婚約破棄された悪役令嬢ですが、市場でコロッケ揚げてたら騎士団長に求婚されました
シャンデリアの輝きが、今は凶器のように目に刺さる。
王立学院の卒業記念パーティー。本来なら、私の人生で最も輝かしい夜になるはずだった。
「エレノラ・ローズウッド! 前に出ろ!」
広間の中心、婚約者であるエドワード王子の怒声が響く。
隣には、か弱い小動物のように震える男爵令嬢……この世界の「ヒロイン」、マリアが彼の腕にすがっていた。
周囲を囲む貴族たちの視線は、憐れみよりも、娯楽を見るような冷酷な好奇心に満ちている。
「お前がマリアに働いた数々の嫌がらせ、証拠は揃っている。教科書を破り、階段から突き落とし、さらには暗殺者まで差し向けたそうだな?」
(……は? 暗殺者?)
覚えがない。
確かに私は彼女に「マナーがなっていない」と厳しく注意はした。
ローズウッド公爵家の令嬢として、王妃教育を受けてきた身として、相応しくない振る舞いを見過ごせなかったからだ。
けれど、暗殺? そんな高価でリスクのあるもの、私のお小遣いじゃ発注できないわよ。
「言い訳もなしか。……底意地の悪い女だ。貴様のような毒婦、我が国の王妃にするわけにはいかない!」
エドワード王子は、まるで汚物を見るような目で私を指差した。
「今この場をもって婚約を破棄する! さらにローズウッド公爵家もお前を廃嫡とした。貴族籍を剥奪し、この王都から追放だ! 平民として、泥水でもすすりながら己の罪を悔いるがいい!」
一瞬、思考が止まった。 廃嫡。追放。平民落ち。
それは、私がこれまで積み上げてきた努力、矜持、そして「エレノラ」としての存在価値がすべて否定されたことを意味していた。
衛兵に両脇を掴まれ、引きずられるようにして夜会会場を出される。
高価なシルクのドレスは階段に擦れて無残に破れ、宝石を散りばめた髪飾りがポロポロと床に落ちていく。けれど、誰もそれを拾ってはくれない。
「さあ、行け! 二度とこの門をくぐるなよ!」
ドサッ、という鈍い音。 城門の外、石畳の路地に私は放り出された。
運悪く、空からは冷たい雨が降り始めていた。
「うっ……、くっ……」
膝をついた場所は、水溜まりだった。
泥と馬車の車輪が跳ね上げた汚水が、純白だったドレスをどす黒く染めていく。
冷たい。痛い。惨めだ。 視界が涙で歪み、震えが止まらない。
(どうして? 私はただ、正しくあろうとしただけなのに……)
その時だった。 滑った拍子に、後頭部を強く石畳に打ち付けた。
——パキンッ。
脳内で、何かが弾ける音がした。 直後、色彩の洪水が押し寄せる。
「特売の卵、死守しなきゃ……!」 「部長の説教なげーよ、帰ってビール飲みてぇ……」 「あ、あのトラック、こっちに来る——」
溢れ出すのは、この世界のものではない記憶。
満員電車、深夜のコンビニ、1Kのアパート、そして
……「乙女ゲーム」の攻略画面。
「あ……れ……?」
私は、泥水の中に座り込んだまま、ポカンと口を開けた。
数秒前まで死にたいほど絶望していたはずなのに、今は別の感情が胸を支配している。
「私……佐藤花子じゃん。30歳、独身、事務職。……あ、そっか。死んだんだ、私。卵守って」
不思議なほど、スッと頭が冷えていくのがわかった。 今の状況を「佐藤花子」の視点で整理してみる。
今の私は、乙女ゲームの悪役令嬢・エレノラ。
シナリオ通り、婚約破棄されて追放された。
つまり……「もう、あのクソったれな王妃教育を受けなくていい」。
「…………えっ、最高じゃない?」
思わず独り言が漏れた。
考えてもみてほしい。
朝5時に起きてコルセットで胃を締め上げ、1日10時間、歴史だの語学だの、興味もない帝王学を叩き込まれる日々。
隣で鼻をほじっていても許される王子を立て、自分は一歩下がって微笑み続ける、苦行のようなお茶会。 ミスをすれば家庭教師に扇子で手を叩かれ、食事の作法一つで一晩中説教。
「……ブラック企業。いや、それ以上の奴隷労働だったわ……」
私は手のひらで泥を拭い、立ち上がった。 ドレスはボロボロ。
一文無し。雨でびしょ濡れ。
普通なら絶望するシチュエーションだ。
けれど、前世で「給料日前の一週間をモヤシだけで乗り切る」というサバイバルを幾度となく経験してきた私にとって、この状況は「ちょっとハードな連休初日」くらいの感覚だった。
ふと、自分の手を見る。
泥に汚れているけれど、白くて細い、綺麗な手。
貴族時代は「汚してはいけないもの」だったこの手が、今は自分の自由になる。
「泥水の味……絶望の味だと思ってたけど」
私は、唇についた雨水をペロッと舐めてみた。 空腹のせいか、あるいは自由の味か。
「意外と、苦くないわね」
むしろ、清々しいくらいだ。
だって私は、今日から誰のものでもない。
ただの「私」として生きていけるのだから。
「さてと……まずは雨宿りできる場所と、明日の朝ごはんを確保しなきゃ。佐藤花子の『100円節約術』、異世界でどこまで通用するか見ものね!」
私は、破れたドレスの裾を思い切り引きちぎり、動きやすい長さに調整した。
お淑やかな令嬢の歩き方はもういらない。
私は力強く、雨の夜の街へと踏み出した。
背後にある煌びやかな城を、一度も振り返ることなく。
※
「……さっむ……。これ、笑えないレベルで寒いんだけど」
夜の王都。雨足は強まり、気温はどんどん下がっていく。
さっきまで「自由だー!」と叫んでいた私(佐藤花子・魂の状態)も、現実の寒さには勝てません。
今の私は、栄養不足で線の細い18歳の少女、エレノラ。放っておけば普通に低体温症でアウトです。
「泣いてる暇があったら、宿を探さなきゃ。でも一文無し……。公園のベンチは雨ざらしだし、橋の下は先客(ガラの悪いお兄さんたち)がいそうね」
私は震える手で、石畳に落ちていた「布の切れ端」を拾いました。
さっき衛兵に引きずられた時に破れた、私のドレスの一部です。
最高級のシルク。……これ、捨てたらもったいないわよね?
私はその切れ端をマフラー代わりに首に巻き、さらにスカートの裾を膝丈まで引きちぎりました。
「このフリル、後で何かに使えるわ……。あ、このレースは紐として使えるし」 前世で100均グッズを駆使して収納棚を作っていたDIY精神が、過酷な状況で火を吹きます。
※
辿り着いたのは、下町の外れにある小さな教会でした。
本当は中に入って祈るフリでもしたかったのですが、泥まみれの「元・令嬢」が入れば、警備兵を呼ばれるのがオチです。
私は教会の裏手、薪が積み上げられた軒下を見つけました。
「よし、ここなら雨は凌げる。しかも薪の隙間は風よけになる!」
私は積み上げられた薪の間に、まるで猫のように潜り込みました。
お腹が空きすぎて、胃が「何か入れろ」とデモを起こしています。
「……落ち着け、私。前世では、仕事が忙しすぎて24時間断食なんてザラだったじゃない。それに比べれば……いや、やっぱりお腹空いた!」
私は泥水がついたドレスのポケットを探りました。
……すると、奇跡が。
「あ……! これ、お茶会の時に隠し持ってた……!」
出てきたのは、ハンカチに包まれた、カチカチに乾燥したスコーンの食べ残し。
本当は「後でこっそり食べよう」と思っていた、行儀の悪いエレノラ時代の副産物です。
今の私にとっては、高級フルコースより輝いて見えました。
「……美味しい……。ありがとう、過去の私。君の食い意地が、今の私を救ったわ」
半分だけ食べて、残りは明日の朝に。
私は自分を抱きしめるようにして、薪の匂いに包まれながら、泥のように眠りにつきました。
※
翌朝、目を覚ましたエレノア。
「……あいたたた。でも、これでいいわ。あの息の詰まる公爵邸より、この泥水の中のほうがよっぽど空気が美味しいもの」
私はボロボロになったドレスを引きちぎり、動きやすい丈に調整しました。
手元にあるのは、ドレスのポケットに忍び込ませていた「カチカチのスコーン半分」のみ。
家なし、金なし、人脈なし。
あるのは、前世で培った「どんな苦境もモヤシと知恵で乗り切る」不屈の根性だけでした。
空腹で目が回る中、私は市場の裏手で荷運びの親方・ガンに直談判しました。
「なんでもやります! 働かせてください!」
「ハッ、小娘が。じゃあ、あそこのヘドロまみれの樽を全部洗え。終わったら銅貨1枚(500円相当)やる」
数時間、冷たい水と格闘し、砂を研磨剤代わりにして樽を磨き上げました。
終わった頃には指先はふやけ、腰は悲鳴をあげていましたが、私の手には人生で初めて自分の力で稼いだ銅貨1枚が握られていました。
「ほら、その芽が出かかったシワシワのジャガイモ3個も持ってけ、厄介払いだ!」
投げ捨てられたジャガイモを、私は宝物のように拾い上げました。
「おじさん、ありがとう。……この500円とジャガイモで、世界を変えてみせるわ」
私は佐藤花子の知識をフル回転させました。
まず、ゴミ捨て場から「底に穴の開いた古い鍋」を回収。
生活魔法の『土操作』で穴を塞ぎます。
次に、肉屋の裏で捨てられていた「牛脂の塊」をタダでもらいました。
これを熱すれば、最高にコクのある揚げ油になります。
手元の銅貨1枚(500円)の使い道は慎重に決めました。
「パン1個(250円)」と「乾燥ハーブ&塩(250円)」。
今夜の夕食はパン半分だけ。残りの資源はすべて「投資」に回します。
教会の裏、薪の残り火を借りて調理開始。
シワシワのジャガイモを茹でて潰し、クズ肉の脂身を混ぜ、ハーブで香りを整える。
パンの端っこを削って粉にし、牛脂でじっくりと揚げる……。
夜の闇に、暴力的なまでに芳醇な「黄金の匂い」が立ち込めました。
翌朝、私は昨日のお礼と称して、ガン親方に「指先サイズのミニ・コロッケ」を差し出しました。
「親方、これ食べてみて。毒なんて入ってないから!」
半信半疑で口にしたガンの顔が、一瞬で変わりました。
「……ッ!? なんだこれ、外はサクサクで、中は芋の甘みが爆発しやがる……!」
「おい、お前らも食ってみろ!」というガンの叫びで、市場の男たちが集まってきました。
私は用意した20個ほどのミニ・コロッケを、惜しみなく配り歩きました。
「はいどうぞ! 揚げたてだよ!」
「うまっ!」
「お嬢ちゃん、これ売り物はないのか!?」
「あるわよ! でも……ごめんね。今日は材料がなくて、大きいのは『3個』しか作れなかったの」
「……3個だぁ!?」 市場に戦慄が走りました。
試食で完全に胃袋を掴まれた屈強な男たちが、3個のコロッケを巡って殺気立ちます。
「俺が買う! 銅貨1枚だ!」
「いや俺だ!」
「俺は昨日から何も食ってねぇ!」
「喧嘩はダメ! 今日は、一番に声をかけてくれた人と、昨日仕事(樽洗い)をくれた親方、それからそこの一番お腹を空かせてそうなガリガリのお兄ちゃん! この3人に売るわ!」
選ばれなかった男たちの悲鳴を背に、選ばれた3人は震える手で銅貨を差し出しました。
売上は銅貨3枚(1,500円)。
元手の500円が、一瞬で3倍に化けたのです。
「お嬢ちゃん、明日は!? 明日はもっと作ってこれるのか!?」
「約束するわ。明日はなんとか20個は用意する。だからみんな、今日もしっかり働いて、明日またここに来て!」
その日の午後、私は市場で堂々と胸を張ってジャガイモ1袋を仕入れました。
穴あき鍋はまだ現役だけど、私の心はもう「泥をすすれ」と言われたあの夜の令嬢ではありません。
「見てなさいよ、エドワード……。あなたが捨てたこの女が、この街で一番『美味しい』女になってみせるんだから」
手元に残った銅貨を握りしめ、私は夕暮れの街を歩き出しました。
明日への軍資金と、自分への自信を胸に。
※
「限定3個」の争奪戦から数日。
私のコロッケの評判は、荷運び人たちの口コミであっという間に広がっていました。
「お嬢ちゃん、今日は5個くれ! 家の女房と子供にも食わせてやりたいんだ」
「私は3個。冷めても美味しいって、隣の奥様方の間で噂なのよ」
買いに来るのは、汗臭いおじさんたちだけではありません。
家事に忙しい主婦、小銭を握りしめた子供たち、さらには身なりの良い商人の姿まで。
私は毎日30個、50個と数を増やしましたが、それでもお昼前には完売御礼。
「あー……。嬉しいけど、地面に置いた木箱一つじゃ、もう限界ね……」
腰をさすりながら独り言をこぼした、その時でした。
「おい、エレン。……そんな格好でいつまでも商売してんじゃねぇ」
声をかけてきたのは、いつものガン親方……ではなく、市場の隅でガラクタ屋を営む偏屈な老人、ヨハンでした。
彼は指を差しました。店の裏にある、雨ざらしで埃を被った「何か」を。
「あれを、持っていけ。どうせもうすぐ捨てる予定のゴミだ」
そこにあったのは、車輪の一つが外れ、屋根の布はボロボロ、棚板は腐りかけの……かつては「屋台」だったであろう残骸でした。
「ヨハンさん、これ、いいんですか……?」
「ゴミに金は取らねぇ。だがな、お前のコロッケを食ったやつが腹を壊したなんて聞きたくねぇからな。もっとマシな場所で調理しろ」
ぶっきらぼうな言い方だけど、それが彼なりのエールだとわかりました。
私は深々と頭を下げました。
「ありがとう、ヨハンさん! 私、これ、最高の屋台にしてみせるわ!」
さあ、ここからが「佐藤花子(30歳・趣味はホムセン巡り)」の本領発揮です。
私は貯まった銅貨を持って、大工道具屋へ走りました。
中古のトンカチと鋸: 銅貨2枚(1,000円)
錆びた釘の詰め合わせ: 銅貨半分(250円)
ヤスリと防腐用の端材: 銅貨半分(250円)
「生活魔法……発動! 『サンダー』!」
私は本来、宝石の埃を払うための微弱な生活魔法を、木の表面を滑らかにする「電動サンダー」代わりに使いました。
腐った板を鋸で切り落とし、拾ってきた丈夫な端材を打ち付ける。
外れた車輪の軸には、肉屋からもらったラード(脂)を塗り込んで滑りを良くする。
仕上げは、破れた屋根布の代わりに、例の「引きちぎった高級シルクのドレス」の一部をパッチワークのように縫い合わせました。
「ふふ、公爵家の最高級シルクが、屋台の屋根になるなんて。贅沢なDIYね!」
翌朝。 市場に現れたのは、昨日までの「木箱を抱えた少女」ではありませんでした。
カチ、カチ……と小気味良い車輪の音を立てて現れたのは、 清潔に磨き上げられ、温かみのある木の色をした、「エレン特製・コロッケ専用移動屋台」。
棚には揚げたてのコロッケが整然と並び、シルクの屋根が朝日に輝いています。
看板には、焦がし文字でこう書きました。
『黄金コロッケの店・エレン』
「なっ……なんだありゃ!? あのボロが、一晩で新品みてぇになってやがる!」
「お嬢ちゃん、魔法使いか!?」
驚く人々に、私は最高に明るい笑顔を向けました。
「いらっしゃい! 今日からは、この屋台でもっとたくさん作るからね! 揚げたてだよ!」
その日は、昨日までの倍、100個のコロッケが瞬く間に売れていきました。
※
ですが、屋台を手に入れた私は、現状に満足していませんでした。
「普通のコロッケはもう安定したわ。でも、もっと中毒性を高めるには……『味変』が必要ね!」
私は貯まった銅貨を握りしめ、市場の隅にある「得体の知れない豆」を売っている露店へ向かいました。
「これ、大豆に似てる……。よし、生活魔法の『発酵促進』を使って、即席の味噌を作っちゃおう!」
さらに、観賞用として売られていた真っ赤な「毒の実」こと、トマトによく似た『魔赤果』。
「これ、毒じゃないわよ。リコピンたっぷりのトマトじゃない! みんな食べ方を知らないだけね」
こうして、エレンの屋台には三つの看板メニューが並びました。
【黄金の定番】:牛脂のコクとハーブ塩。
【情熱の赤(トマト味)】:魔赤果の酸味とチーズ(これも自作)がとろけるイタリアン風。
【禁断の黒(味噌味)】:豆の発酵ペーストと砂糖を煮詰めた、甘辛い和風の衝撃。
翌朝。屋台から漂うのは、これまでの王都には存在しなかった、食欲をダイレクトに刺激する「甘辛い味噌の焦げる匂い」と「トマトの爽やかな香り」。
「おいおい、今日のはまた一段とヤバイ匂いがするぞ!」
「なんだその『黒いソース』は!? 泥か?」
「泥なわけないでしょ! 食べてみて、世界が変わるから!」
市場の男たちが、新しい味を求めて押し寄せます。
「トマト味、女性に人気が出そうね!」
「味噌味はビール、じゃなくてエールに最高!」 男たちが我先にとコロッケを頬張り、
「うおおお!」と雄叫びを上げる姿は、もはや市場の名物でした。
そんな喧騒の中。 不自然なほど、スッと人波が割れました。
現れたのは、夜の闇を纏ったような黒い甲冑。腰には伝説級の魔剣。
王都最強の武力であり、恐怖の象徴。
騎士団長アルリック・ヴァレンタインでした。
(……え、何? あの凄まじい威圧感。もしかして、無許可営業で捕まる!?)
私はビクつきながらも、商売人の笑顔を貼り付けました。
「い、いらっしゃいませ! お騎士様、本日は完売間近ですが、何になさいますか?」
アルリック様は無言で、じっと屋台を見つめています。
その鋭い眼光は、まるで獲物を狙う鷹のよう。
……ですが、よく見ると、彼の鼻腔はピクピクと「味噌の匂い」に反応していました。
「……その、黒いものを塗ったやつを、一つ」
「はい、味噌味ですね! 銅貨2枚になります!」
私は、揚げたてのコロッケにたっぷり味噌ダレを塗り、木の葉に包んで差し出しました。
アルリック様はそれを大きな手で受け取ると、躊躇なくガブリと食らいつきました。
周囲の客が「あんな恐ろしいお方に泥(味噌)を食わせるなんて!」と息を呑みます。
「…………っ!!」
一瞬、アルリック様の身体がビクンと跳ねました。
サクッとした衣の中から溢れる、ジャガイモの甘み。
そして、経験したことのない「発酵した豆の旨味とコク」が、彼の脳を直撃します。
「……これ、は……」
「お口に合いましたか?」
アルリック様は、ゆっくりと顔を上げました。
その瞳には、先ほどまでの威圧感はなく、代わりに「感動」と「戸惑い」が混ざり合っています。
「……私は、今まで何を食べていたんだ。これに比べれば、王宮の晩餐など砂を噛むようなものだ」
「言い過ぎですよ(笑)。お代、いただきますね!」
アルリック様は、震える手で銀貨(! )を差し出そうとしましたが、私はそれを手で制しました。
「ダメですよ、お騎士様。うちは一律、銅貨2枚。お釣りがないなら、あっちでパンでも買って崩してきてください!」
最強の騎士団長に向かって「小銭を作ってこい」と言い放つ平民の娘。
周囲が凍りつく中、アルリック様はポカンとした後、ふっと口角を上げました。
「……明日も来る。その時は、トマトというやつも用意しておけ」
「はいはい、毎度あり! 明日は売り切れる前に来てくださいね!」
背を向けて去っていく騎士団長の背中を見ながら、私は確信しました。
「よし、大物ゲットね!」
※
屋台の売り上げが安定し、手元の銅貨が「銀貨」に変わり始めた頃。
私はついに、市場の裏にある古いアパート……というより、石造りの小さな「長屋の一室」を借りることにしました。
「あぁ……壁がある。屋根がある。地面じゃない場所で寝られるなんて……!」
ベッドといっても藁を詰めただけの固いもの。
でも、屋台の陰で震えながら寝ていた昨日に比べれば、ここは王宮のスイートルームです。
何より嬉しいのは、小さな「石造りのカマド」が付いていることでした。
私はさっそく、市場で「一番質のいい小麦粉」と、安売りされていた「傷みかけのリンゴ」を買ってきました。
「オーブンはまだ買えないけど、このカマドがあれば……前世で憧れた『自家製天然酵母』が作れるはず!」
リンゴを刻んで瓶に入れ、砂糖と水を足して数日。
生活魔法の『サーモ』を使って、発酵に最適な温度をじっくり保ちます。
「プクプク……って、生きてるみたいで可愛いわね」
瓶の中から小さな泡が立ち上がり、芳醇な香りが漂い始めた時。
それは、この異世界には存在しない、フルーティーで力強い「魔法の種」の完成でした。
ところが、問題が発生しました。
この部屋のカマドは、煮炊き用。
パンをふっくら焼き上げるための「オーブン」のような密閉機能がありません。
「うーん、これじゃあふっくらした食パンは焼けないわね……。
……あ! オーブンがないなら、直火で焼ける『ナン』にすればいいんだわ!」
私は小麦粉に自家製酵母と少量の塩、そして(内緒でもらった)ミルクを混ぜて練り上げました。
生地を薄く伸ばし、カマドの熱い石壁にペタッと貼り付ける……。
じゅわぁ……っ。 香ばしい小麦の匂いが部屋中に広がります。
ぷくーっと膨らむ生地。表面についた絶妙な焦げ目。
「これよ! 外はパリッと、中はもっちもち。これに昨日の『味噌コロッケ』を挟んだら……」
想像しただけで、ヨダレが出そうです。
翌朝。屋台から漂うのは、コロッケの油の匂いだけではありませんでした。
焼きたての、香ばしく甘い「パンの匂い」です。
「……エレン。また新しいことを始めたのか」
一番乗りは、やはりこの男。アルリック騎士団長でした。
彼は今日、部下を数人引き連れてやってきましたが、その目は屋台の上に置かれた「白くて大きな生地」に釘付けです。
「これは『ナン』っていうの。私の自家製酵母で膨らませた自信作! 今日はこのナンでコロッケを包んだ『コロッケ・ナン・サンド』が目玉よ!」
「……包む、だと?」
アルリック様は、そのサンドを一口。
もちもちの生地が、濃厚な味噌ダレを吸い込み、サクサクのコロッケと完璧に調和しています。
「……っ!! なんだこの食感は……! 噛むたびに小麦の甘みが溢れ出す。それに、この生地がコロッケの旨味をすべて逃さず受け止めている……!」
「団長、一口ください!」
「ダメだ、これは俺のだ!」 後ろで部下たちが騒ぎ出すほどの美味しさ。
「エレン。お前は……ただの屋台娘ではないな。この『膨らむ魔法の粉(酵母)』、宮廷のパン職人ですら知らぬ技術だぞ」
「ふふ、秘密よ。……でも、屋根のある場所でゆっくり寝られるようになったから、こんな工夫もできるようになったの」
私が笑って答えると、アルリック様は少しだけ寂しそうな、でも安心したような顔で呟きました。
「……そうか。屋根があるのか。……ならば、夜中に屋台の影をパトロール(※エレンを心配してこっそり見回っていた)する必要もなくなるな」
「えっ? 今、なんて言いました?」
「……いや、なんでもない。明日も、その『ナン』というやつを一つ、取り置いておけ」
赤くなる耳を隠すように去っていく騎士団長。
私は、新しく手に入れた「自分の家」の鍵をポケットの上からぎゅっと握りしめました。
平民に落ちて、どん底から這い上がって。 私の「美味しい革命」は、ようやく始まったばかりです。
※
エレンの屋台『黄金コロッケの店・エレン』は、今や市場の名物となっていました。
ナンに挟んだコロッケサンドは飛ぶように売れ、限定の味噌味やトマト味は開店前から行列ができるほどです。
そんなある日。 市場の一角に、場違いな馬車の列が現れました。
馬車から降りてきたのは、派手な衣装を身につけた男……かつての婚約者、エドワード王子でした。
「フン。下賤な市場など、本当に来るに値しない。だが、私の領地の財政が逼迫しているという報告を受け、視察に来てやったのだ」
(……やっぱり。私が抜けたせいで、財務がガタガタになってるのね。ざまぁ!)
私は屋台の陰で、王子一行が通り過ぎるのをやり過ごそうとしました。
しかし、向こうから漂う「ナンとコロッケ」の香ばしい匂いが、王子の鼻をくすぐったのです。
「……ん? なんだこの妙に食欲をそそる匂いは。下町の店にしては珍しいな」
王子は匂いを辿り、私の屋台の前でピタリと足を止めました。 その隣には、相変わらず弱々しく寄り添う聖女マリアの姿。
「……おや? この屋台の娘、見覚えがあるな」
「いらっしゃいませ! 本日はナンサンドが好評ですよ!」
私が笑顔で声をかけると、エドワード王子は眉をひそめました。
そして、私の顔をまじまじと見つめ、ゆっくりと、確信に満ちた声で呟きました。
「……エレノラ……だと? 貴様、こんな場所で、まさか……『商売』などという卑しい真似をしているのか!?」
王子の言葉に、周囲の賑わいがフッと静まり返りました。
市場の人々の視線が、一斉にエドワード王子と私に集まります。
「まさか、王宮を追放された身で、こんな下賤な仕事をしているとはな! 恥を知れ! ローズウッド公爵家の名を地に落とすつもりか!」
「エレノラ様……。私たちが許してあげたのに、どうしてまたこのような……」
マリアが潤んだ瞳でそう言った瞬間、私は揚げ物のトングをピシャリと鳴らしました。
「ちょっと待ちなさい、マリア様。『許した』って、どの件を言っているのかしら?」
「えっ……?」
「婚約破棄して、実家からも縁を切らせて、一文無しで雨の夜に放り出したこと? それとも、私がやってもいない罪を捏造して追い出したこと? もしそれがあなたの言う『許し』なら、随分と高くつく慈悲ですこと。……残念ながら、私はあの日、あなたたちに許されたんじゃなくて、あなたたちを見限ったのよ」
「な、なんですって……!」
「今の私は、自分の腕一本で、誰にも媚びずにパンを焼き、コロッケを揚げて生きてるわ。王宮の冷え切った食事より、ここの揚げたての方が百倍価値がある。……用がないなら、行列の邪魔よ。帰ってくださる?」
マリア聖女も、悲しそうな顔で私を見下ろします。
昨日まで、私のコロッケを食べて「美味い!」と笑顔を見せていた人々が、今は心配そうに私を見つめています。
「おい、王子様だか何だか知らねぇが、テメェ、何様のつもりだ!?」
一番に声を荒げたのは、ガン親方でした。
彼の背後には、市場の荷運び人たちが棍棒や木箱を手に集まってきています。
「この娘は、毎日真っ当に働いて、みんなを笑顔にしてくれてるんだ! 『卑しい』だと? テメェらが王宮で何もしねぇでフンぞり返ってる間に、この娘は泥水から這い上がってきたんだぞ!」
「そうだ! エレンちゃんのコロッケは、王宮のどんな料理より美味い!」
市場の人々が、エドワード王子とマリア聖女を取り囲むように前に出ました。
彼らの怒りの声に、王子一行は顔色を失っていきます。
「な、なんだ貴様ら! 王族に逆らうか!?」
その時でした。
市場の騒ぎを聞きつけ、一人の男が駆けつけました。
黒い甲冑が陽光を反射し、その威圧的な存在感に、市場の喧騒が一瞬で鎮まります。
「――これは一体、何の騒ぎだ。殿下、このような場所で大声を出すのは、いかがなものか」
アルリック・ヴァレンタイン騎士団長。
彼は冷静な声でそう言い放つと、私の屋台の前に立ち、まるで壁のように私と王子たちの間に立ちはだかりました。
「ア、アルリック卿!? なぜこのような場所に……!」
「殿下。この屋台の娘は、私の……大切な友だ。これ以上、彼女とその商売を侮辱するなら、私と騎士団が黙ってはいない」
そう言って、アルリック様は私の方を向いた。 ――その瞬間。
彼の左目のまぶたが、ピクッ……!!と痙攣するように激しく閉じられた。
(……今、『友』って言った? それとウィンク……? もしかしてウィンクのつもりかしら……)
アルリック様の冷徹な眼差しと、背後に控える市場の人々の殺気に、エドワード王子はついに震えだしました。
「くっ……覚えておれ、エレノラ! 貴様のような女は、いずれまた泥をすすることになるだろう!」
王子はそう言い残すと、聖女マリアを連れて、一目散に馬車に乗り込み、市場を後にしました。
彼らの姿が見えなくなると、市場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれました。
「エレンちゃん、やったな!」
「騎士団長様、ありがとう!」
「アルリック様……ありがとうございます」 私は、屋台の影でそっと彼に感謝を伝えました。
彼はいつものように、私の屋台から味噌味のコロッケナンサンドを一つ手に取りました。
「礼などいらぬ。……それより、殿下の馬車が遠ざかる前に、これだけは言っておこう」
アルリック様はコロッケにかぶりつきながら、満足げに言いました。
「殿下が『卑しい』と嘲笑ったお前の料理は、王宮のどんな晩餐よりも、この街の民を幸福にしている。……そして、この俺の胃袋も、だ」
「ふふ、でしょ? これが、私の『誇り』なのよ」
私は、アルリック様と、そして市場の活気ある人々を見渡しました。
かつては「泥をすすって生きろ」と言われた私。
今、私の手にあるのは、たった一枚の銀貨よりも確かな、多くの人々の笑顔と、温かな絆でした。 卑しい? ふざけないで。
これは、私が命を懸けて掴んだ、最高の幸福なのだから。
※
市場の屋台が一段落し、私が長屋に戻って明日の酵母の仕込みをしていた時のことです。 バタン! と乱暴にドアが開け放たれました。
「エレノラ様! 大変なんです、お話を聞いてください!」
現れたのは、フリルまみれのドレスを泥で汚しながら、悲劇のヒロインのような顔をしたマリアでした。……護衛の騎士も連れずに一人で来るなんて、ある意味すごい度胸ね。
「……マリア様? ここ、私の家なんですけど。不法侵入って知ってます?」
「そんなこと言っている場合じゃありません! 王妃教育が、あんなに厳しいなんて聞いていませんでした。歴史にマナーに語学……家庭教師の先生は怖いし、エドワード様は『君ならできる』と笑うだけで助けてくれませんし……」
マリアは私の質素な机に突っ伏して泣き始めました。 私は冷めた目で彼女を見つめながら、ちょうど焼き上がったばかりの『自家製酵母のナン』に、揚げたての『味噌コロッケ』を挟み、彩りにキャベツの酢漬けを添えた特製サンドを完成させました。
「そこで考えたんです! あなた、平民落ちしてこんなに苦労しているのでしょう? だから、私たちがあなたの待遇を良くしてあげます」
マリアは顔を上げ、さも「良いことを思いついた」と言わんばかりの満面の笑みを浮かべました。
「王宮に戻って、私の『筆頭補佐』になりなさい! 実質的な書類仕事や折衝はあなたがやって、私は聖女としての公務に専念する……。これならあなたも屋根のある生活ができるし、私も助かる。まさに名案だと思いませんか!?」
(……はぁ? つまり『責任と仕事は全部お前に押し付けるけど、私は聖女としてチヤホヤされたいから手伝え』ってこと?)
絶句する私を、彼女は「感謝される」と信じて疑わない瞳で見つめています。 ……佐藤花子の堪忍袋の緒が、音を立ててブチ切れました。
「……ねぇ、マリア様。あなた、お腹空いてるでしょ?」
「え? ええ、そういえば朝からお説教続きで何も……」
「じゃあ、これ食べなさい。黙って」
私は、味噌ダレがたっぷりかかった、ずっしり重い「コロッケナンサンド」を、彼女が開いた口の中にグイッ!と押し込みました。
「もがっ!? んぐっ、ふぉあ……っ!?」
マリアの小さな口が、もちもちのナンとサクサクのコロッケで完全に塞がれました。
彼女は目を白黒させていますが、あまりの美味しさに、吐き出すこともできずに必死に咀嚼し始めます。
「サクサクでしょ? 味噌のコクがすごいでしょ? ナンはもちもちでしょ? ……これね、私が一から育てた酵母と、市場の仲間が安く売ってくれた最高級のジャガイモで作ったのよ」
「んぐ、んぐ……ふ、ふいひい(美味しい)……」
「そう、美味しいわよね。でもね、その味の中には私の『自由』と『誇り』が詰まってるの」
私は、食べ終えてポカンとしているマリアの目をまっすぐに見据えました。
「お断りよ。私は今、自分の力で生活費を稼いで、好きな料理を作って、市場のみんなと笑って暮らしてる。それが、どれだけ楽しくて幸せか、あなたには一生わからないでしょうね。王宮の冷え切った書類の山なんて、二度と御免だわ」
「で、でも……平民なんて、明日をも知れぬ……」
「明日も知れないから、今日を全力で生きてるのよ! さあ、食べたら帰りなさい。次の仕込みの邪魔だわ」
「そ、そんなぁ……エレノラ様ぁ……!」
マリアはナンの美味しさへの感動と、断られたショックで、ふらふらしながら長屋を出ていきました。
ドアが閉まった直後。 窓の外から、コンコン、と控えめなノック音がしました。
「……追い返したか。」
窓を開けると、そこには黒い甲冑を脱ぎ、ラフな私服姿のアルリック様が立っていました。
「アルリック様!? もしかして、ずっとドアの前にいらっしゃいました?」
「……不審者がお前の部屋に入っていくのが見えたからな。何かあれば斬り込むつもりだった。……ところで、俺の分のナンはあるか?」
「……もう、ちゃっかりしてるんだから! はい、これ、特別にチーズ多めにしておきましたよ」
「……感謝する」
月明かりの下、窓越しに並んでナンサンドを頬張る私たち。
王宮のど真ん中、コルセットを締め上げて食べていた豪華な食事よりも、この質素な窓辺で食べる自作のナンのほうが、ずっと、ずっと心が満たされるのでした。
※
その日の市場は、朝から異様な熱気に包まれていました。
「おい、アルリックの旦那が来るぞ!」
「準備はいいか!?」
私の屋台の前を、ガン親方がニヤニヤしながら通り過ぎ、八百屋のヨハンさんはなぜか「お祝い用」の最高級のリンゴを黙って置いていきました。
「みんな、どうしたの? 今日はコロッケ1.5倍速で揚げなきゃいけない日?」
私が首を傾げていると、カシャン、カシャン……と、いつもより一段と磨き上げられた黒鉄の甲冑の音が響きました。
現れたのは、アルリック様。……ですが、今日の彼はどこか様子が違います。
顔が、茹でたてのジャガイモより赤いのです。
アルリック様は屋台の前に立つと、いつものようにコロッケを注文する代わりに、懐から一通の羊皮紙……ではなく、「小さなベルベットの箱」を取り出しました。
「……エレン。今日は、お前に伝えなければならないことがある」
市場の喧騒が、魔法のように静まり返りました。
荷運び人も、主婦も、子供たちも、みんなが固唾を呑んで見守っています。
「俺は騎士だ。家柄も、地位も、剣の腕もある。……だが、それらはすべて、お前が一人で泥の中から作り上げたこの『屋台』の温もりには敵わない」
アルリック様は、衆人環視の中、あの大柄な体を折り曲げて、私の前に片膝を突きました。
「お前が焼くパンを、一生食べたい。お前が揚げるコロッケの匂いで、毎日目覚めたい。……お前の『自由』を奪うつもりはない。ただ、その自由の中に、俺という居場所を付け加えてはくれないか?」
「アルリック様……」
周りからは「行けー!」「エレンちゃん、受け取れ!」と野次と声援が飛び交います。
私は、油で汚れたエプロンを少し恥ずかしく思いながらも、自分の手を見つめました。
泥を払い、豆を潰し、ナンをこねて、自分の力で掴んだこの手。
「アルリック様。私、公爵令嬢には戻れませんよ? 朝は早いし、手はジャガイモの匂いがするし……。それに、王宮のダンスより、カマドの火加減を見るほうが得意なんです」
「……構わん。むしろ、その匂いこそが俺の平穏だ」
「……ふふ。じゃあ、条件があります」
私は屋台のカウンター越しに身を乗り出し、彼の耳元で囁きました。
「結婚しても、屋台は続けます。それから、新作の『試食』は、絶対にアルリック様が一番。……これで、いいですか?」
アルリック様は、顔中をパッと輝かせると、私の手を力強く握りしめました。
「……あぁ。それ以上の幸せはない!」
「やったあああ!」
「おめでとう!」
市場中に大歓声が響き渡ります。
アルリック様は、震える手で(今度は完璧な!)ウィンク……はやっぱり出来なくて、結局両目をぎゅっと瞑って、照れ隠しに私の作ったナンサンドを一口頬張りました。
「……エレン。やはり、お前の作るメシが世界で一番美味い」
「知ってます。……愛を込めて揚げてますから!」
【エピローグ】
アルリック様は実は名門侯爵家の四男坊。
「家督は兄たちが継ぐ。俺は俺の道を行く」と言い切り、長年コツコツ貯めた騎士団の給料(と、戦功でもらった多額の報奨金)で、彼は市場からほど近い高台に、どっしりとした一軒家を建てました。
「エレン。ここが、俺たちの城だ」
そこには、エレンが泣いて喜ぶような「最新式の巨大オーブン」と、市場の仲間がいつでも遊びに来られるような「大きなダイニングテーブル」がありました。
そして、市場のあの場所には、かつてのボロ屋台ではなく、立派な石造りの実店舗が構えられました。 看板には、エレンが描いた「黄金色のジャガイモ」の紋章。
「いらっしゃい! 騎士団長監修、超絶厚切りコロッケ・ナンサンドだよ!」
非番の日、アルリック様は家柄も階級もかなぐり捨てて、特注の巨大エプロンを締め、店先でジャガイモの皮を剥いています。
「……おい、エレン。この芋は、少し芽が出ている。弾いておくぞ」
「アルリック様、それは私の『試食用』に回して! 捨てるのはもったいないでしょ?」
「……お前のそういうところが、今でも好きだ」
市場の風に乗って、香ばしいパンの匂いと、夫婦の明るい笑い声が今日も響き渡ります。
かつて泥水をすすった少女は、今、世界で一番贅沢な「愛とジャガイモ」に囲まれて、最高に幸せな朝を迎えるのでした。
お読みいただきありがとうございました。
好評でしたら長編でじっくり書きたいと思っています。
※2月7日誤字修正
※2/7
おかげさまで日間総合111位!
本当にありがとうございます!
後日談も投稿しましたので、よければそちらもお楽しみください。




