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「僕が愛されているのは当然だ」と傲慢に笑った男の末路。唯一の理解者を失い、全てが幻想だったと気づいた時はもう遅い。  作者: ledled


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第1話 鏡の中の全能感

朝日が遮光カーテンの隙間から差し込み、高級なシルクのシーツに包まれた俺、瀬戸翔せと しょうの顔を照らす。目覚まし時計が鳴るよりも数分早く、俺は完璧な目覚めを迎えた。ベッドから起き上がり、大理石調のフローリングを歩いて洗面台へと向かう。大きな鏡の前に立ち、そこからこちらを見つめ返してくる男と視線を交わした。


「今日も完璧だな」


無意識のうちに口から漏れたその言葉は、決して自惚れなどではない。客観的な事実に基づいた、妥当な評価だ。洗顔を済ませ、丁寧にセットしていく髪の毛一本一本に至るまで、俺の容姿は神が緻密に計算して創り上げた芸術品のようなものだ。彫りの深い顔立ち、涼しげで知的な目元、そして鍛え上げられた無駄のない肉体。どこに出しても恥ずかしくないどころか、周囲の目を惹きつけてやまない魅力が、この鏡の中には存在している。


有名私立大学を首席に近い成績で卒業し、誰もが羨む大手総合商社に入社して三年。仕事の覚えも早く、上司からの評価もすこぶる高い。だが、それも当然のことだ。俺は選ばれた存在であり、特別な人間なのだから。凡人たちが必死に努力してようやく手に入れるものを、俺は生まれながらにして持っている。才能、容姿、そして人を惹きつけるカリスマ性。それらすべてを兼ね備えた俺が、世界の中心で輝くのは自然の摂理と言っていい。


高級なスキンケアローションを肌に馴染ませながら、俺はふっと微笑んだ。鏡の中の男も同じように、余裕に満ちた笑みを浮かべている。この完璧な俺が歩く道には、常に称賛と羨望の花が咲き乱れる。誰しもが俺を求め、俺の言葉に耳を傾ける。そんな恵まれた環境にいると、時々、凡人たちのことが可哀想に思えてくることがある。彼らは俺には絶対になれないのだから。


クローゼットを開け、今日着るスーツを選ぶ。イタリア製のオーダーメイドスーツは、俺の洗練された雰囲気をさらに引き立ててくれる。ネクタイは深みのあるネイビーを選び、鏡の前で完璧な結び目を作る。よし、今日も俺は世界で一番素晴らしい。そう確信し、俺は優雅な足取りでマンションの部屋を出た。


タワーマンションのエントランスを抜け、最寄り駅へと向かう道すがら、俺は常に肌で感じているものがある。それは、周囲からの熱い視線だ。すれ違う女性たちは皆、一瞬ハッとしたような表情を浮かべ、俺の顔を盗み見る。時には友人と顔を見合わせて囁き合っていることすらある。「ねえ、あの人すごくかっこよくない?」そんな声が、聞かずとも俺の耳には届いている。


駅のホームで電車を待っている間も、俺は特別な存在であり続ける。斜め前に立っている女子大生風の女性が、スマートフォンをいじるふりをしながら、チラチラとこちらを見ているのに気づいた。俺はあえて視線を外したまま、涼しい顔でタブレットを開き、経済ニュースに目を通すふりをする。こういう時は、知的でクールな男を演出するのが一番効果的だ。彼女の視線が、さらに熱を帯びたのを感じる。


満員電車の中でも、俺のパーソナルスペースだけは奇跡的に保たれている。周囲の人間が、無意識のうちに俺の放つオーラに圧倒され、距離を置いているのだ。ふと窓ガラスに目をやると、そこには窮屈そうに顔を歪める凡人たちとは対照的に、涼しげな表情で立つ自分の姿が映っていた。まるで名画の中に迷い込んだかのような、圧倒的な美しさと存在感。俺は心の中で、自分自身に拍手を送った。


会社に到着するまでの短い時間でさえ、俺は自分が世界からどれほど愛され、求められているかを再確認することができる。コンビニの店員がいつもより丁寧に頭を下げるのも、すれ違った見知らぬ老人が微笑みかけてくるのも、すべては俺が特別だからだ。俺が放つ魅力が、人々の心を無意識のうちに浄化し、喜ばせているのだ。そう考えると、俺の存在自体が社会貢献と言えるかもしれない。


オフィスビルに入る直前、エントランスの自動ドアに映った自分の姿をもう一度確認する。ネクタイの歪みはないか、前髪の角度は完璧か。よし、問題ない。俺は自信に満ちた足取りで、戦場とも言えるオフィスへと足を踏み入れた。今日という日も、俺のために用意された輝かしいステージになるはずだ。


「おはようございます、瀬戸さん! 今日も早いですね」


デスクに着くなり、後輩の女子社員が明るい声で話しかけてきた。彼女の目は、明らかに俺に対する好意で潤んでいる。俺は人懐っこい、だが決して下心を感じさせない爽やかな笑顔を作って見せた。


「おはよう。今日も頑張ろうね。昨日の資料、すごくよくまとまってたよ。助かった」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます! 瀬戸さんにそう言ってもらえると、すっごく嬉しいです!」


彼女は顔を真っ赤にして、嬉しそうに自席へと戻っていった。簡単なことだ。相手が欲しい言葉を、相手が最も喜ぶタイミングで投げかけてやる。それだけで、人間は簡単に操ることができる。俺にとって、人付き合いとはチェスのようなものだ。駒を動かし、盤面を支配する。その過程がたまらなく楽しい。


「おっ、翔。朝から爽やかだな。後輩ちゃんのハート、また撃ち抜いたのか?」


隣のデスクから、同期の中島が茶化すように声をかけてきた。中島は悪い奴ではないが、どこか鈍臭く、垢抜けない男だ。俺とは完全に別の階層に属する人間だが、こういう凡人と仲良くしておくのも、周囲からの好感度を上げるためには必要なことだ。


「やめろよ中島。ただ仕事の労いを言っただけだろ。それより、今日の午後のプレゼン、準備はできてるのか?」

「あ、ああ……なんとか。でも、やっぱりお前の企画書には敵わないよ。お前、本当にすげえよな」

「そんなことないさ。中島だって、地道なデータ収集は誰よりも得意じゃないか。お互い、得意分野で勝負すればいいんだよ」


俺がそう言って肩を叩くと、中島は「お前って、本当にいい奴だよな」と感極まったような顔をした。俺は心の中で鼻で笑いながら、表面上は謙虚な笑みを浮かべ続けた。いい奴? 違う。俺はお前たちとは根本的に出来が違うだけだ。俺が少し優しくしてやるだけで、お前たちは簡単に尻尾を振る。本当に単純で、扱いやすい生き物だ。


昼休み、社内のカフェテリアで食事をしている時も、俺の周りには自然と人が集まってくる。仕事の相談、プライベートの悩み、あるいはただ俺と会話したいというだけの理由で。俺は誰に対しても分け隔てなく接し、適切なアドバイスを与え、時には気の利いた冗談で場を和ませる。完璧なビジネスマンであり、完璧な同僚。誰もが俺を慕い、俺の言葉を信じている。


この優越感。他者を完全にコントロールしているという全能感。俺はコーヒーを口に運びながら、オフィスに広がる景色を眺めた。ここで働いている何百人という人間の中で、俺だけが特別な光を放っている。世界は俺を中心に回っている。そう信じて疑わない日々が、これからも永遠に続くのだと、俺は微塵も疑っていなかった。


定時で仕事を終え、タワーマンションの自室に戻る。ネクタイを外し、ソファに深く腰掛けると、心地よい疲労感が体を包み込んだ。今日も完璧な一日だった。誰からも愛され、誰からも求められる、特別な存在としての俺。その事実を噛み締めていると、玄関のチャイムが控えめに鳴った。


モニターを確認すると、そこには見慣れた顔が映っていた。白石カナ。俺の幼馴染であり、物心ついた時からずっと俺のそばにいる女だ。


「開いてるよ」


インターホン越しにそう告げると、ガチャリとドアが開く音がして、控えめな足音とともにカナがリビングに入ってきた。


「こんばんは、翔。遅い時間に急にごめんね」

「別にいいよ。どうせ一人で暇してたし」


カナは地味なベージュのカーディガンに、膝下丈のスカートという、およそ華やかさとは無縁の服装をしていた。化粧も薄く、髪もただ後ろで一つに結んでいるだけ。俺と並んで歩けば、誰もが「なぜあんな完璧な男が、あんな地味な女と一緒にいるんだ?」と疑問に思うことだろう。


だが、俺にとってカナは必要な存在だった。彼女は俺の言うことを何でも聞き、俺のすべてを肯定してくれる。どんなに傲慢な態度を取っても、どんなに理不尽な要求をしても、彼女は決して逆らうことなく、静かに微笑んで俺を受け入れてくれるのだ。


「これ、よかったら。クッキー焼いたの」


カナは小さな紙袋をテーブルの上に置いた。ふんわりとバターの甘い香りが漂ってくる。


「へえ、また焼いたのか。お前、本当にそういう家庭的なことだけは得意だよな」

「うん……少しでも、翔の疲れが取れたらいいなと思って」


カナは少し伏し目がちにそう言った。その控えめな態度を見るたびに、俺は心の底から湧き上がってくる優越感を抑えきれなくなる。彼女は俺のことが好きで好きでたまらないのだ。だからこうして、俺に少しでも振り向いてもらおうと、必死に尽くしてくる。


子供の頃からずっとそうだった。勉強も運動も得意で、いつもクラスの中心にいた俺と、引っ込み思案で目立たなかったカナ。彼女にとって、俺は手の届かない憧れの存在であり、同時に自分を守ってくれるヒーローでもあったのだろう。俺が声をかけてやると、彼女はいつも嬉しそうに目を輝かせていた。


その関係性は、大人になった今でも全く変わっていない。いや、むしろ俺が社会に出てさらに輝きを増したことで、彼女の俺に対する劣等感と依存心はさらに深まっているはずだ。「私には翔しかいない」。彼女の態度の端々から、そんな声なき叫びが聞こえてくるような気がする。


俺はテーブルの上の紙袋からクッキーを一枚取り出し、無造作に口に放り込んだ。サクサクとした食感と、素朴な甘さが口の中に広がる。味は悪くない。だが、俺が本当に味わっているのは、クッキーの味ではなく、カナが俺のために時間と労力を費やしたという事実そのものだった。


「美味しいよ。まあ、市販の高級なやつには負けるけど、お前の手作りって考えたら悪くない」


俺はわざと少し上から目線で評価を下した。普通の女ならムッとするかもしれないが、カナなら違う。俺に評価されただけで、きっと天にも昇る気持ちになるはずだ。


「……そっか。よかった」


カナの反応は、俺が期待していたほど大きなものではなかった。ただ短くそう答えただけで、表情にはほとんど変化がない。昔なら「本当!? 嬉しい!」と満面の笑みを浮かべていたはずなのに。俺は僅かに眉をひそめたが、すぐに気を取り直した。


「しかし、お前も物好きだよな。俺みたいな多忙で完璧な男のために、わざわざこんなもの焼いて持ってくるなんて」

「……」

「でもまあ、安心しろよ。お前のその地道な努力は、俺がちゃんと認めてやってるから。僕に食べてもらえる君は幸せだね、本当に」


俺は心からの善意と、圧倒的な自信を持ってそう言い放った。これは俺なりの最大限の賛辞だ。お前のような地味で平凡な女が、俺のような特別な存在の生活の一部になれている。その奇跡に感謝しろよ、というメッセージを込めて。


カナはゆっくりと顔を上げ、俺の目を見た。その瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、冷たい氷のようなものがよぎった気がした。しかし、それはすぐにいつもの穏やかで、何を考えているのかわからない静かな表情に覆い隠されてしまった。


「……そうだね。私は、幸せなんだと思う」


カナの声は、どこか遠くで鳴っているような、感情の抜け落ちた平坦な響きを持っていた。俺はその奇妙な響きに気づくこともなく、「だろ?」と満足げに笑い返した。


「ほら、お茶でも淹れてくれよ。お前の淹れる紅茶、結構好きなんだよな」

「うん、わかった」


カナは静かに立ち上がり、キッチンへと向かった。彼女の後ろ姿を見つめながら、俺は再びソファに深く身を沈めた。


ああ、なんて気分がいいんだろう。外の世界では皆が俺を称賛し、家の中ではこの従順な幼馴染が俺に尽くしてくれる。俺は何も間違っていない。俺の周りにあるすべては、俺の価値を証明するために存在しているのだ。


キッチンから、お湯を沸かす微かな音が聞こえてくる。カナは俺のために、最高のタイミングで、最高に美味しい紅茶を淹れてくれるはずだ。だって、彼女の世界もまた、俺を中心に回っているのだから。


俺の言葉が彼女の心にどんな影を落としたのか。彼女の「そうだね」という言葉の裏に、どれほどの諦めと静かな決別が隠されていたのか。肥大化した自尊心と自己陶酔の海で心地よく泳いでいた俺が、それに気づくはずもなかった。


窓の外では、夜景が宝石箱のように輝いていた。俺の完璧な人生を祝福するようなその光を眺めながら、俺はクッキーをもう一枚、ゆっくりと口に運んだ。この甘美な全能感に満ちた日常が、もうすぐ音を立てて崩れ去ることなど、微塵も想像すらしていなかった。

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