異世界への入り口
※本作品は独断と偏見により書き進めております※
疲弊しながらも幸せそうに教室へ戻ると、クラスメイトの全員が不審げな視線を浴びせかけてくる。
「隆久ぁ~?授業中どこに行ってたのかなぁ?」
「その幸せそうな顔と疲労感・・・それの意味することは!」
「アレか!?あれなんだな!一足先に大人の階段を!」
男子連中のそんな憎と怒、さらに羨望の視線と言葉を向けてくる。
正直うざったいことこの上ない。
だが、先ほどから向けられている別のモノを気にしないためのいい材料となっているために文句は言えない・・・。
後ろから激しいオーラとともに侮蔑の視線が大量に向けられている。正直冷や汗が止まりません。
「隆久」
何か幻聴が聞こえる。
「隆久」
何か幻聴が聞こえる。
「隆久」
何か幻聴「がぁぁぁぁぁ!!!」
「隆久、誰に手を出したのかな?」
痛い痛い頭が割れるように痛いぃぃぃ!!
「返事もできないのかな?私の胸とかお尻とか触っといて他の人に手を出したの?」
アイアンクロー状態から離されてほっと一息ついた瞬間、首をつかまれて喉に圧迫感を感じる。
「いあ゛、落ち゛着いて聞ぃて゛く゛れ゛亜衣。君以外に゛手を出す゛わけ゛がな゛いし゛ゃない゛か゛」
目の焦点が合っていない亜衣、ボディーガードでさえ気当たりで動けない。
静寂が続くなか、俺の弁解が響く。心なしか若干オーラが薄れてきたようにも感じる。
「隆久のその言葉ほど信用できないものはないと思う、だから」
ギンッと俺のボディーガードに視線を送る。全員ビビって動けていない。
「隆久がいままでどこで何をしていたか、聞かせてもらえるよね?」
貼り付けたような笑みに、ボディーガード達は全力で首を縦に振ること以外はできなかった。
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結局、俺の昼休みから先ほどまでの行動を説明し終わると6時限目もあと10分ほどしか残っていなかった。
「隆久のさっきの言葉、うれしかったよ!」
亜衣がその言葉とともに甘えるように首に抱きついてくる。さっきまでの態度とはうってかわっていて、それが逆に怖い。
「あの~、亜衣さん?離れてくれるとうれしいかなぁ、って」
周囲の温かい視線が痛い。
まるで甘える猫のように抱きついてくる。猫さんも鷹さんも「亜衣様だけを見るなら」と見逃してくれている。
「~~♪~~~~♪~♪~~~♪」
鼻歌を歌ってご機嫌な亜衣に俺の言葉は通じないらしい。
先ほどの俺の失言で周囲にカップルとして認定されてしまったため、誰も止めに来ない。
くそっ!これじゃあ他の子に手を出せないじゃないか!
「~~~♪」
亜衣が可愛いのは認める。だけどヤンデレはない!どこで選択肢を間違えた!?
腕を外しながらゆっくりと押しのけてみる。
若干嫌がるそぶりを見せたものの、素直に離れてくれて一安心といったところだ。
「さて、俺のせいで悪いが文化祭の準備を始めてくれ」
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俺の言葉とともに動き出したクラスメイト達。
着々と進んでいく文化祭の準備にクラスメイト達は忙しそうにしながらも楽しそうだ。
俺のクラスは文化祭の定番『お化け屋敷』をやると言うことで決定した。
3年の出し物と被っているものの、遜色ない出来に仕上がっていると思う。
俺の当番は小道具の作成係りだ。つまり当日はなにもすることがないわけである。そしてそれもすでに9割方終わっていて、あとは他の小道具係りに任せても大丈夫な範囲だ。
言ってしまえば、当日の予定は狂わないし誰にも迷惑はかからない。つまりいてもいなくても一緒だと言うことだ。
(亜衣には心苦しいが・・・)
亜衣に心の中で謝りながらもこんにゃくを吊るすためのロープに輪を作る。
外れないように固く縛って確認した後、うしろについてきている亜衣に用事を頼んでみる。
「亜衣、ちょっと俺の小道具のプリントを取ってきてくれないか。」
「うん、いいよ。どこにあるの?」
「たぶんかばんの中。俺はちょっと手が離せないから、頼むよ」
「りょーかい!」
『小道具作成の手順』というプリントが小道具係りには配布されていて、小道具の作り方が詳しく書かれているものだ。
隣のクラスの男子に書いてもらったものをコピーしたものだ。対価に秘蔵の女子生徒・女性教師観察アルバムから数枚焼き増しして渡した。教師好きだから頭がいいのか、と真理を悟った瞬間でもあった。
亜衣が俺のかばんのほうに小走りで向かっていく。俺はそれを横目で見ながらこんにゃく用ロープをつなぎ合わせていく。
「隆久、なにやってんの?それこんにゃく下げるやつじゃん」
「ぶっ!そんなに長くしてどうすんだよ!」
ようやく事態に気づいた俺のボディーガード達が近寄ってくるも、もう遅い!
俺は換気のために開いている窓に走る。ロープの間に窓枠を通して輪になったところに手を突っ込む。
ようやく何をしようとしているのかわかったクラスメイト達は慌てふためいている者、唖然としている者、恐怖からか涙を浮かべている者。
亜衣が空気を感じ取ったのかこちらに視線を向けてくる。
「じゃあな、好きだったよ」
そんな言葉を投げかけると同時に飛び降りる。
『シャー』というロープが高速でこすれる音が響く。
「ぐっ!」
突然ガクン!とした衝撃が右手を襲うが、必死に耐える。『バキィ!』と関節が外れた音が響く。とっさにロープを左手で掴む。
「い・・・」
ギリギリとロープが嫌な音を立てる。校舎の壁にぶつかる寸前、体を横に傾けて足で着地する。
「いやぁっぁぁぁぁぁ!!!!!」
亜衣の悲鳴が響き渡る。同時にロープから手を離して数メートル落下する。
両足で着地をしながら体を前に投げ出す。ゴロゴロと転がって衝撃を逃がす。
上の階からパニックになったクラスメイトの声が聞こえるが、無視して駆け出す。
校門の前で警備員達が行く手を阻むように立ちふさがるが、俺を見るなり止めるのを躊躇する。
その隙を突いて跳ぶ。警備員の肩に足をかけて、もう一度跳ぶ。見事な二段ジャンプを決めた俺は校門をやすやすと乗り越えて学校の敷地外に身を投げ出した。
おそらく見張っていた方のボディーガードが駆け寄ってくるが、俺は車道に飛び出し逆側の歩道に駆けて行く。
バスがちょうど来たため、それに乗る振りをしてバスの影に身を隠す。そのままバスを死角としてブロック塀に登り、さながら猫のような俊敏さで走り続ける。
1本向こうの道路に出るとマンション郡が立ち並んでいる。右腕を無理やりはめて激痛をこらえながらマンションとマンションの間を進む。
壁に寄りかかり、発信機が仕掛けてあるものをすべて脱いでいく。ブレザー、Yシャツ、ストラップ。ズボンは発信機の部分だけを破り取る。
マンションの間を通り抜けて歩道を走る。信号待ちのトラックの荷台に発信機つきの衣類を放り投げていく。
ズボンの発信機を持ち自分も荷台に飛び込む。信号が変わったのかトラックはそのまま走る。
頃合を見て、ズボンの発信機を残して飛び降りる。そのまま10階建て程度のマンションの裏側に行き、不法侵入をする。
例の隣のクラスの男子の家がここの7階である。1人暮らしで、たまに遊びに行ったこともある。
雨どいの金具を踏みしめながら7階まで登っていく。正直落ちたら死ねます。
やっとの思いで7階までたどり着いた俺は、彼の部屋の窓に鉢植えを投げつける。
「バリーン!」と大きな音を立てたせいか、近所の「もしもし、警察ですか」という声が複数聞こえてくる。
彼の部屋に入り、スモークグレネード2個、さらに爆竹10連発×10個とスタンガンを頂戴していく。彼はこういう非殺傷武器のマニアで、何度も自慢されたことがある。
(『貴殿の武器、少量頂戴した。 隆久』っと)
書置きを残して進入経路と同じところから降りていく。
「じゃあ、進入しますか!」
俺は気合を入れながら久しぶりの実家に顔を出すことを決めた。
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ここは連堂邸。
都会から若干離れた田舎にその荘厳な家は似合っていないはずだった。
しかし、連堂コーポレーションの社長が住む町ということで住民が増え、それにしたがって町も大きくなっていった。
新幹線の都内への直通便、さらに周辺地域への地下鉄の復興など、現在では都会も顔負けの様相を呈している。
そんな中、横幅1キロメートル、奥行き10キロメートルほどの広大な土地に、ゴルフ場やサッカーグラウンド、野球場にダンスホールなどなど、果ては空港まで完備している連堂邸は違和感がありすぎるくらいにあった。
一般的に解放してあるために人の出入りは激しいが、連堂家の優秀なボディーガードや警備員がきっちりと警備していて、一般人では危害を加えられないほどであった。
そんな連堂邸ではあるが、現在は喧騒に包まれていた。
「隆久様が侵入してきました!」
「信彦様!指示を!」
連堂家当主ならびにその妻は現在、海外で旅行中である。
何年経っても治まる気配のないラブラブっぷりはこの町の住民の間では常識になっているほどだ。
もちろん社交パーティーでも知られており、その秘訣を賜ろうとする者たちが後を絶たない。
話が戻るが、信彦とは隆久の実の兄で、つまり連堂家次期当主でもある。それなりに出来る男ではあるものの、やはり現当主と比べると見劣りしてしまう。
実は彼、隆久の能力を無自覚にも高く評価している。だからこそ自身の地位を脅かすものを遠ざけようとしているのだ。
信彦と隆久。もしも長男と次男が逆であったのなら、とても仲のいい兄弟として育っただろう。
隆久は信彦の機械的ともいえる就寝時間を正確に把握しているため、信彦の眠りの深い時間に強引に押し入ってきたのだ。
執事やメイド、信彦のボディーガードに警備員は当主の息子に命令なしで手出しは出来ないために実質上の家出人の隆久に対しても、離縁されていないためとめることは出来なかった。
そのことを利用して無理やり信彦の部屋に入った隆久は、深く寝入っているのを確認すると爆竹を取り出す。
あわてて止めようとするも間に合わず、「パン!パンパン!パン!」と大音量の爆竹が破裂する。
「な、なんだ!?」
ようやく起きた信彦が隆久の顔を確認した瞬間、視界が白い色に包まれる。
「隆久!貴様何しに!」
「本格的に家出をしようと思って金を貰いに来たんだよ。兄貴、永遠にさよならだ」
最後に残った爆竹を放り投げてドアを蹴破る。そこでさらにスモークグレネードを足元に転がし、煙にまぎれてボディーガードの包囲網から脱出する。もちろん近くにいたやつにはスタンガンを押し当てて眠ってもらった。
馬鹿親父の部屋の前に行き、網膜認証をする。
「認証されました」
「やっぱり、か・・・」
あの時の発言からおおよそ察しが付いていたものの、2年前からここまでの行動が既にバレていたと思うと寒気がしてくる。
「とりあえず、行くか」
部屋に入り記憶の中からあの時の本棚を探す。
「これだな」
見覚えのある本棚から記憶どおりに本を抜き差しすると、本棚が前面に押し出されていく。
横によけて本棚があった場所の床を確認しようとした時、つまづいた。
「あ゛」
そのまま穴に向かって進む。後悔と好奇心とともにその穴に吸い込まれていく。
「ガゴン」という音とともに穴の入り口に仕掛けられた落とし穴に落ちていく隆久。
途中で隆久が見たものは、丸の中に五芒星が描かれた魔法陣のようなものが壁一面に光っている光景だけだった。
その後、信彦とボディーガード、執事やメイド達が駆けつけたときには、前面に押し出されたままの本棚と罠が張り巡らされている穴がぽっかりとあいている以外にはなにも異常は見られなかった。