看板あります
母が来る
物書きを目指している一筆の頭の中では、色んな世界が溢れている。
休みの日には自室で筆を手にして原稿に向かっていた。
今執筆中なのは、英雄が街を守るために敵と戦うバトル物だ。
『青い絵筆を背負うブリンクは、絵師の絵心を盗んだパンサープリンスの基地を、ついに突き止めた』
(物語はいよいよクライマックスに差し掛かる……ここで現れるのは、実は……)
「かあくん、お昼何するう?
昨日の残りモンのカレーあるけど、食べるう?」
「んぐ‼」
進んでいた筆が、ピクリ……と小刻みに揺れた。
雰囲気が一瞬にしてぶち壊され、頭がカレーの黄色に染まってしまった。
(エエとこやったのに‼
台無しや‼)
「かあくん~どないすんの~~?
お昼~~」
隣の部屋から、一筆のオカンの遠慮の無い、どてらい声が響いてくる。
「カレー!」
続きを早く書きたいので、早口で答えた。
「カレーやな⁉
取り消し出来へんでえ~~?」
(うっさいわあ‼
集中出来んやなかいか‼
ああ……こんな時は、アレや‼
看板作戦やわ‼)
看板作戦とは、物を書いている全ての人が持っている『只今~~中』と記された看板を脳内から出せる……という分かりやすい能力の事だ。
一筆も鍛練を続けた結果、その看板を脳内から出せるようになったのだ。
(『只今執筆中』の看板出てこい‼)
〈ストーン!〉
出せた。
『只今執筆中』の看板が、一筆の背中に上手く掛けられた。
(看板掛けてたら、オカンも黙るやろ)
「かあくん~~‼
カレー温め直すまで、たあくんの面倒見たってな~~‼」
自室にノックもしないで、オカンが弟の武瑠を連れて来た。
「カレー、じき出来るさかいな‼」
看板なんて、オカンには関係無い。
「にいに、すもうしたい!」
武瑠が一筆の背中に抱き付いた。
「看板召喚、意味無いやんか……」
看板、オカンには見えへん