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完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   作者: ヴァンドール


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43話(番外編1)

《エリックとアンジュの十八年後。新しい家族が増えました》



 卒業式を三か月後に控え、その日まで学院が休校になるので、一旦親元へ帰る者も多い。

 

 アンソニーも例外ではなく卒業式の日まで既に辺境伯領に帰ると決めていた。

 しかし、その前にどうしても告白しておきたい令嬢がいた。


 その日。

 王都貴族学院の中庭で、アンソニーは覚悟を決めていた。


 相手は伯爵令嬢。

 華やかな社交界で、目立った存在の彼女。


「ナタリー嬢、お話があります」


 アンソニーは緊張気味に話しかけた。


 彼は辺境伯家の嫡男。

 いずれ領地へ戻り、父の跡を継ぐ。


 自分の未来は既に決まっている。


「卒業後、僕は領地へ戻ります」


「ええ、存じておりますわ」


「もしも、一緒に来ていただけるなら」


 言いかけた瞬間、令嬢は目を丸くした。そして彼女はふっと笑った。


「辺境の地へですの?」


 その声は冷たく、そしてはっきりとした拒絶が感じられた。


「観劇もなく、夜会もなく、王都の友人とも離れて? 正直に申し上げますと、そんなの退屈ではありませんこと?」


 心の奥に冷水を浴びせられたようだった。


「わたくしは華やかな場が好きですの。そのような何もない地で、一生を過ごすなんて、わたくしにはとても」


 最後まで聞く必要はなかった。


「そうですか。失礼しました。今の話は忘れてください」


 それだけを告げ、アンソニーは一礼した。


(みっともなく取り乱すことはなかった。不思議なほど、一瞬で諦めがついた)


 しかし、自室へ戻る途中、廊下の影から声がかかった。


「アンソニー様」


 振り向くと、子爵令嬢が立っていた。彼女の名前は確かシンシア。控えめで、目立たない存在。言葉を交わした記憶さえなかった。

 

「すみません。お聞きしてしまいました」


「気にしないでください」


 僕はそう言って苦笑した。


「どうやら辺境の地は、不人気らしい」


 自嘲のつもりで言った言葉だった。

 だけど彼女は、思い切り首を振った。


「そんなこと決してありません」


 その声は、思いのほか震えていた。


「私は辺境の領地を、素敵だと思います。それに私は正直、華やかな場所は苦手です」


 僕は目を見開いた。


 彼女の手が、ぎゅっと握られているのに気づく。白いはずの指先は、荒れていた。腕には包帯も巻かれていた。


(どうしたのだろう。その指先と腕。無性に気になる)

 


「わたくし、二年前に父を亡くしました」


 突然彼女の告白が始まった。


 継母。

 家事の押しつけ。

 夜遅くまでの労働。


 学院に通い続けられたのには、理由があった。


「卒業と同時に、伯爵家へ後妻として嫁ぐことが決まっております」


 親以上に年の離れた男だという。持参金は不要。

 その代わり、支度金が継母へ支払われる契約。


「私は、ただの商品です」


 淡々とした言葉だった。


 アンソニーの胸に、怒りがこみ上げた。


「それで……」


 彼女はとても緊張して見えた。


「アンソニー様。わたくしと、結婚してくださいませんか」


 一瞬、言葉は分かるが、理解が追いつかなかった。


「私、何でもいたします。アンソニー様が愛人をお持ちになっても、何も言いません。領地の仕事は継母にさせられておりましたから、きっとお役に立てます」


 その必死さが、痛い。これは恋ではない。

 救いを求める声だ。

 しかし、アンソニーは、ふと母の姿を思い出した。


 貧乏な男爵家から嫁ぎ、半年も夫に顧みられず。

 それでも自ら働き、焼き菓子を生み、領地を支えた母。そんな母は常に凛としていた。


「愛人など不要です」


 思わず出た言葉だった。


「あなたが来るなら、妻として迎えます」


 シンシアの肩が震えているのがわかった。

 思わず抱きしめて、その震えを抑えてあげたかった。しかし、今はダメだと自分を止めた。


「だが条件があります」


「はい」


「自分を安売りしないこと」


 彼女は息を呑んだ。


「あなたは商品ではない」


 辺境という地を守ってきた家の嫡男として。それだけは伝えたかった。


「はい。お約束します」


 彼女の目に、涙が浮かんでいた。

 何故だろう、彼女の涙が心に刺さったままだった。


ーーーー


 数日後。


 僕はシンシアを伴い、マイセン辺境伯領へ戻った。


(どうしてか、自分でもよくわからなかった。将来の伴侶をこんな風に決めてしまっていいものか。しかし貴族の結婚を考えたらこんな形があってもいいのかもしれない。まして僕の母は顔さえ知らない父の元に嫁いできたのだから)


 馬車に揺られて二週間。彼女の緊張を解いてやることもできぬまま、僕らはようやく屋敷へと到着した。


 屋敷の前で待っていたのは、父と母。そして二人の後ろには僕の八つ下の妹。エミー。


 母は一目で、彼女の手に気づいた。

 そして、何も言わずにその手を包み込んだ。


「寒かったでしょう」


 それだけだった。


 シンシアは、堪えきれずに泣いていた。


 父は僕を見てすぐに何か察したようだった。


「事情を聞こう」


 低くいが、とても静かな声だった。


 すべてを聞き終えた後、父はただ一言。


「任せておけ」


 その夜、密かに父が動いてくれた。


「ランカスター、すぐに詳細を調べさせてくれ」


 子爵家の財務状況。

 継母の動き。

 伯爵との契約の内容。


 執事のランカスターは次の日の朝、王都へ出立した。

 理不尽な契約は、交渉の場にすら上げず、根底から断ち切る。それが、父のやり方だった。


 その厳しさを見て、僕はようやく気づく。


 辺境とは、ただ何もない寂しい場所ではない。

 大切なものを、どんなことをしてでも守り抜く。

 ここは、そんな強さと優しさに満ちた土地なのだ。


 そう、今思えば昔から、僕に笑いかけてくれた領民たちは皆優しかった。

 そんな領民たちを守ってきたのは父たちだった。そんな父を僕は誇りに思う。





                    


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