お坊ちゃまの生活
※本作品は独断と偏見により書き進めております※
とある高級マンションの一角。そこには俺の寝床がある。
3LDKという無駄に広いこの寝床で寝るようになってから2年。
俺は特に感慨を抱くことも無く来客用に設置したはずのソファに寝転がる。
一人暮らしだからといって別に両親がいないわけではない。おそらくは両方とも健在だ。
成年したわけでもなく、未だ高校2年の俺はあの居心地の悪い家に居続けたくは無かったのだ。
うちの両親は良くも悪くも放任主義だし、金も有る。
会社を設立し、1代で富と名声を築きあげたやり手な父親。それを影ながら支える母親。
普通ならば跡を継ぐのだから厳しく教育されると思うだろ?でもそれはありえないんだ。
なぜなら俺は2番目だから。次男であるからして継ぐのは長男に任せるのが筋だろう。
だからこそ俺はまるでいないように扱われてきた。使用人ですら俺に敬意を払うことはしない。
-------------------------------------------------------------------------
【2年前】
いい加減クソ兄貴のまだ居たのかとでも言いたそうな視線と、使用人の甘い汁を吸おうとする者への妬みの視線がうざったくなってきた。
「別の場所で暮らすから金くれ」
そう言うと我が家のソファに座る馬鹿親父が、俺の予想したとおりの行動をとった。
突然立ち上がるとリビングから出て行き、俺を手招きする。
それに素直についていくと、木製の扉の前に辿りつく。馬鹿親父の部屋の扉なのだが、実際は滅茶苦茶高性能だ。
馬鹿親父は横の壁の一角を押し込み、その上に現れる網膜認証装置に目を当てる。
「認証されました」の声と同時にガゴンと扉が上にスライドする。厚さが50cmはある表面だけ木製の鉄扉だ。
部屋の内部に入ると、きちんと整えられた本、本、本。
壁一面が本棚だらけの図書館のような部屋、広さは20メートル四方程度。
ある一箇所の本棚の前で本を数冊抜き差しすると、本棚が手前にゆっくりと移動する。
本棚の裏側にあった穴には入らずに本棚があった場所の床を探ると、穴の奥から「ゴー」と重厚な音が聞こえてくる。
「もともとの穴は罠が張ってある。お前も入るときは注意しろ」
音が鳴り終わるとジュラルミンケースの山が現れる。そこは金庫であり、一つにつき5000万円ほど入っているらしい。
ポイっと5000万円ほど入ったジュラルミンケースをまるでペットに餌でも与えるかのように投げて寄こしてきた。
(まあ、厄介払いといえば正しいか)
俺はそれをうまくキャッチして馬鹿親父に話しかけてみる。
「縁は切らないのか、体裁悪いしな」
「ああ、そうだ。お前は理解が早いが、次男だからこそ邪魔になる。金が入り用ならいつでも払おう。」
穴の中のボタンを押して出てきた馬鹿親父は、本棚の本を元に戻しながら声だけをこちらに届けてくる。
「そうかい、次男は独り暮らしを夢見て出て行った。心配だから金は渡してあるし見張りという名の監視もつける、ってか?」
本を戻し終わり、本棚が移動するのを確認したあとこちらに鋭い目を向けてくる。
「本当に理解が早くて助かる。うちの邪魔はするなよ」
「わぁってるって。ああ、もし俺が行方不明になったら馬鹿が金を持って逃げたって設定でよろしく」
「こちらとしても行方不明のほうがありがたい。後継者は長男に決まっているというのにお前に取り入ろうとする奴等が多くてたまらん」
この言葉だけで伝わるだろう?と挑発を混ぜて織り込んだ言葉に顔色を変えずに返答してくる。さすがだな。
「馬鹿だという設定だしな、操りやすいとでも思ったんだろ。いつも通りの馬鹿を演じておいたよ」
「じゃあな、馬鹿息子。お前は私の血を色濃く受け継いだのだから大丈夫だろうとは思うが、惜しいな」
「じゃあな、馬鹿親父。一番の後継者を手放したことを一生涯悔いると良いさ」
これはいつもの会話、だがやはり少量の悲しみが混ざっているのは仕方ないといえるだろう。
『最後の別れ』では無いものの、家族としての会話はこれで終わり。今後は取引相手として話しをするだろう。それが俺と馬鹿親父という親子の形であった。
俺のメリットは『兄』と『権力を欲する者』からの解放。さらに『金』と『身を守るための権力』といったところだろうか。
馬鹿親父のメリットは『後継者の確定』、先払いとして『反逆の意思を抱く者の特定』。そしてその他もろもろの小さいメリット。
(さって、とりあえずすむところでも探そう)
-------------------------------------------------------------------------
あれから2年、俺は高級マンションの一角にある部屋を馬鹿親父に金を払わせて買い取った。
高級マンションと銘打つだけはあり、とても綺麗な場所である。
馬鹿息子が家出先として選ぶ場所としては申し分ない上に防犯もきっちりとしている。
巡回中の警備員は1階に10人、その後は階毎に5人ずつ配置されている。
警備員は強制的に住民の顔をすべて覚えさせられ、黒服にサングラスという怪しさ極まりない格好をしている。
防犯カメラは外周に1メートル間隔で配置されており、侵入者を監視している。
住民は女性8割男性2割といったところだ。お嬢様がほとんどで、警備員とは別にボディーガードをつれている。
男性陣も名家の御偉いさまがほとんどで、間違いが起こっても申し分ない身分ばかりだ。
俺は成り上がりなため、好印象はもたれていないが警戒もされていない。
俺の演技の賜物だろう、社交パーティーではあらゆる女の子に声をかけては俺のボディーガードに引きずられていく。
最終的にボディーガードが引きずっていくため、娘の『お話し相手』と『社会勉強』としては申し分ないのだろう。
俺のボディーガードは8人で、側で控える2名と影から観察する2名が基本配置で、それを1時間毎に片方ずつ交代する。もちろん休み中も緊急事態に備えて待機している。
休みは1年に数日程度だが、日給10万程度なのだから破格の待遇といえるだろう。
年齢は現在25~30歳で構成されており、定年は35歳ほどで、定年後は家付きの執事として雇われる約束だ。
話が長くなったが、この8人は馬鹿親父の手の者であり俺の暴走を止めるための人物であり、俺の休む暇がほぼ無い。
トイレの時と学校の授業中以外は側に必ずついているため、本性が出せずに馬鹿息子を演じるしかない、忌々しい。
(身動き取れねえじゃねぇか、いっそ本性晒すか?ダメだ、メリットが小さすぎる)
ソファに備え付けてあるクッションに顔をうずめながら苦い顔をする。
以前の生活なら馬鹿親父と母のみの場所でなら本性を出すことが出来た。以前の生活が恋しくなってきたが、それに蓋をして考えをめぐらせる。
(おそらくだが、ボディーガードの目を振り切り田舎へ逃亡すれば馬鹿親父は捜索を中断するだろう。母も俺の本性を知っているから止めはしまい)
(だとすると、ボディーガードを振り切るしかないわけだが・・・)
俺は考えをめぐらせ、一番馬鹿で大胆な、しかし成功の確率が最も高い方法をとることにした。
(勝負は、明日)