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蘆原を越えて  作者: Sam
7/11

六章 鎮圧

「このむずり者が――」

 

 俊勝の怒声が雪原に木霊(こだま)してから一刻と半。山ノ内隊は先行する平田周防の隊に追い付いて、大町の通りを進んでいた。

 疲労は蓄積している。それは間違いが無い。しかし、決戦を短時間で決着し、蘆名氏方の野望を跳ね退きつつある一行の士気は未だ旺盛であった。

 大町を闊歩して行く平田、山ノ内両隊には町民達から応援の声がかけられ、官軍としての誇らしさも手伝っている。途中の店々で温かい握り飯の炊き出しがあったのも有り難かった。

 一行は何の警戒も無いまま黒川城を目指す。警戒が無いのにはちゃんと理由もあった。二本の狼煙の理由が『山城守の城中掌握が失敗した』と沙耶から俊範へ告げるものであったからだ。

 俊勝から悪戯未遂を強く叱責されて、珍しく気落ちした様子の沙耶ではあったが、乱波者として城内に混乱を招いた手法は誠、手練れたものであった。


「では、その虚報の文を門前に落とし、松本家の兵に拾わせたのだな」

「は。拾った者は確かに丸に二つ引き両の紋が書かれた胴丸を身に着けておりました故、相違ありませぬ」

 憤慨し続ける俊勝とそれを止める大助、俊基を横目に、沙耶が俊範に(かしず)きつつ報告を行う。

 二つ引き両(丸の中に横二本線を引いた紋)は松本氏の家紋。それを沙耶は確認したと言うから、文は松本家中に回収されたのは間違いが無い。

 沙耶が書いた文には『山ノ内宗家、兵部大夫舜通ひょうぶだゆうきよみち、並びに刑部大夫氏勝ぎょうぶだゆううじかつ、明け方には黒川城へ与力す』と書かれていたという。

 勿論これは虚報である。

 が、松本氏は三年前に巌谷城を山ノ内俊政、俊範兄弟に襲撃された苦い経験があるし、山ノ内宗家が全軍を動かすとしたら、巌谷と檜原を除いてもまだ三千騎近くに及ぶ大軍となる。

 黒川城内全てを味方に付ける事が出来たとしても蘆名山城方がそれらと一戦交えれば無傷では済まない上、本来の目的である蘆名盛氏との決戦が兵力不足で不利に傾くのは明白だ。

「こちらの思う壺に嵌ってくれたようじゃな。城内の意思も一筋には纏っていないのだろう」

「正しく」

 叛乱側の意思統一が図れていたなら、文を虚報とし、早々に挙兵する時間的余裕があったのは想像に難く無い。しかしそうはならなかった。何故か、それは叛乱側と城内の留守居役とで意見の齟齬があったとよめるだろう。

 沙耶が投じた文にそれ程の効果があるのは案の内では無かったが、結果は案の外に転がっているのは事実であった。


 「開門――」

 平田周防が四宿老の名で高らかに呼ばわると、門は意外と呆気なく、重く軋む音を響かせながら開け放たれた。

 それ、とどっと城内に雪崩れ込み、一昨日長沼征討軍が鬨の声を上げていた西御殿広場に軍列を並べて行く。城内に戦いの意思を持つ兵の姿は見えない。どころか、平田、山ノ内両隊の着到を労う歓声が投げかけられた。

「東殿は逃げたか……」

 俊政が俊範に告げると、俊範も黙したまま頷く。

 黒川城着到までは成功させたが、その後工程の募兵に苦戦。その上沙耶の投じた虚報により情勢は不利に傾き、叛乱勢は何処かに身を隠しでもしたのだろうと兄弟は悟っていた。


 やおら、居並ぶ軍の前方から騒めきが起きた。俊勝が馬上から確かめると、数人の男達がこちらへ向かってくるのが見える。甲冑姿では無い。が、上等な直垂(ひたたれ)を着ている所から想像して、名のある武士であるのは間違い無さそうであった。

 男達が平田隊の前で止まると、馬上の者達は次々に馬を降りていく。

「周防殿、叛乱勢討伐の任、苦労でありました――」

 平田周防や父俊範よりも少しだけ若く見えるその男はゆっくりと、しかし明朗にそう述べて頭を下げた。

「図書殿、北方に援軍も回さず、あまつさえ平服のままで出迎えとは如何な事か――」

 平田周防が怒気を孕んだ大声で叫ぶ。直垂の男は松本図書助氏輔まつもとずしょのすけうじすけその人であった。蘆名山城守の叛乱に同調したと疑われ、勝常寺の戦いの劣勢の要因を作った張本人がしゃあしゃあと眼前に現れたのだ。

「お怒りをお鎮めください周防殿。我らも城内の統制に終始し、(ようや)く先刻叛乱勢を城外へ追い払ったばかり」

「追い払った――。逃亡を援けたの間違いではないのか」

「とんでも無い。証拠に我が家中の兵が叛乱勢の追撃に出ておりまする。今日中には下手人の首が届く事になるかと」

 怒り収まらぬ平田周防の追求をのらくらと柳に風で返す松本図書。あくまで叛乱勢には加担しておらず、合戦では無い形で謀叛鎮圧に尽力した体を主張する。

「もう良いわ。顛末はこの後たっぷりと詮議させて頂くぞ」

「ご存分に――」

 顔色も変えず、松本図書は応え、軍を背にして本丸館の方へ去って行った。なんとも歯切れの悪い一幕であったが、叛乱軍への対応はこれで一段落したと言える。

「皆の者、ようく戦ってくれた。とは言え、首謀者を捕らえていない以上、警戒は解くわけには参らぬ。各隊ここで暫時休息を取られよ。儂は図書殿ともう一戦して参るでな」

 平田周防の呼び掛けに一同から笑いが起こる。やっと休めるという安堵の意味もあっただろう。山ノ内隊も西御殿脇の一角に陣幕を張る指示を出し、一休みする事とした。


「山三、まだ怒っとるのか」

「当たり前じゃ、あんな(たち)の悪い悪戯を(たばか)りおって。どれだけ心配したと思うとる」

 沙耶の悪戯未遂に対し、俊勝が足下の雪塊を蹴り上げながら吐き捨てる。血糊の付いた手拭いを見つけてから既に三刻(六時間)は経過しているが、未だ怒り収まらずと言った有様で、大助だけでなく、鈴木大蔵も心配の顔で傍に寄り添う。

「若様、お怒りご(もっと)もですが、沙耶の働きに報いるのも家長の勤め。ここは一つ次期ご当主として、お怒りを併呑(へいどん)なされませ」

 育ての爺に当主の大義まで諭されては、感情のまま、元服前の様に怒り続けるのは栓が無い。『糞っ――』と最後の語気を荒めた後、俊勝は深く呼吸を吐けて鎧の肩紐に手を伸ばした。

「もう怒りは収めた。爺、沙耶を陣幕に呼んでくれるか」

「よう我慢されました。御意に――」

 鈴木大蔵が頭を下げて、山ノ内隊の陣に引き下がって行く。大助も漸く肩の荷が下り安堵の笑みを浮かべた。


「お呼びでしょうか三之丞様」

 漸くに重い甲冑を外し一息つけた頃、陣幕に沙耶が現れた。沙耶も胴丸は脱ぎ、白い直垂に藍染の袴姿の軽装で参上して来た。戦装束を解くと、大人びた美しさを持つ可憐な少女の(てい)だ。

 昼間にこっぴどく叱責を受けたから、流石に俊勝を幼名呼びはして来ず、父、俊範の時と同様に片膝を付いて(かしず)く姿も忠義ある郎党の素振りで堂に入っている。

「この度の働き、見事であった」

 だいぶ言い淀んでから、俊勝が大業層(たいぎょうそう)に声を掛ける。陣幕内には大助も居たが、沙耶の俊勝に対する気心を感じている大助からすると何とも物足りない、素っ気無い言い回しである。

「……」

「……」

 案の定それ以上の言葉が紡がれず、場は冷え冷えとした空気が支配し出す。そろそろ何か言おうと大助がそわそわした頃、俊勝の方がやっと動きを見せた。

「褒美として、これをやろう」

 言いながら俊勝は懐から布を一つ取り出して、沙耶に向けてぐいっと突き出した。

「あの悪戯でお主の手拭いが使えなくなっているだろう。これは亡き母の物で、お守り代わりに持って来た物だ」

 さ、ともう一度沙耶に向けてそれを突き出す俊勝。白地に紅い花が刺繍された上等な代物である。

『ここで来たか――。いつもの空気読まずが――』

 俄然面白くなって大助は両者交互に視線を移し、次の展開に期待を高める。確かに女心など考えた事も無い俊勝にしては気の利いた贈り物と言える。

「……そんな大切な物、頂戴出来ませぬ」

「何を言う。それだけの事を成したのだ。遠慮は無用」

「しかし……」

 じれったい押し問答が続く。大助は笑いを堪えるのに必死で、迂闊に喉がくっ、と高く鳴ったのを咳払いで誤魔化す。

「我が母には沙耶も世話になったであろう。沙耶の母代わりでもあったはず。……儂はこれを沙耶に持っていて欲しいのだ」

 その言葉で沙耶の無表情が僅かな変化を起こした。目元がすっと細く、優しく伸び、真っ白な頬がほのかに紅く色付いた様に大助には感じられた。

「承知しました。有難く頂戴致します」

 俊勝が無意識に放った最後の言葉。しかし本音で話しているのは疑い様が無い事実でもある。大助も或いは沙耶も俊勝が表裏を使い分けて言葉を発する所を見た事が無かった。

『これは沙耶殿も嬉しかろう』

 良いものを見た。大助が一人満足の笑みを顔に湛えていると、沙耶はもう一度礼を告げて陣幕を出て行った。

 何とも言えない空気の残滓(ざんし)に俊勝も大助も暫く何も言わず、沙耶が出て行った陣幕の入口をぼんやりと眺めていた。陽差しは傾き始めており、陣幕の外からは焚き火の準備のために薪を割る音がそこかしこから聞こえているが、陣幕の中は不思議と穏やかさが感じられ、大助の胸の奥はほんのりと暖かかった。

 

 ――と。ざっざっという堅雪を蹴る足音が陣幕内に響きその空気も終わりを迎える。大股開きで堂々と歩くこの音は俊基であろう。

 俊基は平田周防の陣に俊政と一緒に参上していたはずだった。松本図書から黒川城内での謀叛勢の動きを聴取した結果を聞き、山ノ内隊の今後を決めねばならない。

 「儂じゃ、入るぞ」

 断りの後俊基が姿を現す。俊基も甲冑は脱いで軽装になっていた。だが表情は戦中のままで、(いぶか)しみ、首を傾けて平時の笑顔が無い。松本図書から聞いた顛末に暗雲が立ち込める気配を俊勝、大助が感じ取る。

「山三よ」

「は」

「また女乱波を叱りつけたろう」

 俊勝と大助が思わず顔を見合わす。山ノ内隊の今後が聞かされると思っていたからこれは拍子抜けである。

「外の木陰で泣いておったぞ。……まったく、郎党とは言え、十四の女子(おなご)なのだ。少しは優しく致せよ」

 堪らず大助は破顔(はがん)し、床几から転がり落ち、訝しがる二人を気にも止めないで大笑いした。


 永禄四(一五六一)年、二月二十七日。山ノ内隊が黒川城に到着してから三日の時が過ぎた。

 が、状況は変わらず、俊勝達は黒川城の西御殿広場に留め置かれたままだ。

 蘆名山城守が起こした謀反は鎮定の方向には向かっているのだろうが、松本図書の思惑通りにはいかず、首謀者が捕えられたという報は未だ無いままただただ寒空の下の野営が続いている。

 昨日まで雲一つなく晴れていた空は朝から鉛色に変わり、雪がちらつき出して来ていた。

 「身体が鈍ってしまうの……」

 不満気に大助は呟きながら、兵達の様子をぼんやりと眺める。兵達も暇そうにしてはいるものの、毎度食事が蘆名家から支給されるため、不安や不満は無さそうで時より明るい笑い声が聞こえてくるのだけは救いであった。

 東山(ひがしやま)方面へ逃走した蘆名山城とそれに付き添う謀反勢は松本図書の報告によれば松井大学、松山和泉、三橋左衛門、常世(とこよ)次郎左衛門といった蘆名氏方の随臣を含み、さらに氏方の家臣が七十八名付き添っているという。

 氏方の息がかかっているとは言え、松井、松山、三橋、常世も古くから蘆名氏に仕える旧臣の家柄であり、それらが此度の反乱に加わっている事実は衝撃であり、また蘆名氏がいかに強大になっていても面従腹背の輩は湧いて出る証左とも言えた。

 謀反勢は引き続き松本図書の手勢五百騎が追っているが、成果の報せは無く、呑気な足軽達とは対照的に叔父の俊政や父俊範ら将兵は苛立ちを募らせている。今朝も今後の進退について評定(ひょうじょう)(会議のこと)が開かれているが――。


 「……と言う訳で、我等山ノ内隊は東山の残党狩に加わる事となった」

 黒川城本丸で開かれた評定帰りの俊政と俊範に呼ばれた俊勝、大助も加わって更なる評定が山ノ内陣で開かれている。

「それほど図書殿の討伐隊も難儀されているのでしょうか……」

「否。周防殿と我等は謀反加担の疑いが消えぬ図書殿のみに任せてはおけぬという見解を持っている」

「それほど図書殿は信用ならんのですか」

 これ、と俊範が小さく叱責し人差し指を口元に当てた。黒川城内で宿老の文句は確かに迂闊である。俊勝が詫びて頭を下げると、俊政が俊範の後を継いで話し始めた。

「これは、少々政治が絡んでいる。図書殿は今大変焦っておられる。何故か分かるか」

「城代として修理大夫様から城を預かっておきながら山城守殿の占拠を許した――。その挽回策としてご自身の手で下手人をどうしても捕まえたいという事でしょうか」

「それもあるが、それだと正解は半分だな。……内匠頭は分かるか」

 は、と俊政に体を向け俊基が口を開く。

「図書殿は武士としての面子を気にされておるのでしょう。我等の巌谷城攻めの失態は未だ取り戻せていないと聞き及んでおります。更にこの上、我らに謀叛人の逮捕までされる訳には参りますまい」

「そう、図書殿はもう後が無いのじゃ。――図書殿の力が弱まれば……分かるな」

 成程、と俊勝も大助も俊政に頭を垂れた。

 城内が故、俊政も言葉を濁したが、松本図書の面子が更に失墜すれば今回の叛乱で武功を挙げている平田周防や山ノ内氏への見返りも大きくなるだろう。……松本氏から取り上げた土地や裁量を分け与えるだけなのだから、裁定者である蘆名盛氏にとってもその方が手っ取り早い。

 過去七十年に渡り叛乱を止めない松本氏の力を弱体化させ、蘆名家内で新参の山ノ内氏が力を増すには正に『機』と言えた。

「叔父上、父上の評定が三日に及んだ理由が解せました。図書殿が首を縦に振るまで時を要した訳ですな」

「左様じゃ。利害が一致した周防殿からも後押し頂き、先程漸く渋面で頷きおったわ」

 巌谷城攻めで自領を奪い取った叔父と父。それだけで満足するには至らず、虎視眈々と次の機会を狙っていた訳だ。名誉とお家繁栄の為に励む者――。正に戦国を生きる武士の姿を俊勝は見た心地がしていた。


 東山の入り口に山ノ内隊が到着したのは同日、未の刻(十三て障害になるような道程では無い。

「ここから坂になるぞ。雪で滑って膝の皿を割らぬよう脛当てを固めよ」

 鈴木大蔵が縦列の隊を前から後ろに馬で走り抜けながら足軽達に注意を促して回る。

 東山は有名な温泉地で、道中の雪掻きも済んでいたが、湯治客に何度も踏み固められた根雪は氷に変化し、てかてかと輝きを放っ逆道中にへばりついている。

 甲冑や背負う荷駄の重さは五貫(約二十キロ)にもなるから、足を滑らせ膝から堅雪に着地しようものなら鈴木大蔵が言う通り柔らかな膝皿は粉砕の憂き目に合う事だろう。

 山ノ内隊は一度歩みを止め、膝当ての紐を解いて膝が隠れるよう備えを固めた。


 山ノ内隊が足を止めたこの場所は『奴郎ヶ前(やろうがまえ)』と呼ばれている。昔から黒川の刑場となっており、罪人が逃げられぬよう『竹矢来(たけやらい)(竹を斜めに組んだだけの簡素な壁、隔り)』で区切られているため、「矢来」から「矢来が前(やらいがまえ)」が生じ、それが転じて奴郎ヶ前(やろうがまえ)と名付けられたと言う。

「わざわざ刑場方面に逃げなくとも良かろうに……」

「ほんにの……」

 俊勝、大助も平田周防より戦効として貰った馬を降り、脛当てを正しながら呟き合った。

 辺りに先行しているはずの松本家の兵は見当たらない。富田主膳を逃した北方の決戦から数えても三日が過ぎている。その首謀者達を追って、雪深い東山の道奥へ進んで行ったのだろうか。

 東山の道は夏季であれば猪苗代湖の南側へ抜け、その先は仙道(福島県郡山市)まで繋がっている。ただこれはあくまでも夏季の事であり、冬季の今、蘆名山城守が逃亡経路として雪深いこの道を選んだとは考え難い。

 おそらくは山中に所在する岩屋へ身を隠すか、東山に所在する羽黒山東光寺(はぐろやまとうこうじ)の寺領内にでも匿われているものと俊勝にも推測出来るが、三日の時が経過している以上、松本家の兵によってその探索は既に済んでいるとも思える。

『はて。何処から探せば良いやら……』

 自答しながら俊勝は膝当てを直して立ち上がる。まだ明るい内に山中の捜索を開始しなければならないのだけは確かだ。

「山ノ内隊――」

 準備を終えたのを見計らい、俊政が前方で声を上げた。

 ……が、その後の指示が続いて来ない。山ノ内隊の後列に並ぶ俊勝と大助が合わせて眼前の馬首を横に避けて、俊政の居る前列の方向へ身を乗り出す。

 暫くの間を置き、がしゃがしゃと物々しい音が前から近付いてくるので理解した。

 ――松本家の兵達が丁度下山して来たのだ。兵達は皆薄黒く汚れており、袖鎧には折れた矢が刺さったままの者もいて、眼光だけが一様に白くぎょろぎょろと鋭い。それはいかにも苛烈な戦時から戻った装いと風体であり、この三日の間、休みもそこそこに雪山へ分け入り、主のため下手人を懸命に探していたであろう事はあまりに想像に易かった。


 松本方の兵は東山の入り口に並ぶ山ノ内隊がまるで見えていないかのように真っ直ぐ、武具の音を響かせながら無言のまま歩いて来る。

 対峙する山ノ内隊と言えば何の指示も無くとも道を譲り、左右に分かれてその者達を通す。迫力に圧倒されているのもそうだが、その一団が放つ獣の様な鼻をつく異臭も要因である。

「あの汚れ……血飛沫ちしぶきじゃの」

 大助が左手甲を鼻に寄せながら俊勝に耳打ちする。今は冬。汗を掻きにくいにも関わらず、松本隊が汚れているのは斬り合いにより返り血を浴び、それを拭う余裕も無いまま山中を駆け回った証左であった。

 俊勝と大助の前を松本隊の初列が通り過ぎた頃、一台の荷車と、馬上の指揮官らしき武者が目に入って来た。

 荷車が山ノ内隊を通過し出すと、何名かの足軽兵が道端に胃の中の物を戻したのが分かった。いよいよ荷車が俊勝の元に近付いて来てその嫌な予感が的中する。

「首か――」

 俊勝と大助も戻しかけた胸の酸味をぐっと飲み込んで耐える。……が、荷台に掛けられている(むしろ)が風で一瞬めくれあがり、いくつもの生首の空虚な目と目が合ってしまいほんの少しだけ馬上から吐瀉物(としゃぶつ)を吐いた。

 荷車の積荷は蘆名山城守に同道していたであろう者達の哀れな首であり、その数は二台分一杯に積まれている所を察すると五十から六十はくだらないと見える。

 ――つまり、謀反人を追った松本隊はほとんどの討伐を終え、証拠として下手人の首を黒川城へ運ぶ最中であった。

 

「討伐苦労であった。この中に首謀者の首はおありか――」

 隊長である俊政が、黒甲冑で、表情すらも黒く汚れた影の様な馬上武者に声を掛けた。武者の背には二羽の鳥が描かれた旗が指されている。武者は項垂れた首をゆっくりと引き上げ、少しの間をおいた後、白眼をかっと見開いた。

「うぬら、山ノ内の者共か――。盗人猛々しい輩よ、この手柄も横取りするつもりか――」

 激情、烈火、憎悪――。そのどれもが当て嵌る憤怒の表情で武者が咆哮した。

 離れていても俊政、俊範両名が雪崩の様なその勢いに言葉を失っているのが分かる。

「不味い――」

 先鋒の様子を見て、俊基が馬の腹を蹴り込んで急ぎ駆け出た。

「井上殿――、寒中での謀反人討伐、誠に苦労でござった。我等山ノ内隊は図書殿の許しを得て、御隊の助力に参った次第」

 よくもあれだけ一瞬で舌が回るものだ……と感心する。俊勝や大助だけでは無く、俊政と俊範も感嘆していただろう。


 東山から下りて来た武者の旗に描かれた二羽の鳥は『(かり)(渡り鳥のガンの事。ガンは群れで飛来するため、一家結束の象徴として武家の家紋に用いられた)』であり、俊政と俊範兄弟が夜討した巌谷城城代、井上氏の家紋であった。この武者、切腹まで追い込んだ巌谷城の井上河内守の縁者で間違い無い。

「我等山ノ内家も井上殿の苦労と忠誠の志に感銘を得るものなり――」

 一言でいわば誉め殺しである。足軽達の不平をつぶさに感じ取り、行動で応える事が出来る俊基の巧みな口上が敵意を抱き始めた井上隊に投げ掛けられた。ここまで大っぴらに言われて更なる敵意を向ければ、それは井上側の不忠となり得る。

「お褒めの言上を謝する。しかし、謀反人の山城守、並びに主膳の行方は山中には見当たらず。その方らは他を当たられよ」

 井上家の武者はそれだけ声高に述べると隊を率いて黒川城への道を引き返して行った。巌谷城攻め以来の怨嗟による一触即発の事態は回避出来たが、井上某がまるで『貴殿らには見つけられまい』と言うかの様な不遜な眼差しをしていたのだけは癪に触った。


 

「相手は小勢ぞ。手槍で囲めい」

「謀反人は生かして捕えよ。すわ囲めい」

 俊政と俊範の怒号が石階段の下から響き渡る。これまで冷静な指揮を取ってきた二人だが、猪武者が指揮をしているのかと勘違いするほど苛立ちを隠しもせず、顔を赤くしてそれぞれの刀と軍配を振り回している。

「見てられんの……」

「あぁ、巌谷城攻めでもあんなじゃったわ」

 大助と俊基が溜息を吐きながら齢四十を超えた実父と叔父の息巻く様を呆れた顔で見ている。

 ここは東山の麓にある萬松山天寧寺ばんしょうざんてんねいじ。曹洞宗の寺院で蘆名盛氏の五代前、蘆名家十一代目の蘆名盛信が文安四(一四四七)年に開いた蘆名家の菩提寺である。天寧寺の伽藍(がらん)(寺院の敷地、建物の配置の事。寺院全体を鳥瞰した図を伽藍配置と言う)は非常に巨大で、修行僧は千人を超え、その宿坊(しゅくぼう)(修行僧の寮)の数も多い。

 井上某とのやり取りが癪に障った俊政と俊範はその後の評定で

「蘆名家の縁がある所」

「寺領も広く隠れる場所は数多(あまた)あり」

「東山近辺で謀反人が行きつきそうな所」

「井上隊が探索していない地域」

 と捲し立て、兄弟揃って黒川城下地図の天寧寺に指を突き立て、以降山ノ内隊は二人の鬼気迫る勢いと采配でこの天寧寺の石階段まで引き摺られるように導かれてきた。

 

 ……これで本当に謀反勢を見つけたのだから、怒りが産み出す力とは……否、この兄弟が共に怒り狂う事態は空恐ろしい。

 現に山ノ内隊は今一人、また一人と随臣を蹴散らし、それらに守護されている蘆名山城、富田主膳と思われる人物を追い詰めていた。

 時刻は申の刻(一六時)。それまで曇天だった空はやっと雲間が避けて、如月末日の陽の光が、消える前の蝋燭の様な弱々しさで仄かに赤く辺りを染め出していた。

 無惨に転がった侍達の骸から流れる血溜まりに夕陽が同化し、包み隠されているのが唯一の慰めに憶える。

 ぎゃっ、と言う最後の守兵の断末魔を聞き届け、育ちの良さそうな、着ている直垂も上等な二人の男の焦った顔が残った所で

「蘆名山城殿、富田主膳殿とお見受け致す……」

 と俊範が声を掛けた。やっと勘気が治ったらしく、本来の冷静な調子に戻った様子。

 最早これまでと悟ったのだろう。二人の男は手にした刀を下ろし、

「左様じゃ」

 とだけ短く宣った。

「謀反首謀者として黒川城へお連れ致す。大人しくお縄をお受けくださる様」

 俊政も本来の調子となり、手槍を突き出す家臣に捕縛用の荒縄の準備を下命する。

「摂津と申したか……。抵抗はせぬ故、罪人の縄は勘弁願えぬか」

 目元が蘆名盛氏に似ている。歳の頃も四十は当に過ぎているであろう男の方が観念した様子で、しかし、まだ活きた眼光でそう告げた。背後で若い……と言ってもこちらは二十代半ば程の男がその言葉を受けて、石階段の上を顎でしゃくって指し示す。

 自然、山ノ内隊の面々の視線が石階段の上の方に向けられると合点がいった。夕陽に赤く照らされ、お世辞にも若いとは言えない内掛姿の女性と、元服を終えた頃合いの男子の姿が目に映った。

 蘆名山城守には(めかけ)(正妻ではない妻の事)と、その間に一人子が居ると聞いた事があったから、俊政も蘆名山城の父としての頼みである事を察し黙したまま頷いた。

 縄の代わりに二人の下手人を足軽達が囲む。が、恐らく逃げ出す懸念は無い。それくらい二人の男は塩らしく、だが、沈み行く陽を真っ直ぐに見つめながら堂々と己の足で歩き出した。

 

 蘆名山城守の妾と子息は泣いたまま、その父の背を寂寥感(せきりょうかん)を漂わせつつ見送り続けていた。

 最早、術が尽き果てた謀反の首謀者。

 今では彼らが何を求めて決起したのかすら分からない。これで漸く乱は鎮圧した。

 山ノ内隊の活躍は多大なものであるのは確実ではある。

 が、俊勝を始め、隊の誰もが胸中に宿す感情は如月末日の夕陽の様な空虚な終焉と侘しさであった。

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