『ヒトもどき』
主人公、坐間冥加のセリフの終わりに句点がついているのは人造人間ゆえの発話の不自然さを表現している意図的なものです。訂正の必要はございません。
『あなた、本当に人間?』
梶上礼佳の言葉が脳内にハウリングする。
人間、にんげん、ニンゲン。
人間ってなんなんだろう。
そんな逡巡と哲学をかなぐり捨てる。
答えを出せなくなるからだ。
なるべく自然に口角を上げて、そして一言。
『俺は見ての通り、普通の人間ですよ。』
『ふーん……あっそ。それならいいけど。あ、坐間くん共鳴解いといて』
彼女は訝しみの目線を向けつつも、これ以上の詮索はしてこなかった。
俺は共鳴を解く。
これはひとまず凌げたのだろうか。
色々考えているとどこかしらの空き教室からパリンッと窓が割れる音がした。
新手だろうか。
俺は拳を握る。
「まじか、ターゲットやられてんじゃん」
教室から間の抜けた男の声が聞こえてきた。
ガラガラと気だるげに扉を開けると、動きやすそうな戦闘服をラフに着崩した青年が出てきた。
今の俺には不快感や頭痛はない。
──どうやら彼は人間らしい。
「おお……君血塗れじゃん。拭きなよそれ。てか、二人はここの生徒さん?」
俺の方を見て、青年は言った。だるそうに頭を掻いている。
「ええ、わたしたちはここの生徒で間違いないですよ。それで…………あなた、不審者ですか?」
「不審者が“不審者ですか?”と言って答えるはずないだろう。でも僕は不審者じゃないよ。ほら、入校許可証」
彼はにやりと笑ってポケットから許可証を見せた。
「えっとね……僕はフリーでやってる人造人間狩り《レプリカント・ハンター》、卜部影。よろしく」
彼は軽薄そうに言って、名刺をひょいと投げた。
「それで、卜部さんはなぜここに?。」
俺が訊くと彼は肩をすくめ、ため息混じりにまるでわかりきったことを訊くなと言わんばかりに言う。
「決まってるじゃないか、そこのレプリを処理するためさ。まっ、君らがやっちゃってるんで僕としちゃあ戦う手間が省けたって感じ」
卜部は気楽そうにふらふらとこちらに歩いてきて、俺たちを追い越す。お目当ては二機の残骸だった。
製造番号を確認して、どこかへ電話をかける。おそらく、依頼主か回収業者だろう。
二機を見る彼の目はどこか驚いているように感じられた。
「君たち、名前聞いてもいいかな。特に血塗れの君のが知りたい」
手続きの方が一段落したらしく、俺たちに訊いてきた。
「……どうしてそんなこと訊くんですか?」
意外にもそれを言ったのは梶上だった。
俺の知るところではないが、警戒心が強いのだろう。
勝手な推測、これも逡巡か。
「なぜって……飯を奢る相手の名前も知らないなんて、そんな哀しいことがあるかい? 君たちは何も気にしなくていい、ちょっとした礼がしたいだけさ」
軽薄に言い切った。
少し、迷う。だが、そこまで思い詰めることでもないだろう。
「坐間冥加。坐禅の坐に人間の間、冥府の冥に追加の加。これからで坐間冥加です。」
俺は名乗った。
「ふむ……なるほど。これからは親しみをこめて君のことは…………メイくんと呼ばせてもらうよ」
そういうと卜部は俺の肩に手を置く。
呼び名といい態度といい、いちいち馴れ馴れしい。
この男、絶対チャラいなと思った。
今まで沈黙していた梶上も俺に次いで名乗った。
どうやら俺はファーストペンギンだったらしい。
流石に卜部は梶上の肩に手を置くことはしなかった。ただ呼び名は例によって馴れ馴れしい。「礼佳ちゃん」だそうだ。
*
俺たちは駅前の繁華街にある焼肉店に居た。
「メイくん、礼佳ちゃん。ほらほらいくよ……。かんぱーい!」
カキンッとガラスのコップがぶつかり合う音がした。
すると卜部影は手慣れた手つきで肉を注文し、焼いていく。
俺は目の前で行われる肉の変色劇をただぼうっと見ていた。
「あれ、坐間くん肉食べないの? いらないなら食べてあげるよ、肉」
後半が本音そうな元・警戒心強い系女子、梶上礼佳はカルビを咀嚼した後言った。
かなり食い意地を張っている。
こいつ、実は警戒心なんてものはなく、見せかけのロールプレイなのか?
「メイくん、なにも遠慮することたぁないよ。何せメイくんが処理したやつの賞金で食べてるからね。ボクが奢ってるというより実質的には君の奢りなんだよ」
卜部は塩タンを焼く。
じゅうじゅう。肉が焦げていく匂いがする。
排煙がダクトへと吸われていく。
タンパク質というのは加熱するとニ度と元には戻らないとインストールされた知識にはある。
それと似たように、こういったものを食べてしまえば俺はもう戻れない。
人外の『同族殺し』には。
人間と馴れ合う人外はヒトもどきだ。
そのことを心に留めて意識しなければ、いつか俺も人に化けるヒトもどきに…………。
────なんて、これこそ本当の逡巡だ。
俺は下手くそな箸で肉を掴む。
箸というやつの使い方はデータとしては入っている。しかし、筋肉の使い方が難しい。
口に持っていくのにも苦労したが、俺は肉を頬張った。
口の中に熱いものが入る。舌の使い方も不慣れなので、舌を火傷しそうになる。それでも噛み締める。
──味はよくわからなかった。ありがたがる理由も同様に。
ブニブニしたものを口で弄んでいる気分になった。
「おお、いい食べっぷりだ。やっぱり成長期には肉を食わないとねえ」
卜部影がごくごくとビールを飲み干して言った。
見た目通り、酒には強いようだ。
「……坐間くんは箸を使わない方がいいと思う。使い方が酷すぎる。見ていて恥ずかしい、犬食いしなさい犬食い」
梶上は俺を見下すように言った。
その声色にはどこか試すようなニュアンスが含まれていた。
俺はお望み通り犬食いした。
すると二人はゲラゲラと大笑いした。
「坐間くん……やっぱり変な……変な人だよね……。ペットの才能があるんじゃない? わたしに飼われなさい……なんてね……」
梶上は息も絶え絶えに言った。どうやら笑いで頭のネジが緩んでいるようだった。
*
しばらくして、梶上が席を外した。
たしか、「外の空気を吸って来るわ、わたしの犬はそこでおすわりしてるのよ」とか言っていた。
一体いつまで擦るんだそのネタ。
その間、俺は卜部影と向かい合っていた。
「……メイくん。君、人造人間でしょ。それも人造人間狩り用の」
「なにを言って……。」
「僕が今まで一体何機のレプリを見てきたと思ってんだよ。処理のやり方がとても人道的だとは言えなかったよ。人間的でなかったとも言える。要するにやりすぎてたってことだ、処理するときなんの迷いもなかっただろ」
卜部影は肉をまた置く。
特に敵対するような仕草はなかった。
俺にはこの場を丸く収める方法の持ち合わせはない。
ただ沈黙するしかなかった。
すでに……ヒトもどきになっている。
こいつを殺すという選択肢がどうしても取れなかった。
肉の焼ける音が、ダクトの音が響く。
空気が、痛い。
「それに嬢ちゃんも薄々気づいてるんじゃないかな。あの感じだとあと数日すれば看破されるよ。賢そうな娘だしね」
そういって、焼いた上ミノを口に放り込んだ。
卜部はゆっくりと咀嚼する。
「そう怖い顔するなよ。安心しな、僕が狩るのは依頼されたやつだけだから。もちろん、礼佳ちゃんにもチクらない。僕は拝金主義でね。メイくんとは商談に来たんだよ」
卜部は「それにメイくんみたいなのには大抵デカいバックが、下手したら国家がいるからね。個人事業主じゃ戦えないよ」と苦笑しながら付け足してビールを飲む。
「すこし、仕事を手伝ってくれないか。そうしたらメイくんに協力しよう。君レベルだと知ってるかな…………例の六機。奴らの情報とかメイくんは知りたいんじゃないかな」
卜部は俺を見透かしたようににやりと笑った。
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