第5話 過去の鎖
午後4時54分。
到着時間を20分程遅れて、保守軍の本部が置かれているネネントアーム国の国防軍バドイ基地に着いた。
「ガンネ隊の皆様、お疲れ様です」
軍のNo.2である、シロン少将が言う。
「遅れて申し訳ありません」
ガンネイドが言うと、シロンは首を横に振る。
「奇襲の件はお伺いしています。20分の遅れは、寧ろ誤差の範囲内でございます」
「そう言ってくれるとこちらとしても嬉しい」
荷物を持って、滞在する応接用の宿泊施設へと向かう。
「立派な建物と庭……流石は応接用に建てられた物、私達が使うのは勿体ないです」
同室するリンが言う。
「……ええ、そうね」
そうキャンベルは返す。
▫▫▫
今日はもう夜も近いと言う事で、そのまま夕食を食べ休んでもいいとの話だ。
夕食はバイキング形式で、かなりもてなされた。
友好国とはいえ、珍しい食べ物もある。
「少佐」
食べている途中で、ドーマに話しかけられた。
「ん……」
「だいぶお疲れの様に見えます。早めに休まれてはいかがでしょう」
図星を言われた。
「最近、かなり気を張っているから……そう見えるのかもしれないね」
残りを食べ、キャンベルは席を立ち上がる。
「貴方の言う通り、ね。早く寝ましょうか」
カウンターに向かう際に、キャンベルはドーマの肩を叩く。
「気遣いは大事よ。それは忘れてはいけないわ」
「……はい!」
▪▪▪
―――その日の夜、キャンベルは夢を見た。
目の前に、父の写真がある。
『……お父さん、お父さん……!お父さんは!?』
ガンネイドは優しく、肩をさする。
『……君のお父様の事、済まなかった』
頬に涙が伝い、手を顔に覆う。
『いっ……嫌……嫌ぁぁぁぁあ!』
そこで、キャンベルは目を覚ました。
動悸もしており、何度か深呼吸をする。
(忘れようとしていたのに、何であの日の事を……)
キャンベルは額に手を当てる。
「大丈夫、ですか?少佐」
リンが心配そうに覗き込む。
「……少し外の空気を吸ってきていいかしら」
「はい、分かりました」
▫▫▫
キャンベルは中庭に出て、ベンチに座る。
(………)
枕元から持っていった、一枚の小さな写真を見る。
「眠れんのかい」
後ろから、イルバの声がした。
「……はい。少し嫌な夢を見てしまったので」
イルバは向かいのベンチに座る。
「その写真に写っているのは……お主の父、ドイル・バイ中佐だったな。ヤツは良い腕を持っていた」
最後の言葉に、キャンベルは彼を見る。
父も軍人であったから、彼が知っているのも頷ける。
……が、わざわざ私に向かって『良い腕を持っていた』と言うのに引っ掛かりを覚える。
「私の父の事、詳しく知っているんですか」
「殉職して二階級昇格になったがな、当時は大尉……ワシの戦友だった」
キャンベルは目を見開く。
「父と大尉は戦友だった、と言うのは?ガンネイド大佐から、何も……」
まさか、同期から聞いた彼の事と父の死が結び付くとは思わなかったからだ。
「てっきり軍に入ったら言うかと思ったんだが、アヤツはまだ隠しておったんか」
そうイルバは溜め息を漏らす。
「……あの日から、今年で24年だったかの」
▫▫▫
ワシとドイルは、小等学校 (小学校に順する) からの腐れ縁でな、軍に入っても同じ隊に配属される程だった。
その時の上官の一人が、若くして中尉になったガンネイドだ。
配属された隊は、少壮気鋭のメンツが揃っており、ワシもそんときは規律を守っておった。
順当に隊の評判が付くようになっていったが、事件は24年前の7月8日に起きた。
その日は、当時の新型であったアーマーを試す日であった。
じゃがその日に限って、何処からか話を聞いた他国のスパイ軍に襲撃されてな。
機体の性能的には相手と互角にいける、そう思われたのだが……ドイルのアーマーだけが、想定される動きをせんかった。
もちろん相手からすれば格好の的じゃ。
ワシやガンネイドが止めに入ろうとしたが、指揮をしとった上官は新型機をこれ以上損傷するわけにイカンと止めてな。
結局、既存アーマーの護衛が入ったから何とかなったものの……彼の死は免れなかったわ。
▫▫▫
「……なぜ、想定された動きをしなかったのですか」
キャンベルは静かに聞く。
「乗っていた機体を改めて調査をしたら、配線の繋ぎ違いが原因じゃった。あってもならん事をしたんだ」
「……何て事……」
……この事件は『不手際』とし、設計者は解任され新型機は闇に葬り去られた。
(父の死に関しては、存在しない事故をでっち上げて処理がされた)
当時の隊はしばらく残ったが、イルバが上官の指示を聞かず、連携が取れないという理由で事実上の解体。
イルバの解任という話も出たが、ガンネイドの計らいで窓際の部隊に異動という話で、事の件は終わった。
(そう、だったのね)
私自身も辛かったが、イルバも同じような事を抱え込んでいたのだろう。
自分一人で抱えていた過去の鎖が、消えたような気がした。
「……顔が少し和らいだように見えるな」
「え、あ、はい」
イルバは立ち上がる。
「まあこの話は、胸の内に秘めておいてくれさ。……上の人間には、耳が痛い話だからな」
そう言って、彼は去っていった。
キャンベルは彼に向かって、一礼をした。
▪▪▪
イルバが建物内に入ろうとした時、ガンネイドの姿を見つけた。
「なんじゃあ、見とったのか」
イルバがそう言うと、ガンネイドは頷く。
「例の事件、彼女に話したんだな」
「ああそうじゃか、てっきりお前さんが話したかと思ったがね」
ガンネイドは溜め息を漏らす。
「彼女は当時10歳だ。ありのままを話すわけにもいかん」
「まあそれもそうだがな、今は話してもいい頃合いじゃっただろう?」
そうイルバは返す。
「……タイミングが無かっただけ、さ」
▫▫▫
キャンベルは自部屋に戻りつつ、イルバと初めて会った日を思い出していた。
(あの時言っていた、『試してる』って言っていたのは……)
もしかしたら、私の父と重ね合わせていたのだろう。
ただ贔屓目に見ず、自分の差しで判断をしたから、最初は『礼儀正し過ぎる』と言った。
「……前を向かないと、ダメね」
キャンベルはそう呟いた。