1話 『同族殺し』
⚠️主人公、坐間冥加のセリフの終わりに句点がついているのは人造人間ゆえの発話の不自然さを表現している意図的なものです。訂正の必要はございません。
ぱしゃと水音をたてて、俺は生まれて初めて水槽の外に出た。
「う、うう……」
外の空気は寒かった。
俺は首につけられたインストーラーのケーブルを引きちぎり、地面を這う。
青白い蛍光灯が眩しい。
周りを見渡すと他にも俺のような者がいた。
人に造られしヒト、人造人間。
見渡せば、手前に胎児、その横に若い女、さらに隣には中年男性、奥には老婆。
さまざまな人造人間が個別の水槽の中でぷかぷか浮いている。
──俺はそれらを心底嫌悪している。
彼らが無意識に発する周波数が耳鳴りを起こし、頭を鉄の棒でかき回されるような感覚にさせるのだ。
とどのつまり生理的に無理なのだ。
ああ、今すぐガラスを叩き割って殺したい。俺は衝動に駆られていた。
くそ……筋肉が思い通りにならない…………。
俺は慣れない重力の感覚に戸惑いつつも10分ほどかけて立ち上がった。
「256。君は今日から政府の対 人造人間狩猟用デヴァイス、“坐間冥加”として運用される。いいな」
腰まで伸びた長髪で白衣の研究員がそういった。
「ええ、よ……よろ、しく……お、願い……しま……す。」
俺はインストールされたばかりの言葉で恭しく答える。
喋るのに慣れていないので、どこか不自然かもしれない。自分ではよくわからないところで不安だ。
「最初の仕事はこちらで決まっている」
そういうと脳内にデータとして送信してきた。
「“異能学園”私立 才奇学園に潜伏し、近辺に逃げ込んだ人造人間六機の狩猟。」
俺はそのまま読み上げた。
理解と並行して発音の練習をしているのだ。
研究員は驚いたような目つきで俺を一瞥、拍手する。素直に感心しているように見えた。
「君には朝飯前だろう。我が研究所の予算を三倍にも増やさせた“同族殺し”があるのだから。ああそうだ、仕込みは既に完了している。終わっていないのは君の支度だけだ」
そういうと研究員の彼は通学カバンを投げつけた。
中には制服とタオルが入っていた。
俺がそれを取り、まとわりついた人工羊水を拭き取って着替えようとした矢先、彼は付け加えるように言った。
「あと、君自身が人造人間だってことは誰にも露見しないように心するんだな」
彼はそういうと伸びた髪をいじりながら足早に去っていった。
*
「俺は坐間冥加。公立矢尻浜高校から転入してきた。よろしくお願いする。」
俺は朝のしんとした教室にそう言い放った。
教室内の彼ら彼女らからのリアクションは特にない。
隣のクラスのざわめきが聞こえるくらいだ。驚くほどに静まり返っている。
もしやこれは…………失敗というやつなのだろうか。
やっぱり堅すぎたか……。もうちょっとラフな感じで、滑ってもいいから一発ギャグの一つでも入れとけばよかったか……。
そうやって後悔まじりに思考する。
しばらくして、いつもの結論に辿り着く。
──やはり、逡巡とは無駄である。
俺は結局いつもの持論を唱え、思考をやめた。
「じゃあ坐間くんはあの空いてる席に座ってください」
担任の綾瀬先生はそう指示した。
俺はそれに従う。俺はいつだって従うのが仕事さ……
心の中でニヒルに笑いながら席に座る。
綾瀬先生は何事もなかったかのように朝のHRを継続した。
俺はそれを聞き流す。
自己紹介をしくじったのもあり、俺は孤立していた。
目のやり場に困り、時計を見つめていると隣の女子から話しかけられた。
「坐間……冥加くん? わたし、梶上礼佳。わたしもちょっと……事情があって孤立気味なの。よかったらだけど仲良くしましょう。男子は好きでしょ、孤高の美少女」
えらく自信のある女だった。しかし彼女はその自信にも頷けるほどの藤色のショートボブが似合う美少女だ。
全体的に真面目な印象を受けた。
しかし、ネクタイにはピースマークのピンがつけられており、それは印象に反して派手だった。
俺が返事をすると彼女はこの学校について軽く説明してくれた。
「えーっと……坐間くんは“PRISM”なのよね?ほらわたし“PSI”で。この学校、入学検査で思念相性がいい人と隣の席になるようになってるんだけど」
「そうなんですか。それでなんです? “PSI”とかなんとか。新しい性格診断?。」
俺はとぼけた。インストールされている知識とここでの常識を擦り合わせるためだ。こういう部分で齟齬が発生するのは任務上非常に困る。
彼女は目をぱちくりと、意外そうに見開いてそして笑った。
「それはMBTIでしょ、坐間くん。ふふッ、あなた堅物そうに見えて意外と冗談とか言うんだ」
「──冗談なんかじゃありませんよ。俺、右も左も何にもわからない……ほら……転校生だから。」
俺はそうおどけてみた。しかし、梶上からは訝しむような、じとっとした目で見られる。
瞳の奥にどこか冷たいものを感じてそら恐ろしい。
…………。
沈黙が続き、周囲の話し声を聞くことになる。
会話を再開したのは梶上礼佳だ。
「君が“PSI”と“PRISM”を知らなかったら困るのはわたしだから教えてあげる。異能は一人で扱えるような代物ではないの」
「人造人間でも?。」
「当然。彼らだって生物学的にはホモ・サピエンスなのよ。何も知らなくたってこれくらいは中学でも習うでしょう?」
「そりゃそうだ。」
俺のいうことなど気にも留めず、藤色の彼女は言葉を紡ぐ。
「基本的に異能は二つの要素が組み合わさって出来てるの。異能の根源となる変幻自在の脳内物質、“PSI”。その制御は一人じゃできない。だから“PRISM”が制御するの」
彼女は俺の目を一瞥すると
「この二つが合わさって初めて異能として成立するの」
「ファングジョーカーみたいな感じか。」
「……まあ、そうかもね。特撮ネタで例えてくるのはびっくりだけど。もう結構前のネタだからね? 理屈はわかったところでさ、ちょいと……実践してみようか。」
彼女はそういって手を伸ばした。俺はそれを取る。
彼女のネクタイが揺れて、ピースマークのピンが鈍く光る。
『いま、わたしたち共鳴してるの。わかる?この一体感』
彼女は今、口を開かずに言った。
腹話術ではなく、これはテレパシーだ。
彼女はつうっと彼女自信の頬をなぞる。すると俺の頬にも指でなぞられている感覚がある。
すごくくすぐったい。
『おお、こんなに相性いいのは初かも。あれ、もしかして坐間くん共鳴は初体験?』
妙に色っぽい声色で言った。いや、正確には言っていないのだが。
俺は目を逸らす。それが答えだ。
『なんでも初めてってのは嬉しいからねえ、一番風呂みたいな感じだよ』
『初っ端からテストいくね。わたしのPSI特性“凍結”だから。今から水かけるけど凍らせてよ、びしょ濡れにはなりたくないでしょ?』
彼女はカバンから水筒を取り出して、蓋を開けた。
刹那、彼女は水筒を縦に振る。俺の方に水が飛んできた。
世界がゆっくり、スローに見える。俺は水を拒絶するように手を伸ばした。
そして体に流れる梶上のPSIを手に収束させる。
不思議な高揚感があった。
鼓動が重なるような錯覚が起きるのだ。
パキッ!
音をたてて水は氷に凝固した。そして、床に落ちる。
『坐間くん、けっこう上手だね』
彼女はにこりと笑って共鳴を解き、床の氷を踏みつけて粉々にした。
「これでわかった?」
俺は首肯する。データと実情に齟齬はなかった。
それだけで満足である。
彼女も解説に満足したのか顔を元あった位置へと戻す。
腕を組み、足も組む。黒のタイツが伸びて肌色が透けて見えた。
きっと触れたら、指は温もりと柔らかさに沈み、若さと張りに弾き返されるだろう。
ああ……眼福だ。
俺は光景をメモリに焼き付けた。
──俺だって人造人間だが、ホモ・サピエンスのオスだ。これくらいは嗜みだろう?
彼女は視線に気づいたのか少し苛立って目つきをピンと尖らせる。
そして、まるで圧迫面接でもするかのように詰問してくる。
「それでレベルは? わたしに当てがわれるんだからショボいわけないけど……次壊したら退学だしね」
俺は誤魔化すように視線を彼女の吸い付くような紺色の瞳に戻して答える。
「たしか……レベル4、実際にはレベル4.5?くらいだって言われたけど。」
嘘である。PRISM能力は5段階でレベル分けされているのだが、俺は相手のレベルに自動でチューニングされるようになっている。
つまり、理論上は誰とでも共鳴できる。
しかし、そんなの言ったって信じてもらえないだろう?
彼女は瞬きを数回すると、にこりと笑った。
続けてこの学校のこと色々教えたげると言われ、放課後に校舎の案内をしてもらえることになった。
*
放課後、俺は梶上にこの学園の設備や施設を教わった。
俺たちは今、旧校舎四階の音楽室を後にして、空き教室が並ぶ廊下に歩いている。梶上が先導し、俺が追随するかたちだ。
彼女の歩いた後には藤の芳香がほのかに香る。
──これは無為なトリビアである。
「うっ……。」
俺は突然の頭痛に頭を押さえた。脳内で黒板に爪を立てた時のような不快な音が反響する。
止まぬ耳鳴りにうずくまった。視界がぐにゃりと曲がる。
──間違いない、目標が近い。反応からして二人……。
苦しみが確かな殺意に変わる。目に映る世界が急激に繊細に、美麗になる。
──“同族殺し”が作動する。
閉じていた感覚が開く。
そのとき鼓膜に彼女の声が飛び込んできた。口調から察するに何度も呼びかけていたのだろう。
「ざ、坐間くん!大丈夫?」
彼女は踵を返し、駆け寄る。そして俺の横にしゃがみ込み、背中をさする。
俺は別に吐き気がするわけではないのだが……。
しかし、優しさを無碍にするわけにもいかず、俺は弱々しい声でありがとうと彼女に告げる。
「すみません、実は持病があって……。」
「坐間くん、そういうのは早めにいってよ! もう壊したのかと思ったじゃない」
彼女は狼狽えながら言った。
退学がかかっていればこの反応も当然か。
俺は彼女を宥めて、立ち上がった。
梶上の前に立つ。
どこかの教室にいる人造人間も俺に気づいている。彼らの殺意が肌を刺す。
「梶上さん……この学校、不審者が出たら撃退していいんですかね?。」
「突然どうしたの坐間くん。そりゃ……どうしようもなくなったら戦っていいでしょうけど。基本は……」
「梶上さん、“PSI”の準備してください。今、俺たちはどうしようもない状況です。」
言い終えて、すぐに空き教室のドアがガラガラと音をたてて開く。
廊下に響く足音は近づく。
俺は身体に巡るPSIを収束させて、二つの細長い、槍のようなものを大気中の水分を凍らせ、造る。
廊下の空気にピリピリとした雰囲気が流れている。互いの殺意がぶつかり合っているからだ。
狩るか狩られるか、命懸けの戦いは温くはない。
『ざ、坐間くん……アレって……』
『人造人間ですよ。俺にはわかるんです。えーっと……人造人間販売店でバイトしてたから』
口から出まかせ、まるで詐欺師だ。
俺は軽く準備運動をして梶上から水筒を借りて、走る。
ダダダダッ、ヒュンッヒュンッ!
まるでスーパーボールのように壁や天井を跳ね回りながら二機の人造人間に近づく。
二機は俺に気づいているようだが、処理が追いついていない。足踏みし、キョロキョロするばかりだ。
俺は彼らが瞬きする瞬間に水をかけて凍らせて視界を奪う。
「おい、共鳴だ!早くしろ!」
二人は見えないながらに俺へ向かってPSIを使った思念弾を打ち出してくる。
近づくそれをゆっくりと見て、手の甲で受け止める。
──そして、拡散する。
パリィとガラスを叩き割るような音が反響した。
PRISMの基本的な能力は二つ、PSIの収束と拡散。
相手のPSIの波長に瞬時に適応すれば、拡散させて無効化することだってできるのは当然だ。
『PSIはダメだ!実弾使……』
彼らの言葉が最後まで俺たちの耳に入ることはなかった。
俺は少しも逡巡することなく彼らの脳天をズドンと、二つの氷柱で同時に貫いた。
ぐちゃぐちゃと脳髄が飛び散る。気持ちが悪い。
俺はそれを凍らせて、踏み潰した。
これで俺は二機討伐した。戦闘というより一方的な虐殺だった。
人造人間特有の、青黒い血が制服を汚す。
どうやら派手に返り血を浴びたらしい。
俺は彼らの識別番号を確認した。
──どうやら、ターゲットではなかったらしい。
肩を落として振り返ると、梶上さんがこちらを向いている。
彼女は驚いて、目をぱちぱちと大きく見開いていた。
一拍おいて、彼女は口を開く。
『色々聞きたいことはあるんだけど…………まず一つ言わせて』
彼女はいうか迷って──これこそ逡巡か。それで少し遠慮がちに訊いた。
『あなた、本当に人間?』
──どうやら俺は加減をミスったらしい。
お読みいただき、ありがとうございました!




