それを見て私が声をかけると、顔だけ振り向いて言い放った。
「……婚約の話は俺がなんとかして破棄してもらうように頼む。そんなに嫌がっているのに気づけなくて、悪かった」
ピシャリと、容赦なくしめられた扉。それをただ、私は見ていることしかできなかった。
それを聞いていた女子達が次々と近寄ってきて「ごめんね」とか「これからは仲良くしようね」とか言ってくるけど、私の心は、泣けないくらいに悲しさに飲み込まれていた――――。
*
ある日の放課後、私はため息をつきながら校門の外へと歩いていた。
(結局……あの日からずっと彼に会えてないや……)
あれからしばらくしたが、両親から婚約の破棄の話を聞いていない。ということは、彼はまだ説得に成功していないのだろう。
婚約が破棄されていない今の内に、私は伝えたかった。この気持ちを、本当の心を。
そう思いながら校舎を見るように空を見上げると、その張本人である彼が屋上にいるのが見えた。
それがわかった私は、靴を昇降口に放り出したまま屋上へ向かった。
「不動院燐…っ!」
「……っ!? 霞か………すまないが婚約の話はまだ破棄できていな「そんなことしなくていいっ!」え……?」
彼の言葉を遮るように私が叫ぶと、案の定彼は無表情のまま、だけど驚いた声を出した。
そんな彼に私は近づいて胸ぐらを精一杯引っ張り――……歯がぶつかるのではないかというくらい勢いよくキスをした。
「……っ!?」
無表情を崩して目を見開いた彼は、私を飛ばさない程度に肩を押してから素早く離れた。
未だに目を見開いている彼に、私は涙を堪えられずにポロポロと溢しながら言った。
「しなくていいっ、婚約の破棄なんてしないで…っ! いじめられてもいいから、私はあなたと……燐と結婚したいよ…っ!」
「……!」
その言葉を聞いた彼は、顔を真っ赤にした瞬間に口元を手で覆いながら私に背を向けた。
それを怪訝に思った私は、回り込むようにして顔を覗こうとした。しかし再び背を向けられて隠されてしまう。
そしてしばらくの間、回り込む、背を向ける、回り込む、背を向けるという攻防戦が行われた。
すると拉致があかないと思ったのか、彼は一気に私から距離をとって呟くように言った。
「……みっともない顔見られたくないから、今見ようとするのは止めろ……」
「えっ?」
「……本当は婚約の話を聞かされた時、本当は嬉しかったんだ。だって、その時には霞を既に好きになってたから……。でも、霞はあまり乗り気じゃなかったみたいだから、破棄しようと頑張ってたけど……」
「………え? ええええええっ!?」
全然気づかなかった。まさか自分が、彼にとってそんなに大きな存在になっていたなんて。
でも、それと同時に両思いだということが嬉しくて……。
「じゃあ、これからずーっとよろしくだねっ!」
私は微笑んで、思いきり彼に飛びついた。
*
私が甘えキャラになってからは、彼は私から逃げるようになった。
それを見て私は「酷い!」と言いつつも、本当はそんな風にじゃれあうのが楽しくて、楽しくて……。
それになりより、彼が『私の行動』からは逃げていても、『私との結婚』からは逃げないのがとても嬉しくて。
だから、私は――
「燐ーっ! 今日こそ一緒に帰りましょう!」
――私は、今日も燐のところへ走り出すんだ。




