どうぞ、こちらへ
「どうぞ、こちらへ」
フェリシアたちが通された部屋は柱だけで壁はなかった。
そして、家具の類いもほとんどない。
ただただ広いだけの場所。
だが、そのせいで、素晴らしい夕焼けが視界いっぱいに広がって見える。
群青と紫とピンクの混ざり合った空が、下にある森を照らし、フェリシアたちが立つ白い床をも染め上げていた。
「おお、これは素晴らしい部屋だな」
と魔王が言う。
なにもないだだっ広い空間のど真ん中に、滑らかな木の細工の椅子やテーブルが置かれていた。
フェリシアたちを通したあと、神官たちは急いでいなくなる。
何故だ。
「ここになにか仕掛けが……?」
とつい勘繰ってしまったが。
「いや、なにもなさそうですよ」
と床や柱を見ながら、ファルコが言う。
やがて、神官見習いのような少年たちが料理を運んできたが、それもすぐにいなくなった。
神官たちが最後にやってきて、それぞれ、四方に立つ。
「この度は、我が街にお立ち寄りくださり、ありがとうございました」
乾杯とともに、外から微かに音楽が聞こえてきた。
楽団が外に、というか建物の下辺りにいるようだ。
何故、外にっ?
よく聞こえませんけどっ。
料理は美味しく、神官のみなさんのお話も面白かった。
が、それぞれが声を張り上げて話している。
遅れてやってきたさっきの神官見習いたちも宴会に参加するようだが、みな、部屋の端の方に散っていった。
「あの~、どうして、みなさん、散り散りに?」
フェリシアはついにそう問うてみた。
その途端、神官たちがざわつく。
「莫迦っ。
大聖女様たちにお気を使わせてはいけないから、気づかれぬようにやれと言っただろうっ」
「ですが、皆様になにかあってはっ」
と神官たちは揉めはじめる。
一体、ここに、なにがあるのですか……。
やり手な感じのする若い神官がゆっくりと――
いや、そろそろとなにかの間合いをはかるように前に出てきて、不思議な位置で止まった。
何故、そんなに我々から離れてるんです?
と思うフェリシアたちに言う。
「実は、この建物、昔、地震があったときに、下の地層が変わってしまいまして。
ものすごくギリギリな感じに立っているのです」
ギリギリな感じ……。
ファルコが下を見ようとして、最年長の神官にやんわり止められる。
「今は――
ご覧にならない方が……」
だから、下に一体、なにがっ!?
「このような危険なところに大聖女さまをお迎えするのは抵抗があったのですが。
ここが一番格式高い建物ですので」
命を賭けてまで、格式高く迎えられたくはなかったのですがっ、
とフェリシアは思っていたが、せっかくのご厚意なので。
ちょっぴり耳が遠そうな高齢の神官たちに向かい、声を張り上げながら話して、場を盛り上げた。




