ピンク色の湖
フェリシアたちは野を越え、山を越え、問題の地に――
行こうとしたのだが、魔王が、
「よし、目をつぶれ」
と言った次の瞬間、もう着いていた。
「あの、こんな風に飛べるのなら、ピザ屋にも飛んでいけたのでは……」
「ピザ屋くらい歩いていけ」
足腰が弱るぞ、と魔王に健康指導をされる。
「いつも飛べるわけじゃない。
今日は飛べそうだな、という感じだったから、飛んだだけだ」
ちなみに帰るほどのチカラはない、と言う。
おい、魔王……と思ったが、それよりも、目の前に広がる光景が荘厳だった。
山の間にある大きな湖がピンク色だ。
こっくりとした透明感のないピンク色。
何処までも広がるピンク色。
夕暮れだったので、山も山の向こうの空もピンクのグラデーションに染まっていて、ちょっと不思議な光景だった。
「恐ろしいことです」
気がつけば、横に小柄な老婆が立っていた。
手の込んだ刺繍の入った民族衣装のようなものを着ている。
老婆は湖を見つめて言った。
「ここは魔王により、あのような色に染められたのです」
「そういえば、生き物の気配がしないな」
とイケメン騎士の姿のままの獣人が湖を見下ろして言う。
足元は白い砂のような大地だ。
「この色になってしまったのは最近なのですが。
もともと、この湖は、魔王により、海の水より塩っからい水にされ、魚も住めなくなっていたそうなのです」
何故、この湖ばかり魔王にやられてしまうのか、と老婆は憂う。
ほう、と魔王は相槌を打ちながら、大きなその湖を見ている。
近くで見ても、やはり、こっくりとしたピンク色だ。
「どうして、魔王はこの湖をこんな風にしてしまったのでしょう?」
フェリシアは老婆に問うてみる。
魔王に訊いてもわかりそうになかったからだ。
「人間に対する嫌がらせではないでしょうか?」
「……魔王様、そこまで人間に興味ないんじゃないですかね?
きっと、人なんて、足元歩いてるアリ以下くらいにしか思ってませんよ」
フェリシアのその言葉に魔王が横目に見てくる。
ヤメロ。
ワタシガ トンダ ヒトデナシ ダトオモワレル
とその目には書いてあった。
いや、そもそも人ではないのだが……。
フェリシアは小声で魔王に訊いてみた。
「これ、魔王様がやったんですか?」
「うーん。
わからぬな~。
我の巨大なチカラが溢れ出し、このような辺境の地まで届いて影響を与えたのやもしれぬ」
なるほどなるほど、と人間に変身したままの獣人たちは頷いているが、フェリシアは湖の側にしゃがんでみた。
「お嬢さん、危ないよ」
と老婆が止める。
なるほど。
魚は住んでいないようだ。
「あの、さっきの魔王によって、塩辛くなった話、誰かに聞いた話のようでしたが」
確か伝聞口調だったな、と思い、フェリシアは確認した。
「私のひいじいさまから聞きました」
「ひいおじいさまの頃に塩辛くなったのですか?」
「いいえ、それより前からだそうですが」
「塩辛くしたのは随分前なのに、何故、いきなり、またピンク色に染めてみたんでしょう?」
「魔王なんて気まぐれだからではないですかね?」
まあ、気まぐれは確かだが、と思いながら、フェリシアは魔王を見上げて訊いてみた。
「ちょっと気になることがあるんですが。
魔王様っておいくつなんでしょうか?」
「今の魔王が誕生してから、百年は経っていないと思うが」
と魔王が言う。
「若っ」
魔王って、何百年も何万年も生きているのかと思っていた。
「おばあさまは、おいくつなんですか?」
「私ですか?
私は百二歳です」
「じゃあ、しょっぱいのは関係ないですよね、魔王様と」
まだ生まれてなかったんですから、とフェリシアは言う。
「お前、私はなにもできぬと思っているな。
私もなにかするぞ、そのうち。
なにか、きっと、すごい悪どいことをっ」
……なにもできそうにないと思うのは気のせいだろうか。