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知らないあなた

作者: 末端

 今日は久しぶりに寝坊してしまい、いつもと違う時間帯で会社に向かう。車通勤で気持ち少しアクセルを強めに踏んで走行していると当たり前なのだが車種の顔ぶれがいつもとは違う。

 思っているより交通量が多く半ば諦め気味に自然渋滞を進んでいると、ふと対向車線を通る車の中で見覚えのある色と車種の車が横切った。胸が一瞬高鳴ったが、ふと数ヶ月前の彼の話を思い出してしまう。


 それは自分がまだ部署を異動する前の話。同僚だった彼とは毎日顔を合わせて半日ほど共同作業をする関係性である。密かに思いを寄せていた自分は彼との作業で雑談する時間が細やかな楽しみだった。

「今乗ってる車がさ、今年車検なんだよね」

「へぇ、何年乗ってるんですか」

「今年で10年目」

「長いですね」

 作業がひと段落して休憩している彼が他愛もない車の話を持ちかける。

「それで、そろそろ車を替えようと思ってるんだよ」

「良いですね!買いたい車は決まってるんですか」

「いくつか候補はあるんだけど、欲しい車が高いんだよね」

 そう言って作業中の自分のところに近づき携帯端末で車の価格サイトを見せてくれる。

「結構いい値段しますね」

 自分にはなかなか手が出せない数字が画面に映し出されており、驚愕なのか彼が近づいて来たせいなのかわからないドキドキを抱えた。

「色んな車を眺めているとどんどん欲が出ちゃってさ」

「あるあるですね」

 そんな話をしていると作業部屋のドアからノック音が聞こえ、後輩が入ってくる。

 どうやら相談事があるらしいということで自分が対応し、雑談はそこで終わった。


「そうか、きっともう車が変わってるかもしれないのか」

 車内でそんな独り言を言いゆるゆるとアクセルを踏む。

 異動してからは会う頻度も少なくなった。これからどんどん自分の知らない彼が増えていくのだろう。

 堪らなく寂しい気持ちを払拭するようにカーナビの音楽を操作し音量を上げる。相変わらずの渋滞で微量ながら前に進み、朝から盛大なカラオケを始めるのであった。

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