九章 巌谷城攻め
永禄元(一五五八)年、旧暦三月初頭。
山ノ内次郎助俊政は次弟の新十郎俊範宅に向かっていた。
漸く春めいた気候に恵まれる様になって来た昨今だったが、夕刻から細雪が散らつき出し、俊範は一つくしゃみをして身を震わせた。
こうして弟宅に向かうのは何度目かとふと思う。
本来、俊政の所領は宗家から与えられた伊北郷小川村と言う所であり、今歩いている横田領から南西に山一つ越えた只見と言う集落の先にあった。
三年前に黒川大地震が発生し、義妹の光が亡くなってからと言うもの俊範を気遣い、雪の無い時期は自領の小川村から五里(約20キロ)の道程を超えて。
そして、雪が積もる時期だけは宗家屋敷の一間を借り、そこから足繁く通う様になっていた。
周囲から初めの内は急に接近する兄弟の様子に、何事かと言われる事もあった。……が、俊範に起きた不幸を慮って段々とそうした声も減っていった。
当人の俊範も平静を取り戻した素振りを見せてはいたが、たった三歳違いで山ノ内家の跡目を継ぐ長男としてでは無く、次男と三男という似た境遇で育って来た俊政には、俊範が時折り見せる表情や佇まいが見逃せない瞬間があり、この弟参りは三年も続けられていた。
「……とは言え、あの喪失感を埋める手立ては無いがの」
曇天の空に溜息と愚痴を放ってみる。空は雲の切間も無く、鉛色が延々と広がるのみで尚更虚しく感じただけであった。
次郎助俊政は宗家、また兄でもある山ノ内兵部大夫舜通の居館の東隣にある俊範邸の門を潜る。
邸宅は武家の三男らしい質素な母屋と、馬二頭を繋いでやっとの馬小屋、門と玄関までの庭に柿の木が一本植えられた程度の物であり、次男の俊政が住まう小川村の居館よりも小さく、住居待遇は悪かった。
嫡男以外の男兄弟はあくまでも代替の存在であり、長兄が病気や戦死によって亡くなる、又は政争等で失脚にでもならない限りはそのお鉢が回ってくる事は無い。
まして、山ノ内家は十年以上前に蘆名家に臣従した身であるから、戦の手柄で自領を獲得する道も封じられてしまっている。
とすると残る可能性は西の越後長尾領となるが、大国の長尾家を相手にいくら血気盛んな俊政であっても喧嘩を売る気にはなれない。
それに宗家は長尾家から度々援軍依頼を受けて出兵し、自領に近い魚沼などの越後領を頂戴する同盟者の関係性であるから、これもまた壊す訳にいかぬ。
「手詰まりじゃの……」
俊範の喪失感を埋めるのも、自身の野心を果たすのも……である。
このまま歳を重ねていけば直ぐに隠居。嫡男は育っているから家の断絶は心配しなくて良いが、我が子にも自分と同じ境遇を味合わせる事になる。
俊政も今年数え年で四十丁度。この時代では晩年の扱いである。最近では焦りとは別に諦めに近い徒労感を感じる様にもなってしまった。
「はぁ……」
宗家屋敷から僅か数町の道すがら、片手では収まらない溜息の最後を眼前に白く吐き出すと玄関から声を掛ける。
「新十郎――、おるか――」
後程、二つの足音が聞こえて来る。定例となった叔父の来訪を喜ぶ鶴千代と陽がその主だ。
「叔父御殿、良くおいでくださいました」
玄関先で行儀良く座して頭を垂れる甥と姪に俊政は相好を崩す。俊政の手には手土産のわらび餅があるから、それを突き出してやった。
「毎度の立派な挨拶、感心じゃ。新十郎は在宅か」
「はい。奥の書庫に居ります」
わらび餅に目を輝かせる陽を横目に鶴千代が応えた。
鶴千代ももう十四歳。間も無く元服を迎える為か、声変わりも終え、最近とみに受け応えが大人びて来たと感じる。
「左様か。上がらせて貰うぞ」
鶴千代が案内を買って出る仕草をするが、それ程広くは無い屋敷であるから、俊政はそれを片手で制して一人書庫に向かった。
「新十郎。入るぞ」
木戸を開け放った瞬間、古い蔵書の据えた匂いが漂う。
室内は左右に本棚が三列連なり、部屋の主人はその中央に座して背中を見せていた。
「……相変わらず本の虫じゃな」
中は蝋燭の灯りが一本だけ点るのみ。俊範はその僅かな灯りに向かって本を捧げる格好で読み耽っている。この所の俊範は訪ねてくる度この調子であった。
「あぁ、兄者か」
得体の知れぬ者に取り憑かれたかの様なぼんやりした抑揚に俊政が少々たじろぐ。しかし、俊範の視線は変わらず本に注がれたままである。
「何をそんなに夢中になっている」
背後から声を掛けた所で仕方が無いと、俊政は俊範の前の文机を回り込んで越え、正面から呼び掛けた。文机には兵法書や史書が山と積まれている。
「……」
「まただんまりか。お主、子らとちゃんと接しておるか」
「飯時は必ず一緒にしております」
「……お、おう。気にはしておるのじゃな」
視線は本。が、子供との時間は確保しているらしく、俊政は胸を撫で下ろした。先程、甥子と姪子の様子がいつもと変わらなかったのも得心出来た。
で、あればだ――。
それ以外の時間を費やして、この弟が何を思案しているのかが俄然気になる。
「ん……」
文机に開かれた半紙に目が留まる。それは手書きの地図、しかも何処かの城の鳥瞰図の様であった。
「兄者……」
「なんじゃ」
「城盗りを致しませぬか……」
「はっ――」
驚きの余り引き攣った声と笑いが生じる俊政。視線は、今度は本では無く、俊政の目を真っ直ぐに捉えて来る。
「城盗りじゃと――。お主正気か――」
まさか、妻を失って自暴自棄になってはすまいか。そんな気掛かりがして、俊政はその場に腰を降ろして俊範の顔を正面から覗き込む。
「至って正常に」
「あのなぁ……」
未だ真意が掴めず、がっくりと肩を落としながら言葉を続ける。
「山ノ内家の周りは東も西も同盟国ぞ。まさか、南の河原田家を攻める話ではあるまいな。あそこは妹の嫁ぎ先じゃて、絶対に駄目だぞ」
「然にあらず」
「なら廃城でも落とす気か。今更合戦ごっこは御免じゃ」
俊範は兄の問いに瞼を閉じて首を一度振り、声を顰めた上で口を開く。
「方角で申さば東。敵は蘆名領。かつ、宿老、松本殿に」
「なっ……」
端的ではあるが、それだけの情報で充分であった。
「巌谷城か……。あそこは確かに兵力はさほどでも無い。が、勝てたとして、儂らは謀叛人の汚名と討伐は免れんぞ」
「いや――。恐らくそうはなりませぬ」
俊範はやっと本を閉じ、文机にそれをそっと置いた。
「兄上に問いたいのは、城盗りをしたいか、そうでないかの二択で御座る」
城盗り――。武家に生まれ、四十年生きて、『横田崩れ』による横田中丸城の守備戦は経験があるが、攻城戦は恥ずかしながら知らぬ。
自らの力で城を攻め落とし、自らの領土を得て、自らがその地を統治する事。それは俊政がずっと抱えてきた『武士の本分』としての夢であった。
「そりゃ……盗りたいわい」
懸念は多い。が、是か非と問われれば考える迄も無い。
兄の瞳の奥に蝋燭の灯りとは異なる、一点の炎――野心を俊範は認め、再び頷いた。
「なれば為しましょう。ここ二年の間、練りに練った秘策をお伝え致す」
永禄元(一五五八)年旧暦四月十四日。
桜木の花が散り乱れる中、俊政と俊範一行は横田を発ち、本名領を抜けた。
人数は十五名。目的地は本名領から更に東へ五里(約20キロ)、三島にある宮下温泉である。一行は男だけで、陽気に道程を進んでいく。
「さぁさぁ、久しぶりの湯治じゃ。道は遠くとものんびり参ろう」
俊政が一行の先頭から道化的な声を掛ける。
男達は「おう」と応えて、淡々と行進を続ける。彼等の姿は大小(打刀と脇差)を挿せど、それ以外の武器や防具は帯びていない。
代わりに瓢箪の酒を煽りながら、やいやいと騒がしい声を上げて道中を歩いて行く。
「おぅおぅ。呑み過ぎるなよ。三島の大山様、事代様、木花様にお詣りせねば」
一行はさも陽気に進んで行く。
三島神社に祀られた祭神、大山祇命、事代主神や木花咲耶姫命の名を囃し立て、祭りの様相そのままだ。
それを見送る集落の人々も、『あれ、朗らかなるかな』と拍子の柏手を打つ道中であった。
無論、これら尾籠(馬鹿げた事)とも思える挙措は俊範の立てた計画の一つである。
今回の計画に対し宗家にも極秘で集められた兵の数は三十五名。それらが甲冑を着て九里(約36キロ)も離れた巌谷城を目指すのはあまりに目立つ。
蘆名領では無い地域を行くとしても、何処に間者が居るとも限らないし、領民の噂話から尻尾を掴まれる可能性もある。
故に、兵は明るい内、かつ二手に分けて『湯治』という体と呑気な一行を演じているのだ。
湯治先として公言している宮下領は檜原領の西隣で、檜原の峠を抜ければ巌谷城は直ぐである。
「敵を欺くにはまず味方からですね」
俊範の策を聞いた時、初陣となる甥の俊基がにこにことしながらそんな感想を言っていた。
宮下温泉への着到は申の刻(十六時)となった。
暖かな夕暮れが始まっており、陽は西の山々にその身の下半身を隠されながら沈みつつある頃である。
先行していた俊政、俊範、俊基らは明言の通りに三島宮下温泉で歩き通しであった疲れを癒していた。
横田を早朝に出て、のんびりと六刻(十二時間)もかけて歩いて来たのだ。急がぬ道中は大力を温存する事にも役立っている。
「いや、いや遅くなりましたな」
聞き慣れたしわがれ声が露天の岩風呂に響く。第二陣の兵を率いた鈴木大蔵の隊も到着した。
「……気取られてはいまいな」
「無論。我等も囃子歌を歌いながら来申した。楽しい道中でござりましたぞ」
「抜かりないようだな。良し――」
温泉の湯を両手で掬い、俊範がそれを目覚の水の様に顔面に叩き込んだ。巌谷城攻めを企む志願兵は一様に活き活きとその目を滾らせている。
どの者も古くからの臣や、畑仕事よりも戦場が好きな変わった百姓、そして俊政と俊範兄弟の元で徒花を共に咲かせようとする晩年(四十代から五十代)の武者がお仲間である。
それなりの齢を重ね、酔狂な兄弟の誘いに乗った者達に今更迷いの表情など浮かぶ訳が無い。
「良し――」
今一度、俊範は俊政と視線を交えて頷いた。
この三十五名は決して裏切らず、漏らさず、酔狂な願いに笑って首を縦に振る連中を厳選して来た。
思い当たる限り選んだ股肱の臣達、共に超えるべき山は最早、檜原領と滝谷領の間に鎮座する巌谷山のみである。
「さぁ、皆の衆。次の策へと参ろうか――」
大きな声は上げられないが、三十五名の同志は声を顰めて『応』とだけ応えた。
湯治という仮初の目的を果たした一団は次に宮下領から東にたった半里(約2キロ)の場所にある西方鴫城を目指す。
既に陽は沈み、山間の深い宵闇が支配し出している中、人目を憚りつつ城へと続く山道をひっそりと登って行った。
鴫城は沼沢山ノ内氏の分家で、最近西会津地方を分捕った山ノ内右門佐信重が当主である。二十一歳の時に蘆名方の戦争、岩城合戦での軍功目覚ましく、領地を恩賞として賜った事もある剛の者と噂されていた。
西方山ノ内氏は俊政らの父、刑部大夫俊清の更に祖父、山ノ内大和守俊光の四男、山ノ内権太輔俊安が沼沢湖の東南に丸山城を築き、姓を『沼沢』と改めた親戚筋の家系であり、山ノ内七騎党の一柱でもある。
その沼沢始祖である大和守俊安の子、俊興の三番目の子が左馬烝氏信であり、西方領を分地され、天文十四(一五四五)年に築城したのが鴫城。
築城主氏信の長男が前述の信重となる。
俊政、俊範からすると沼沢家は高祖父(祖父の祖父)の子の家系となり、家系図では遠縁の更に遠縁辺りだが、奥会津で共に住まう一族同士、その関係性は近しかった。
「誰か――」
城門篝火の灯りの下から見張りの兵が訝しんだ声を掛ける。
「槍を納めよ。左馬烝殿に横田の者が来た、と伝えよ。それで話は判る」
平服の一団をざっと見渡した後、門番は槍を天に突き直し、頷いて門の向こうに消えて行く。
やがて、新しい足音が門奥からそぞろ聞こえて来た。門番が戻って来たものと思ったが、足音の主は複数名居る。
足音が止まると、門の木戸が軋んだ音で開帳した。門内は暗がりのため判別出来ないが、やはり数名の出迎えを受けている様だ。
「横田新十郎殿、よくぞ参られた」
言葉少なめであるが、中央の男がわざわざ篝火の下まで進み出て顔を見せてくる。表情は柔らかだ。
「左馬烝殿自らの出迎え、誠かたじけなし。兎も角中へ――」
俊範の顰め声に左馬烝氏信が頷く。
左馬烝氏信の齢は俊政の一つ下であるから数え三十九歳。俊範から見ると二つ上に当たる。
俊政、俊範、俊基の三名は左馬烝氏信らに連れられて、本丸館に辿り着き、板の間の部屋で向かい合って座した。
「左馬烝殿、この度は極秘裏での助力。感謝致します」
「なんの。蘆名に思う所は当方にもある故……な」
左馬烝氏信は時折咳き込みつつ、そう言った。
室内の灯りだけでははっきり分からないが、頬が痩けて見えるのが気になる。
「……その、失礼ながらそちらは右門殿(西方山ノ内氏当主、氏重の事)で――」
俊政が疑念を持つのも無理はない。対面する左馬烝氏信は上座に座しており、二十歳そこらに見える若者はその右側に備えている。彼が若当主の右門佐氏重であれば席次がおかしい。
「あぁ、失礼。これは儂の甥じゃ」
弱々しく笑って、左馬烝氏信は若い同席者に目を向けた。
「お初にお目にかかります。沼沢出雲守に」
「なんと――」
俊範らが若者の礼儀正しい挨拶に仰天の声を上げた。
「某を巡らすにはまず信が必要で御座ろう。事成した後の交渉役本人が居れば貴殿らも安心出来ると思うて、黒川から召喚した次第に」
沼沢出雲守政清も蘆名家に既に臣従しており、居館は黒川城から北にたった四町(約400メートル)の距離にある。
黒川城は城内に一門衆や四宿老の屋敷が置かれ、内濠の外を沼沢家等の信得る家臣屋敷が密集する事で城下の守りを形成していた。
俊範は城盗りの後の弁明の使者を西方山ノ内家を通じ、親族かつ、蘆名家の信任厚い沼沢家に依頼を出せる様取り計らう事で、事後の安全を確保しようと画策していたのだった。
「確かに沼沢家御当主がここに居るのは大夫懸念が払拭出来ますが……。しかし何故これ程の助力を賜えるのか――」
ごほごほと咳をした後、俊範の問いに頷いて返す左馬烝氏信。
「一重に倅の恨みを晴らす故で御座る」
「恨み……蘆名家への」
「他に居るまいて……。横田崩れより十五年、臣従した我等西方山ノ内氏は修理(蘆名盛氏)の命のまま、西会津侵攻の先鋒として働いてきた。領地こそ増えたが、恨みを買い、寺も僧兵も焼く凄惨な戦で右門は心を病んでしまった……」
細い声で、しかし憎しみのある瞳で左馬烝氏信が心根を宣う。
確かに山ノ内家は天文十二(一五四三)年の横田崩れ以降、蘆名家に臣従していた。
が、蘆名領に最も近い西方山ノ内氏にとっての臣従は、蘆名家の走狗として、西会津の叛乱分子狩りに駆り出されてきた泥炭の苦しみの歴史てもあった。
宗家にその役目を任せればいずれ山ノ内氏全体が反旗を翻す可能性があった事だろう。
が、遠い親戚筋で小勢の西方山ノ内氏のみに任せれば敵愾心を最小に留めつつ駕御(人を自分の思うままに使うこと)出来る事を蘆名盛氏は知っていたのだ。
よしんば宗家が反蘆名に転じたとしても、西方山ノ内氏は蘆名側の勢力として疑われるし、山ノ内氏内の反目は山ノ内勢力の弱体化にも繋がりどちらに転んでも蘆名家にとって利が生じる――。
実、分断統治の最たる例であった。
「……横田に倅の噂がどう伝わっておるかは知らぬが、修理の命令で病弱な儂に代わり十四歳で右門佐は家督を継がされ、以来は西会津の国人領主らとの戦ばかり……。生来の優しさで儂には空元気を見せておったが……最近のあやつはもう駄目じゃ」
「なんと……」
一つ咳を払うと同時に左馬烝氏信ははらはらと落涙した。顔を歪め、悔しさの涙が頬を伝う。
「臣従の理は判る。だが、親心に蓋は出来ぬ。あやつはもう床に着き天井を見上げるばかりよ。あの優しかった右門を戦の道具とされ挙句潰された怨み、晴らさでおくべきか……。そう考えていた矢先に新十郎殿からの願いよ。地獄に仏とはこの事――とこの企みに乗る事に決した次第」
「某も叔父御と右門佐殿の無念のため、助力は惜しみませぬ。お約束通り、武具、刀槍の類はご用意致した。事後は私に任せ、蘆名家への一太刀を何卒お頼み致します――」
「……委細承知」
それだけ言って俊範らは深々と首を垂れた。
蘆名家に然程怨みを頂いた事は無かったが、親類二人の願いを載せて城盗りに挑む事を腹で決めた。
彼等へ言葉で伝える術は無いだろう。であるならば行動で見せるしか無い。そう思えばこそ、それ以上の無用な言葉は紡げなかった――。
準備は整った。
鴫城で軽装の武器防具を得、道中は領民らの目を誑かし、今宵の新月は闇の帷を深々と下ろしている。
俊範ら三十五名の兵は一言も発さぬまま檜原領、そして巌谷城へ繋がる峠道を制した。峠の出口から右手に視線を移すと、山の稜線の内側に、人工物と思える角張った建物の外線が薄ら浮かんでいるのが辛うじて見て取れていた。
「兄者、いよいよです」
「応よ。ここまで来たのだ。一世一代の博打、そして左門烝殿から託された願いを鉄槌に変えん――」
冷静な俊範に比べ、血の気の多い俊政は声こそ殺しつつではあったが、身体を震わせ今にも城へ駆け出しそうな雰囲気を持っている。
「落ち着きなされよ兄者。くれぐれも気取られてはなりませぬ」
「……分かっておる。お主も搦手攻めとは言え、油断はするな」
その言葉に頷くのを最後に俊範率いる十五名の隊が、右手に流れる瀧谷川に沿って茂る森の中に分け入り程なくして闇に消えた。
松明などは以ての外。両隊とも銃で使う火縄に線香程の蛍火を点している。
焦る必要は無いことを俊範は装備を整える鴫城の広間で皆々に念を押して伝えていた。
「鴫城に兵は無し」――と。
事前の調べで、松本氏の兵らは黒川で行われる松本与右衛門輔敦の法要(与右衛門は一五五五年に謀反を起こし誅死していた)に出払っており、城代の井上河内守一族しか留守兵は居ない事が判っていた。
とは言え、事を為した後、沼沢出雲守が蘆名家へ弁明に向かうまでの時間を稼ぐ必要もある。
沼沢出雲守政清は既に舟で只見川を下り、黒川へ戻って行ったから明日中には辿り着けるだろう。
が、それよりも前に城攻めの報が蘆名盛氏の耳に届いてしまえば、俊政、俊範兄弟への追討が下命されるのは疑いようが無い。
故に、今回の城盗りは井上河内の留守兵を皆殺しにするしか無いのだ。皆殺しの手段は包囲殲滅戦と相場は決まっている。
巌谷城は、滝谷川の東岸に半島状に突き出す岩山の上に築かれた山城で、山の高さは一町(約100メートル)程。
周囲は急峻な断崖で囲まれた天然の要害である。
城に至る道は東麓の断崖に辛うじて付いている足場を登る道が一つと、北側に大手門を要した道があった。
目指す山頂の主郭は程々に広く、東側には腰曲輪(本丸など主要な広場の側面や周囲に設けられた通路状の細長い区画)を階段の様に二段築き、もう一方の北側の道も段曲輪(腰曲輪と性質は同じ)が二段備わっていて、土塁と岩を利用した虎口(四角形の広場で敵兵を上から囲み撃退する防御施設)が配される事で巧みに動線を屈曲させ、攻め手側の進行速度を殺す構造を取っていた。
この難攻の山城を三十五名で落とすと言うのだから、夜襲の成功が作戦の肝であり、東側を攻める俊範と北側を攻める俊政との連携が鍵でもあった。
東の断崖を用意していた鉤縄を使い、俊範隊が腰曲輪まで踏破した。恐る恐る搦手の小さな門を見やるが、しめた事に篝火も無く、人の気配も全く感じられ無い。
『……兄者、頼むぞ』
俊範が心の中で呟く。他の者達も俊範同様に曲輪の下段に身体を伏せ、銘々の得物を握り息を殺す。
――兎角静かな夜であった。お互いの細く吐き出す息ですら音が聞き取れる様な気すらしてくる。そのまま、ひたすら耳を欹てて伏して待つ。心の臓の律動が時と共に刻まれていく。
『まだか……』
その言葉が心中で繰り返されるのを三回数えた頃、城の北側から人の声がやっと聞こえて来た。この搦手門の外側で聞こえたのだから、手筈通り大音声で兄達が呼ばわっていると理解した。
「武士の本懐を果たしに参った――」
と。
俊範らは一斉に城壁上部に鉤縄を引っ掛け、垂直にその板壁を登り始めた。
手の空いている者は足場となるその背中を差し出し、あと少しの所は草鞋に掌を載せ、下の者が精一杯押し上げる。
やがて一人の身軽者が武者返し(外からの侵入を防ぐ為、外側に跳ね返しが突き出ている部分)を器用に避け、壁の内へ飛び降りた。
ほんの少しの間を置き、搦手門の裏から閂を外す音がし、門が軋みつつ開かれる。
「松明を灯けよ。鈴木大蔵は主郭奥へ――」
「はっ――。少数精鋭じゃ、皆、参るぞ――」
鈴木大蔵には五名の兵を預け、俊範は残兵と共に大手門の裏手に回り込む為駆け出した。早くこちらも開門させ、俊政隊を雪崩れ込ませなくてはならない。
「殿、あれを――」
「赤熊、射殺せっ」
「承知」
門外の俊政隊へ門上から矢を繰り出す敵兵を認め、家臣の阿部光春に下命する。距離は二十間(36.36メートル)はあるが、赤熊と渾名された阿部光春は熊の様に魁夷(顔や体が人並はずれていかついさま)な体躯で、五人で弦を張った剛弓に矢を通し悠々と存分に引き絞った。
ひゅんと風切音を立て、矢は目にも止まらぬ速度で闇を走り、深々と敵兵の背を射抜いて見せた。敵兵の動きが一寸止まり、やがてどうと門外に頭から飛び込んで消える。
「赤熊、射続けよ――」
俊範はそう言って、自身は抜いた刀の背を右肩に乗せ、隊の最前に立って駆け出して行く。敵兵は十を数える程度。こちらも同等の兵力であると見立て、迷わず力押しを選んだ。
頭に鉢金、身体は腹当てのみの軽装である。
目の前で狼狽する敵兵は防具すら着けていない。突然の夜襲に着の身着のまま武器だけ手に取って駆け付けた様であった。
「けぇ――っ」
篝火の明るさに飛び込むなり、俊範が袈裟斬りで一人斬り伏せ、二人目は返す刀で下から上に薙ぎ払った。
門裏の中央に血が飛び散って赤々と染まる。その内にわらわらと後続の見方が灯の中に飛び込んで来て、あっという間に斬り合いの乱戦となった。
「閂を――」
方々で撃剣の音が飛び交う中、俊範が白刃の薮を抜けて門にかかる横一文字の木杭に手を掛ける。
「させるか――」
刹那、背後から敵兵が太刀を振りかぶって突進して来る。刀を下ろしている俊範にはそれを防ぐ手立てが無い――。
どっ、と鈍い音と共に門に張り付く身体。
赤熊の剛弓から放たれた矢が、敵兵の頭部を見事に射抜き敵兵の身体が門に磔にされる。
俊範は無惨な光景を気にも止めず、閂を一気に引き抜いた――。
「開いたぞ――」
叫ばれた声を待っていたとばかりに外側から俊政率いる本隊が重い木戸を押し開けて城内に雪崩れ込んで来た。
「行け――行け――、斬って捨てよ――」
こうなれば他勢に無勢。城兵らはあっという間に一人、また一人と血の海に沈んでいく。残るは鈴木大蔵が向かった主郭の本丸のみ。
「父上、首を取り申した――」
「おぉ――出かした。されど首は打ち捨てに致せ。我等の狙いは城盗りじゃ」
手槍を片手に首を掲げる俊基が俊政の言葉に頷き、その首を地面に置いた。初陣に昂揚した顔を見せているが、戦場の緊張感に凛々しい目元が頼もしく光って見える。
「すわ、本丸へ進めぃ――」
俊政の声が更なる鬨の声を産み、一団は意気軒昂に本丸を目指し、続く坂道を駆け上がって行った。
最早この勢いは変えられない。静かな新月の夜はこうして激しい戦場と化し、男達の怒号に支配されるに至った。
「やってしまったのう」
俊政が東に登る朝日を浴びながら、物見櫓に佇む俊範の背後から声を掛けた。
巌谷城の守兵は手筈通りに皆殺しとなった。櫓の下には城代の井上河内守を合わせて十三体もの骸が並べられ、山ノ内隊の銘々が手を合わせている。
「気は晴れたか」
「は……」
「ここ三年の喪失感は晴れたかと問うておる」
「ははっ……」
俊政の問いに俊範は乾いた笑いで返答する。朝日を見たまま。表情は変わっていないままである。
「この城盗りは光を失った喪失感を埋める為……と」
「違うのか」
俊範がもう一度短かめに笑う。
「この喪失感とは終生付き合う他ありませぬ。戦をしようとも、例えこの先新しく後妻を娶う事になっても、唯一の亡妻の代わりにはなりませぬ」
旭日の光が眩しく山々を照らす。影という影が色付き、俊範と俊政の顔も照らし出している。……が、俊範の顔は浮かばぬ様で眩しそうに眼を細めたままである。
「……どうせ生きている限り、思い通りいかぬ事は避けて通る事は出来ますまい。ならば、この生で何を為せるのかを試してみたかったのです」
「……成程の。それは光殿の生き様そのもの。漸く合点がいったわ」
俊政はそれ以上口を開かず、俊範の肩を二度叩き、黙ってその場に留まった。
俊範は肩に感じた僅かな温かさの心地よさに笑みのまま眼を閉じ、身体を温める陽の光もただ静かに受け入れるのみであった。
巌谷城はこうして一夜にして落城した。
武士の本分とは生の充実である。
何を為して魂を輝かせるか、それは生き様の為に死すらも厭わぬ覚悟……と対になっているとも言える。
その覚悟を錆びつかせぬよう、そしてそれが未だ健在である事を確かめるために俊範は城盗りを画策したのだった。
他人の生を奪っての本分など理解は得られまい。
だが、生の充実はいつだって己れが決めるもの。余所者の声が魂に届くのならばそんなものは傀儡である事を俊範は理解していた。
天に昇った太陽。
穏やかであるのはこの朝の一時である事と覚えつつ、山ノ内隊の鬨の声は永遠の様に山々に木霊していた。




