表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   作者: ヴァンドール


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/65

51話(番外編 帰郷)

 王宮は、かつての喧騒が嘘のように静まり返っていた。


 あれほど華やかだった広間も、今は人の気配もまばらで、どこか冷え冷えとしていた。


 王妃は失脚し、王太子もまたその座を追われた。


 そして、新たな王として、玉座に就いたのは、ザクセン公爵家当主、ライナーだった。


 彼は、南の過酷な地で民とともに生き、己の手で領地を立て直してきた若き領主でもある。


 その名は、すでに王都にも広く知れ渡っていた。


 しかし、本人は、豪奢な玉座にも、王宮の華やかさにも、どこか馴染まぬ様子だった。


「……広いな」


 ぽつりと呟く。


 豪華な王宮の廊下を歩きながら、彼の目はどこか遠くを見ていた。


 思い出すのは、あの焼けつくような大地。


 汗を流し、土にまみれながら、民とともに畑を耕した日々。


 (あちらの方が、よほど落ち着く)


 そんなことを考えながら、歩いていたその時だった。


 廊下の向こうから、数人の女性たちが歩いてくるのが見えた。


 装いこそ控えめだが、彼女たちの立ち居振る舞いは美しく、どこか凛とした気配を纏っていた。


 その中の一人とふと、吸い込まれるように目が合った。それはほんの一瞬のこと。しかし、確かに何かが、心の琴線に触れた。


(……今のは)


 足を止めかけてしまうほど、強く心を惹かれた。


 しかし、現実に引き戻されるのは早かった。

 言葉を交わす間もなく、彼女たちはそのまま通り過ぎていった。


 結局、二人はその場をすれ違ったまま、振り返ることはなかった。それでも、このすれ違いが、ほんのわずかな余韻を二人の心に残した。


(このような者たちが何故、この王宮にいる? いったい彼女たちは……そういえば、元王太子の婚約者が今日、王宮を去ると聞いていたが、まさか今の女性が……)


ーーーー


 一方で、エミーは、王宮の一室で最後の片づけを終えていた。


 無理やり結ばれた婚約、そして王妃教育の日々。

 今ではすべてが、遠い出来事のように思えた。


「……これで、やっと終わりですわね」


 思わずそう呟いていた。そこへ、扉が静かに開いた。


「エミー」


 母アンジュだった。その後ろには、兄の妻でもあるシンシアの姿もあった。


「片付けは終わったわね。いつでも出られるわよ」


「はい、お母様」


 エミーは静かに頷いた。そして少しだけ、この場所を見渡した。


 楽しかった思い出は正直、まったくない。だけど、ここで学んだことは、決して無駄ではなかった。そう信じたかった。そうでなかったらあまりに自分が可哀想に思えてしまう。  


(いつか、ここでの学びが、誰かの役に立つ日が来ますように)


 そんな願いを、そっと心にしまった。


「参りましょう」


 そう言って、歩き出す。


 もう振り返ることはなかった。だってここは、自分の居場所ではないのだから。


ーーーー


 王宮の外には、すでに馬車が用意されていた。


 父エリックと兄アンソニーの姿はそこにはない。

 二人はすでに、領地へと向かっている。


 隣国との関係が不穏であり、一刻も早く戻る必要があったからだ。


「お父様もお兄様も、本当に慌ただしいですわね」


 エミーの言葉を、シンシアが苦笑しながら聞いていた。


「でも、それだけお父様たちが大切な役目を担っているということよ。それにしても、こんなに忙しい時なのに二人して駆けつけるなんて。どれだけエミーのことが好きなのかしらね」


 アンジュはそう言って優しく笑った。


 エミーは、その言葉に心が温かくなるのを感じた。


 華やかさはなくとも、誠実に責務を果たす。そんな辺境伯領こそが、エミーの誇りだった。


 (早く帰りたい、その辺境伯領に)


 そんな思いを胸に、馬車に乗り込む少し前、ふと、エミーは足を止めた。


 なぜだか分からない。ただ胸の奥に、わずかな引っかかりがあった。


(先ほどすれ違った方は誰なのかしら……)


 一瞬、脳裏に浮かぶあの時の穏やかな眼差し。

 だけどその瞳の奥には、悲しみも潜んでいる、そんな気がした。

 でも、すぐに、首を振った。


(いいえ……わたくしにはもう、関係のないことですわね)


 母と義姉が待つ、馬車へと乗り込むと、扉が閉まり、ゆっくりと動き出した。


 王都が、少しずつ遠ざかっていく。

 外に広がる、風景を眺めながら、今までとは少し違う王都の街並みをただ見送った。


 新たな時代の始まりを感じながら、エミーは、故郷へと帰っていく。


 その後、再びこの王都に足を踏み入れ、自らがその時代を動かす一人になることなど、今のエミーはまだ知る由もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ